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78話、モニカとお別れ、シンプルなゆで卵
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フェルレスト出立の日。つまり、モニカとお別れをする日がやってきた。
その日の朝はいつもと変わりがなく、皆で軽く朝食を取り、身繕いなども考えて数時間ほどゆっくりした。
そして朝もある程度過ぎ去った頃合いに町を出た。ある程度町から離れたところで、モニカが足を止める。
「それじゃあ、私そろそろ行ってくるわ」
そう言ってバッグから箒を取り出す。ちなみに魔女の持つバッグは大体魔術がかけられていて、箒みたいなある程度大きい物も収納できるのだ。ただし重さは軽減できない。
「じゃあまたいつかね」
箒に横のりしたモニカはそのまま空に浮き上がり、私たちに手を振って飛んでいった。
「私たちも行こっか」
モニカの姿が見えなくなるまで見送って、私たちも前を向いて歩きだす。
あまりにも簡素な別れ方だが、幼馴染の間柄ではこんなものだ。前日までにお互い心の準備ができていて、それとなく別れの挨拶もかわしていたし。
それに、またいつか会えるのは分かりきっている。だから憂いなどはない。
それでも……数日以上共に旅したモニカがいないまましばらく歩くと、気づくものがある。
「なんだか静かね」
ライラがぽつりとつぶやき、私とクロエは頷いた。
そう、モニカは口数が多いので結構なムードメーカーだ。対してクロエは物静かな性格だし、私もモニカほど喋りまくる性質ではない。
気ままな旅なんだから道中無理に喋る必要はないのだが、モニカがいなくなるとそれもなんとなく寂しく感じる。
そんな一抹の寂しさを抱いたまましばらく街道を歩いた所で、私は地図を広げた。
「えっと……クロエの目指す魔術遺産までの道中は……」
クロエは目的地の魔術遺産まで私の旅についてくる事になっている。というか、せっかくだから私がクロエの目的地までついていく感じだ。クロエが研究したい魔術遺産のことも気になるし。
なので目的地の魔術遺産までの道中は、旅をしながら向かうことにした。クロエも急いでいる訳ではないらしく、道中は私に任せると言っている。
さて、それで目的地の魔術遺産までの道のりなのだけど……これが結構な場所にある。
地図で確認する限り、明らかに主要な街道を外れた僻地にあった。なのでそこに向かうためには道中も街道を外れた方が効率が良い。
けれど今までの旅は基本的に街道に添っていた。街道を外れると、とたんに獣道のような整備されてない道が続くので、歩くだけで一難儀。基本的には避けた方がいいんだけど……。
でもそういうところでしか出会えないものも確かにあるだろう。旅をしてかなりたつし、街道を外れて探索するというのにチャレンジするのも悪くない。これも旅情というやつだ。
ライラと二人旅だと街道を外れるのはちょっと気後れするけど、今回はクロエがいる。なにかあっても多分大丈夫だろう。クロエにはそういう頼りがいがなんとなくある。
「よし、街道を外れるルートにしよう」
私がそう宣言すると、ライラが心配そうに魔女帽子から降りてきた。
「大丈夫なの? また変に迷い込んで吸血鬼に会うかもよ」
そういえば、ベアトリスと出会ったのは森の中で迷っている時だっけ。さすがにあれほど妙な出会いはそうそうありえないと思うけど。
「……吸血鬼?」
ライラの発言に引っかかったのだろう、クロエが首を傾げた。それも当然、吸血鬼と出会ったなんてにわかに信じられることではない。
「自称だけどね。あの子の事はまた今度話すよ」
さすがにベアトリスの事を説明するには、あの一連の事柄から話すしかない。長くなりそうだ。
それに私の見立てでは、吸血鬼ベアトリスは今や独り歩きする魔術遺産になっている。クロエが妙に興味を持つかもしれないので、話すのは時期を見たかった。その辺りも含めて長くなりそうだもん。
なにより、これから街道を外れて荒れた道を歩くのだ。さすがに世間話しながらだとうっかり転ぶ可能性もあった。
私たちは早速街道を外れて横道へと逸れていく。さすがに街道付近は木々もまばらで視界も開けているが、しばらく歩くとすぐに森へと出くわした。
「この森の中を行くの?」
不安げなライラに私は答える。
「うん、地図だとそれほど大きくない森だから、さすがに迷うことはないと思う」
「また変な洋館があったりして」
「さすがに無いよぉ~」
無いよね? ベアトリスここに引っ越してるとか……あるわけ無いよね?
