魔女リリアの旅ごはん

アーチ

文字の大きさ
85 / 185

85話、燃える滝と熟成肉のチーズ焼き

しおりを挟む
 モニカによるジャムパン騒動が一段落して、数日が経った。
 その頃になると、私たちはクロエが目指している魔術遺産がある場所へとたどり着いていた。

 そこは結構辺ぴな場所にある起伏が目立つ岩場で、いくつかの滝が流れる大自然の真っただ中だ。
 そんな中クロエに先導され、とある滝のふもとへとやってきた。

 こんな所に魔術遺産があるとは思えない程、自然美溢れる場所だった。見上げるほどの大きな滝が私たちを圧倒し、滝が流れる大きな音に紛れて鳥の鳴き声も聞こえてくる。

「……ここのどこが魔術遺産なの?」

 クロエに尋ねると、彼女は空を見上げた。
 空はようやく夕焼けに染まり始めてきた頃合いだ。

「まだ時間が少し早い。もう少し暗くなったら分かる」

 どうやら時間帯か、あるいは周囲の光源の有無によって何らかの変化が起こる魔術遺産のようだ。
 しかしそうなってくると、今日はこのままここで一泊する事になりそうだ。もともと覚悟していたが、ちょっと不安にも思う。

 それは別に魔術遺産の近くで寝ることになるからではない。クロエいわく危険な魔術遺産ではないようなので、そこは信用している。
 問題は滝だ。滝の音が結構うるさい。

 今でこそ雄大な自然が生み出す綺麗な音色と受けとめられるが、それも寝る段階になれば騒音と化す。
 多分ありえないだろうけど、この地の魔術遺産が滝の音を消し去るタイプの効果であって欲しいと思う。

 後もう一つ不安なのは、うっかり滝に落ちてしまわないかという事。
 別に滝のすぐ近くで寝るつもりはないが、もしやという事がある。
 それにこれから暗くなってくると、足元が見えずにうっかりこけてそのまま滝壺にハマる可能性もあった。

 魔術遺産なんかより、この大きな滝の方がよっぽど危険なのだ。油断はしないでおこう。
 とにかく、暗くなるまで魔術遺産の正体が分からないというのなら、ここは早めの夕ごはんとしよう。
 クロエとの旅路で言えば、実質ここがゴール。クロエは数日ここに滞在して魔術遺産の研究をするだろうが、私とライラは明日にはまた旅を続けるつもりだ。

 だからクロエとの旅で過ごす最後の夜として、少しばかり豪勢な料理を作りたい。
 そこで私が取り出したのは、以前寄ったキャンプ場で買っておいた熟成肉だ。
 熟成肉はいわば保存肉からの派生だ。お肉を保存目的で数日寝かせると肉質が柔らかくなり旨みが増すようで、そこからおいしくするための保存方法が生み出されたらしい。

 私が買ったのは低温での乾燥熟成タイプのお肉。赤身肉によく使われる熟成方法らしい。
 この熟成肉をただ焼くだけでも十分おいしいだろうけど、今回は目的通りもう少し豪勢にする。
 そこでもう一つバッグから取り出したのは、カッテージチーズだ。

 カッテージチーズは、ぼろぼろっとしたタイプのチーズで、ちょっと手芸用のコットンっぽい。
 チーズにしてはしっとり感が無いというか、なめらかさに欠ける低脂質なものだ。それでも熱を通すとちゃんととろける。

 今回は熟成肉をカッテージチーズと共に焼いていく、チーズ焼きを作ることにした。
 まずはいつも通り魔術でたき火を起こし、小型のフライパンを用意。軽くオリーブオイルを引き、テレキネシスでフライパンをたき火の上に固定。

 そして熟成肉を適当にサイコロ状に切っていく。三人の一食で食べきるつもりだったので、熟成肉自体は大きくない。だから小型ナイフで十分切ることができた。
 切った熟成肉をフライパンに入れたら、じっくりと焼いていく。
 焼いている間に、カッテージチーズをちぎってボウルに入れていく。チーズも食べきるつもりだったのでそこまで多くない。でも、小さなボウルの半分以上はあった。

 熟成肉が十分焼けた頃、おもむろにカッテージチーズを全てフライパンに放り込む。
 あっという間にカッテージチーズが熱で溶け始め、フライパンの中に広がってぐつぐつ音を立てはじめた。
 当然熟成肉はチーズの海に飲みこまれている。このままチーズで煮る感じで焼いていき、時折裏返して最終的にチーズの両面に焦げ目がつけば完成だ。

 今のうちに軽く塩を振っておく。レモン汁があれば入れた方がさっぱりした味になっていいが、今回無いので味付けは塩のみ。それでも熟成肉とチーズの旨みで十分味はあるはずだ。
 そうしてじっくり焼いていると、夕焼け空はどんどん暗さを増していった。たき火のほのかな揺らめきが私たちを照らし始めている。