ちょっとありそう。
そんなことをよぎらせつつ森の中へ入り、慎重に歩いていく。
普段誰も立ち入らない森らしく、中はかなり歩きにくい。木の根がところどころ地面から浮き上がっていて、ちゃんと足元を見ていないと転んでしまいそうだ。
そんな中をクロエは機敏に歩いていた。魔術遺産の研究で変な立地にも赴くだろうし、慣れた雰囲気だ。
更に言えば、クロエは大人しそうに見えて意外と運動は得意。体も柔らかいし身軽で、ちょっとうらやましいくらいだ。
ちなみに私とモニカはそんなに運動は得意じゃない。もっと言うと私の方がモニカより運動できるはず。本人の前でこれ言うと言い合いになるけど。
そんな雑念を抱いていたのが悪いのか、モニカの念が届いたのか、私は不運にも木の根っこに足を引っかけてしまう。
「うわわっ!」
体勢を崩した私はふらつきながら前のめりで倒れそうになり……その途中でクロエに抱き留められた。
「リリア、気をつけないと危ない」
「う、うん、ありがとうクロエ」
「どういたしまして」
クロエに肩を抱かれて体を引き起こされ、なんとかまっすぐ立つ。おかげで怪我せずにすんだ。
それにしても……危ないところで助けてくれた上に態度もクールとか、クロエ格好いい。
「もうリリア、気を付けてよ。リリアがこけたら私も一蓮托生なのよ」
うって変わってライラは私の帽子の上から抗議をしてきた。いやあのライラさん。あなた妖精だから飛べるよね? 私の帽子と一蓮托生なのか。
「リリア、不安なら手でも繋ごうか?」
クロエがさりげなく私に手を差し出してくる。優しい……と思いきや違う。よく見るとクロエちょっと笑ってる。これからかってる。
「いいよ、もう子供じゃない」
「そう? 見た目はまだ子供」
「それはクロエもでしょっ」
「そうだった」
クロエが銀髪を揺らしてくすりと笑う。昔からこうだ。クロエは大人しそうな見た目をして、こう、イタズラなところもある。
運動もできてクールで時折こちらをからかってくるなんて……人形みたいに綺麗な見た目と本当あってない。
それから数時間森の中を歩き続けた頃。
私が睨んだとおり、この森の規模は小さ目だったようだ。わりと簡単に森の外へ抜ける事に成功した。
森の先に広がっていたのは、広々とした野原だった。短い青草が生えていて、低木がまばらに点在している。のどかな風景だ。
「ちょうどいいや、ここでお昼ごはんにしよう」
食事時だし、森の中を慎重に歩いて疲労も溜まっている。私の提案にクロエもライラも同意を返した。
「今日のお昼はなにを食べるつもり?」
いつものように火を起こしていそいそ準備をしていると、降ろしたバッグにぺたんと座ったライラが聞いてきた。
「ん……今日は、そんな期待するほどのものじゃないよ」
「どういうこと?」
首を傾げるライラにちょいちょいと手を振り呼びかける。するとライラはふわふわと飛びながら私のそばへと来た。
ライラの見ている前で水をそそいだケトルを二つ用意し、一つに卵を入れて、もう一つはそのままで、テレキネシスで火の真上に固定する。
そして両方水が沸いてきたら、卵が入っている方をやや火から遠ざけ、もう一方にはフェルレストで買っておいた野菜を適当に放り込み塩を入れる。野菜はブロッコリーにさやいんげん。ブロッコリーは手で雑に割り、さやいんげんはそのままだ。
「これ……なにを作ってるの?」
「見た通り、ゆで野菜とゆで卵」
「……それだけ?」
「そう、それだけ」
唖然として黙るライラ。彼女に変わり、クロエが口を開いた。
「質素」
分かってる。質素だって事は私も分かっている。でもしかたないのだ。
「いや、ほら……フェルレストの町でさぁ……スイーツ食べ歩きやらモニカのお別れ会やらでいっぱい食べ過ぎちゃったじゃん。さすがにさぁ……今日のお昼くらいはこうしないとさぁ……」
乙女のゆゆしき問題に発展してしまうじゃないか。
そんな私の気持ちが分からないのか、クロエとライラは顔を見合わせる。
「カロリーとか……私はそんなに気にしたことが無い」
「私妖精だから太らないわ」
身もふたもない発言だった。クロエはカロリー気にしないと言うがそもそも少食だし……ライラの方はもっとひどい。そうだよね、妖精の体は魔力で出来てるし、太るわけ無いよね。
でも私はそこそこ気にする。さすがにフェルレストでは食べ過ぎた。それにモニカと出会ってから肉ばかり食べ過ぎている。
……あ、そういえばモニカはあれだけ肉食なのに、全然乙女のゆゆしき問題に発展してないな。気にしてもいなかったようだし……どういうことなんだ。
今そんな事を気にしても仕方がないか。大切なのは、今日のお昼くらい質素にしようということだ。
そうこう考えているうちに野菜も卵もゆで上がり、テレキネシスでケトルの中から取り上げる。
ケトル二つに入ったお湯は……もったいないが捨てるしかない。せめて冷めるまで待って、大地の潤いと栄養にしてもらおう。
「もし私一人なら野菜も卵も一緒にゆでるんだけどね」
「それは雑すぎ」
「雑よね~」
ライラとクロエに言われながら、適当なお皿を用意して野菜を放り入れる。
卵の方は……テレキネシスのより細かい操作の練習がてら、ちょっとチャレンジすることにした。
ゆでた卵は人数分の三つ。まずは二つを皿に置いて、一つだけをテレキネシスで操作。
「なにする気なの?」
ライラの疑問に答えられるほど集中力に余裕はない。私は慎重に卵を操作し、ケトルに軽く打ちつけた。
首尾よく卵にヒビが入ったので、卵は空中に固定したままで、ヒビが入った殻をテレキネシスで細かく操作。ぺきぺきと卵の殻を剥いていく。
「おお、固定と操作の同時発動は結構すごい」
テレキネシスは魔力を使って物を動かす魔術だ。物体を静止させるのも、ある意味で物を動かすという範疇に入る。物を動かせるから止めることもできるという……ちょっと概念的な感じになるので細かいことは置いておく。
とにかくテレキネシスは物を動かすほか、空中に固定したりもできる。その二つの作用を今私は同時に起こしているのだ。これ結構すごいこと。
そしてそんなすごいことを卵の殻むきに使ってる。これ結構アホな事だと思う。
「ぬ、ぬぁぁぁ~……!」
思わず私は呻いてしまう。
固定と操作を同時に行うのは集中力が凄まじく必要だった。イメージ的には見えない左手で卵を掴み止め、見えない右手で殻を剥いている感じ。だけどイメージとはうって変わって精密な魔力の運用が必要とされる。
普段何気なく手を使っているが、それがどれだけ繊細な動きを自然とやれているのかをあらためて自覚する。
「あ~もうダメ、限界」
テレキネシスで殻を半分剥き終えたところで集中力が切れ、ゆで卵はお皿の上に落ちた。幸い殻が残っていた部分を下にして落ちたので、中身は無事。
「モニカを見習ってもうちょっと精密な魔術運用を練習しようかと思ったんだけど……卵の殻は手で剥いた方がはるかに楽だよ」
「知ってる」
クロエは冷静に応じ、残り二つの卵を簡単に剥いていった。
そうして剥き終わった卵を野菜のそばに並べると……。
「はい完成~」
「質素」
「質素ね」
それは知ってる。
今日のお昼は最近の暴食を反省しての、ゆで野菜とゆで卵。炭水化物はないが卵でタンパク質は取れるし、栄養的には十分だろう。
さすがにこのまま食べると味気ないので、卵には軽く塩を、野菜にはオリーブオイルに塩コショウしたものをかける。
そして皆で囲んで思い思いに食べ始めた。
野菜はブロッコリーとさやいんげん。ゆでたから緑色に艶が出ている。どちらも切る手間が無くて楽なので今回チョイスした。
「ん……なんかブロッコリー、結構風味強い」
昨日の夜にもバーニャカウダを食べたが、その時のブロッコリーはここまで青臭い風味は無かった。ゆで方とかで変わるのかな。それとも一手間加えられているのか。
でも野菜を食べてる感じがして悪くない。今体に良い物摂取してる気がしてくる。
次に食べたのはさやいんげん。わりとみずみずしく、やっぱり緑系野菜特有の青臭さはあった。それをオリーブオイルが抑えている感じ。
ゆで卵の方はいい感じで黄身が半熟。塩を適量振りかけて食べると、淡泊ながらも味が引き締まっておいしい。半熟の黄身部分は濃厚で食べごたえもある。
質素なものだが、その分食材の味が良く分かる。町で手が込んだ料理を食べるのも良いけど、たまにはこういうシンプルな物も良い。
「質素で雑だったけど、なんだかんだおいしかったわね」
ライラも食べ終わってみれば満足げだった。うん、やっぱり肉食より野菜食べてる方が妖精感ある。
クロエも完食していたけど、微妙に表情が苦々しい。基本無表情だから本当に微妙だけど。
「おいしくなかった?」
聞いてみると、クロエは首を振った。
「そういう訳ではない。ただ……」
「ただ?」
「ブロッコリーは食べられるけど……そこまで好きではない」
「え、そうだったんだ」
知らなかった。わりと好き嫌いないタイプだとばかり。
クロエは、はっきりと分かるくらい苦々しい表情を見せる。
「ブロッコリーは……なんか森を食べてる気分になる」
「嫌いな理由どういうこと」
確かにブロッコリーは見た目森感あるけど。え、嫌いな理由それ?
「普通人は森を食べない」
真顔で言われ、私は返す言葉が見つからなかった。
クロエにとってブロッコリーと森って同じなんだ。
私は先ほど通り抜けてきた森をちらりと見る。
……確かに似ているけども。
魔術遺産を研究しているだけあって、やっぱりクロエは変な感性をしている。改めてそう思った私だった。
その日の朝はいつもと変わりがなく、皆で軽く朝食を取り、身繕いなども考えて数時間ほどゆっくりした。
そして朝もある程度過ぎ去った頃合いに町を出た。ある程度町から離れたところで、モニカが足を止める。
「それじゃあ、私そろそろ行ってくるわ」
そう言ってバッグから箒を取り出す。ちなみに魔女の持つバッグは大体魔術がかけられていて、箒みたいなある程度大きい物も収納できるのだ。ただし重さは軽減できない。
「じゃあまたいつかね」
箒に横のりしたモニカはそのまま空に浮き上がり、私たちに手を振って飛んでいった。
「私たちも行こっか」
モニカの姿が見えなくなるまで見送って、私たちも前を向いて歩きだす。
あまりにも簡素な別れ方だが、幼馴染の間柄ではこんなものだ。前日までにお互い心の準備ができていて、それとなく別れの挨拶もかわしていたし。
それに、またいつか会えるのは分かりきっている。だから憂いなどはない。
それでも……数日以上共に旅したモニカがいないまましばらく歩くと、気づくものがある。
「なんだか静かね」
ライラがぽつりとつぶやき、私とクロエは頷いた。
そう、モニカは口数が多いので結構なムードメーカーだ。対してクロエは物静かな性格だし、私もモニカほど喋りまくる性質ではない。
気ままな旅なんだから道中無理に喋る必要はないのだが、モニカがいなくなるとそれもなんとなく寂しく感じる。
そんな一抹の寂しさを抱いたまましばらく街道を歩いた所で、私は地図を広げた。
「えっと……クロエの目指す魔術遺産までの道中は……」
クロエは目的地の魔術遺産まで私の旅についてくる事になっている。というか、せっかくだから私がクロエの目的地までついていく感じだ。クロエが研究したい魔術遺産のことも気になるし。
なので目的地の魔術遺産までの道中は、旅をしながら向かうことにした。クロエも急いでいる訳ではないらしく、道中は私に任せると言っている。
さて、それで目的地の魔術遺産までの道のりなのだけど……これが結構な場所にある。
地図で確認する限り、明らかに主要な街道を外れた僻地にあった。なのでそこに向かうためには道中も街道を外れた方が効率が良い。
けれど今までの旅は基本的に街道に添っていた。街道を外れると、とたんに獣道のような整備されてない道が続くので、歩くだけで一難儀。基本的には避けた方がいいんだけど……。
でもそういうところでしか出会えないものも確かにあるだろう。旅をしてかなりたつし、街道を外れて探索するというのにチャレンジするのも悪くない。これも旅情というやつだ。
ライラと二人旅だと街道を外れるのはちょっと気後れするけど、今回はクロエがいる。なにかあっても多分大丈夫だろう。クロエにはそういう頼りがいがなんとなくある。
「よし、街道を外れるルートにしよう」
私がそう宣言すると、ライラが心配そうに魔女帽子から降りてきた。
「大丈夫なの? また変に迷い込んで吸血鬼に会うかもよ」
そういえば、ベアトリスと出会ったのは森の中で迷っている時だっけ。さすがにあれほど妙な出会いはそうそうありえないと思うけど。
「……吸血鬼?」
ライラの発言に引っかかったのだろう、クロエが首を傾げた。それも当然、吸血鬼と出会ったなんてにわかに信じられることではない。
「自称だけどね。あの子の事はまた今度話すよ」
さすがにベアトリスの事を説明するには、あの一連の事柄から話すしかない。長くなりそうだ。
それに私の見立てでは、吸血鬼ベアトリスは今や独り歩きする魔術遺産になっている。クロエが妙に興味を持つかもしれないので、話すのは時期を見たかった。その辺りも含めて長くなりそうだもん。
なにより、これから街道を外れて荒れた道を歩くのだ。さすがに世間話しながらだとうっかり転ぶ可能性もあった。
私たちは早速街道を外れて横道へと逸れていく。さすがに街道付近は木々もまばらで視界も開けているが、しばらく歩くとすぐに森へと出くわした。
「この森の中を行くの?」
不安げなライラに私は答える。
「うん、地図だとそれほど大きくない森だから、さすがに迷うことはないと思う」
「また変な洋館があったりして」
「さすがに無いよぉ~」
無いよね? ベアトリスここに引っ越してるとか……あるわけ無いよね?
ちょっとありそう。
そんなことをよぎらせつつ森の中へ入り、慎重に歩いていく。
普段誰も立ち入らない森らしく、中はかなり歩きにくい。木の根がところどころ地面から浮き上がっていて、ちゃんと足元を見ていないと転んでしまいそうだ。
そんな中をクロエは機敏に歩いていた。魔術遺産の研究で変な立地にも赴くだろうし、慣れた雰囲気だ。
更に言えば、クロエは大人しそうに見えて意外と運動は得意。体も柔らかいし身軽で、ちょっとうらやましいくらいだ。
ちなみに私とモニカはそんなに運動は得意じゃない。もっと言うと私の方がモニカより運動できるはず。本人の前でこれ言うと言い合いになるけど。
そんな雑念を抱いていたのが悪いのか、モニカの念が届いたのか、私は不運にも木の根っこに足を引っかけてしまう。
「うわわっ!」
体勢を崩した私はふらつきながら前のめりで倒れそうになり……その途中でクロエに抱き留められた。
「リリア、気をつけないと危ない」
「う、うん、ありがとうクロエ」
「どういたしまして」
クロエに肩を抱かれて体を引き起こされ、なんとかまっすぐ立つ。おかげで怪我せずにすんだ。
それにしても……危ないところで助けてくれた上に態度もクールとか、クロエ格好いい。
「もうリリア、気を付けてよ。リリアがこけたら私も一蓮托生なのよ」
うって変わってライラは私の帽子の上から抗議をしてきた。いやあのライラさん。あなた妖精だから飛べるよね? 私の帽子と一蓮托生なのか。
「リリア、不安なら手でも繋ごうか?」
クロエがさりげなく私に手を差し出してくる。優しい……と思いきや違う。よく見るとクロエちょっと笑ってる。これからかってる。
「いいよ、もう子供じゃない」
「そう? 見た目はまだ子供」
「それはクロエもでしょっ」
「そうだった」
クロエが銀髪を揺らしてくすりと笑う。昔からこうだ。クロエは大人しそうな見た目をして、こう、イタズラなところもある。
運動もできてクールで時折こちらをからかってくるなんて……人形みたいに綺麗な見た目と本当あってない。
それから数時間森の中を歩き続けた頃。
私が睨んだとおり、この森の規模は小さ目だったようだ。わりと簡単に森の外へ抜ける事に成功した。
森の先に広がっていたのは、広々とした野原だった。短い青草が生えていて、低木がまばらに点在している。のどかな風景だ。
「ちょうどいいや、ここでお昼ごはんにしよう」
食事時だし、森の中を慎重に歩いて疲労も溜まっている。私の提案にクロエもライラも同意を返した。
「今日のお昼はなにを食べるつもり?」
いつものように火を起こしていそいそ準備をしていると、降ろしたバッグにぺたんと座ったライラが聞いてきた。
「ん……今日は、そんな期待するほどのものじゃないよ」
「どういうこと?」
首を傾げるライラにちょいちょいと手を振り呼びかける。するとライラはふわふわと飛びながら私のそばへと来た。
ライラの見ている前で水をそそいだケトルを二つ用意し、一つに卵を入れて、もう一つはそのままで、テレキネシスで火の真上に固定する。
そして両方水が沸いてきたら、卵が入っている方をやや火から遠ざけ、もう一方にはフェルレストで買っておいた野菜を適当に放り込み塩を入れる。野菜はブロッコリーにさやいんげん。ブロッコリーは手で雑に割り、さやいんげんはそのままだ。
「これ……なにを作ってるの?」
「見た通り、ゆで野菜とゆで卵」
「……それだけ?」
「そう、それだけ」
唖然として黙るライラ。彼女に変わり、クロエが口を開いた。
「質素」
分かってる。質素だって事は私も分かっている。でもしかたないのだ。
「いや、ほら……フェルレストの町でさぁ……スイーツ食べ歩きやらモニカのお別れ会やらでいっぱい食べ過ぎちゃったじゃん。さすがにさぁ……今日のお昼くらいはこうしないとさぁ……」
乙女のゆゆしき問題に発展してしまうじゃないか。
そんな私の気持ちが分からないのか、クロエとライラは顔を見合わせる。
「カロリーとか……私はそんなに気にしたことが無い」
「私妖精だから太らないわ」
身もふたもない発言だった。クロエはカロリー気にしないと言うがそもそも少食だし……ライラの方はもっとひどい。そうだよね、妖精の体は魔力で出来てるし、太るわけ無いよね。
でも私はそこそこ気にする。さすがにフェルレストでは食べ過ぎた。それにモニカと出会ってから肉ばかり食べ過ぎている。
……あ、そういえばモニカはあれだけ肉食なのに、全然乙女のゆゆしき問題に発展してないな。気にしてもいなかったようだし……どういうことなんだ。
今そんな事を気にしても仕方がないか。大切なのは、今日のお昼くらい質素にしようということだ。
そうこう考えているうちに野菜も卵もゆで上がり、テレキネシスでケトルの中から取り上げる。
ケトル二つに入ったお湯は……もったいないが捨てるしかない。せめて冷めるまで待って、大地の潤いと栄養にしてもらおう。
「もし私一人なら野菜も卵も一緒にゆでるんだけどね」
「それは雑すぎ」
「雑よね~」
ライラとクロエに言われながら、適当なお皿を用意して野菜を放り入れる。
卵の方は……テレキネシスのより細かい操作の練習がてら、ちょっとチャレンジすることにした。
ゆでた卵は人数分の三つ。まずは二つを皿に置いて、一つだけをテレキネシスで操作。
「なにする気なの?」
ライラの疑問に答えられるほど集中力に余裕はない。私は慎重に卵を操作し、ケトルに軽く打ちつけた。
首尾よく卵にヒビが入ったので、卵は空中に固定したままで、ヒビが入った殻をテレキネシスで細かく操作。ぺきぺきと卵の殻を剥いていく。
「おお、固定と操作の同時発動は結構すごい」
テレキネシスは魔力を使って物を動かす魔術だ。物体を静止させるのも、ある意味で物を動かすという範疇に入る。物を動かせるから止めることもできるという……ちょっと概念的な感じになるので細かいことは置いておく。
とにかくテレキネシスは物を動かすほか、空中に固定したりもできる。その二つの作用を今私は同時に起こしているのだ。これ結構すごいこと。
そしてそんなすごいことを卵の殻むきに使ってる。これ結構アホな事だと思う。
「ぬ、ぬぁぁぁ~……!」
思わず私は呻いてしまう。
固定と操作を同時に行うのは集中力が凄まじく必要だった。イメージ的には見えない左手で卵を掴み止め、見えない右手で殻を剥いている感じ。だけどイメージとはうって変わって精密な魔力の運用が必要とされる。
普段何気なく手を使っているが、それがどれだけ繊細な動きを自然とやれているのかをあらためて自覚する。
「あ~もうダメ、限界」
テレキネシスで殻を半分剥き終えたところで集中力が切れ、ゆで卵はお皿の上に落ちた。幸い殻が残っていた部分を下にして落ちたので、中身は無事。
「モニカを見習ってもうちょっと精密な魔術運用を練習しようかと思ったんだけど……卵の殻は手で剥いた方がはるかに楽だよ」
「知ってる」
クロエは冷静に応じ、残り二つの卵を簡単に剥いていった。
そうして剥き終わった卵を野菜のそばに並べると……。
「はい完成~」
「質素」
「質素ね」
それは知ってる。
今日のお昼は最近の暴食を反省しての、ゆで野菜とゆで卵。炭水化物はないが卵でタンパク質は取れるし、栄養的には十分だろう。
さすがにこのまま食べると味気ないので、卵には軽く塩を、野菜にはオリーブオイルに塩コショウしたものをかける。
そして皆で囲んで思い思いに食べ始めた。
野菜はブロッコリーとさやいんげん。ゆでたから緑色に艶が出ている。どちらも切る手間が無くて楽なので今回チョイスした。
「ん……なんかブロッコリー、結構風味強い」
昨日の夜にもバーニャカウダを食べたが、その時のブロッコリーはここまで青臭い風味は無かった。ゆで方とかで変わるのかな。それとも一手間加えられているのか。
でも野菜を食べてる感じがして悪くない。今体に良い物摂取してる気がしてくる。
次に食べたのはさやいんげん。わりとみずみずしく、やっぱり緑系野菜特有の青臭さはあった。それをオリーブオイルが抑えている感じ。
ゆで卵の方はいい感じで黄身が半熟。塩を適量振りかけて食べると、淡泊ながらも味が引き締まっておいしい。半熟の黄身部分は濃厚で食べごたえもある。
質素なものだが、その分食材の味が良く分かる。町で手が込んだ料理を食べるのも良いけど、たまにはこういうシンプルな物も良い。
「質素で雑だったけど、なんだかんだおいしかったわね」
ライラも食べ終わってみれば満足げだった。うん、やっぱり肉食より野菜食べてる方が妖精感ある。
クロエも完食していたけど、微妙に表情が苦々しい。基本無表情だから本当に微妙だけど。
「おいしくなかった?」
聞いてみると、クロエは首を振った。
「そういう訳ではない。ただ……」
「ただ?」
「ブロッコリーは食べられるけど……そこまで好きではない」
「え、そうだったんだ」
知らなかった。わりと好き嫌いないタイプだとばかり。
クロエは、はっきりと分かるくらい苦々しい表情を見せる。
「ブロッコリーは……なんか森を食べてる気分になる」
「嫌いな理由どういうこと」
確かにブロッコリーは見た目森感あるけど。え、嫌いな理由それ?
「普通人は森を食べない」
真顔で言われ、私は返す言葉が見つからなかった。
クロエにとってブロッコリーと森って同じなんだ。
私は先ほど通り抜けてきた森をちらりと見る。
……確かに似ているけども。
魔術遺産を研究しているだけあって、やっぱりクロエは変な感性をしている。改めてそう思った私だった。
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久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
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