 チーズの片面に焼き目がついたら、フライパンを振って裏返し、もう片面にも焼き目をつけていく。チーズを焼き固めるイメージだ。
 そうして両面に焼き目がついたら、用意したお皿の上に置いて、熟成肉のカッテージチーズ焼きは完成。

 焦げ目がついて香ばしいチーズの匂いが漂い、焼いたチーズの中にはサイコロ状の熟成肉がたっぷりと入っている。
 ……なんだかカロリーの暴力にも見えるが、カッテージチーズはそこまでカロリーは無い。熟成肉も赤身タイプなので、見た目よりはヘルシーな料理のはず……多分。

 料理が完成した頃には、空はもう夕日が沈んでいた。たき火の明かりだけが照らす中、クロエに呼びかける。

「クロエ、料理できたけど魔術遺産の方はまだ?」
「どうやらもう少し後の時間帯らしい。ごはん食べて待とう」

 ちょっと大きな岩の上に立って滝を眺めていたクロエは、ゆっくりと降りてきて私のそばに座った。
 ライラは待ちきれないとばかりにお皿の近くでちょこんと座ってる。

「これチーズ? すごくいい香りがするわね」
「中に熟成肉もあるよ。クロエの乾パンもあるし、合わせて食べてもいいかもね」

 早速全員で一つのお皿をつつきはじめる。チーズをフライパン型の円形になるよう焼いた形なので、皆好き勝手に食べ進めるタイプだ。
 見た目は焼き固められてパリパリしてそうだが、実際フォークなどで刺してみると驚くほど柔らかい。グラタンの表面の焦げ目のついたチーズという感じ。

 そして中のお肉をフォークで突き刺して引っ張ると、とろりとチーズが糸を引く。構わず口の中にチーズを纏った熟成肉を入れて噛むと、チーズの甘みと旨み、塩気の中に、肉の旨みが溢れてきた。
 乾燥タイプの熟成肉なので、肉汁には若干乏しい。その代わりお肉自体が柔らかく、肉の繊維がほどけていくみたいだ。

 チーズをそのまま焼いているので重そうに思えるが、使ったのがカッテージチーズなので意外と爽やかな口当たりだ。酸味があり、癖の無い味わい。

「……おいしいな、これ」

 自分で作っておいてなんだけど、かなりおいしい。そもそもお肉とチーズを一緒に食べておいしくない訳がない。
 焼いたチーズの香ばしさに熟成肉の旨み、そしてとろけたチーズにお肉が絡む。おいしいに決まってる。モニカが食べたらきっと絶賛するだろう。お肉好きだし。

「……あっ」

 乾パンと合わせて食べたりと、熟成肉のチーズ焼きに夢中になっていると、ライラが突然小さくも驚きに満ちた声を出した。

「どうかした?」

 食べながら視線だけライラにうつす。するとライラは、腕を伸ばしてある方向を指さした。

「あれ見て、滝が燃えてるわ」
「ええ? 滝が燃える訳ないじゃん。水だよ、あれ」

 何言ってるんだろ、とばかりに指さす方向を見る。先ほどクロエが見ていた滝だ。
 私は唖然として食事をする手を止めた。

「本当だ……あれ、燃えてる? 本当に燃えてない?」

 信じられないことに、この暗闇の中、滝が揺らめくように燃えていた。

「おお……本当に燃えてるみたい」

 クロエも驚嘆の声を出して、立ち上がって滝を眺めはじめる。

「これが……この燃える滝がここの魔術遺産なの?」
「……ううん、正確には違う。ちょっと近づけば分かると思う」

 クロエがゆっくりと歩き出したので、私は腰にランプを装着し、ライラを連れて後を追いかけた。
 滝壺から十分距離を取りながら、滝の岸壁の側面へと近づいていく。
 そうして真横から滝を眺めると、クロエの言っている意味が分かってきた。

 滝は先ほどの夕暮れ時と変わらず、透き通った綺麗な水が流れている。燃えているのは、その裏側だ。
 つまり滝の裏側の岸壁。そこ一面に薄く青い炎が灯っていたのだ。
 それを透き通った滝の水越しに見た結果、まるで滝そのものが燃えて揺らめいているように見えたのだ。

 おそらく滝から流れる水のスピードや透明度によって、裏側に灯る炎の光が乱反射してそう見えるのだろう。

「魔術遺産なのは滝ではなく、この燃える岸壁」

 クロエは自分のバッグから、山登りなどで役立ちそうな鉄製の杖を取り出した。
 その杖先を燃える岸壁に擦りつけ、岩を削り取る。

「あ、危ないって、熱いでしょ」

 削れた岩の欠片を取ろうとするクロエに注意するも、彼女は躊躇することなく拾う。

「大丈夫、熱くない」

 削った欠片を軽く空中に放り投げては掴みながら、私に見せてくる。
 岩の欠片はやや黒いが、見た目は何の変哲もない。
 私も恐る恐る触れてみると、熱いどころか水に濡れて冷たかった。

「この削った欠片は……燃えないの?」
「どうやらそうらしい。それに見て。あの削った部分からはまた炎が灯ってる」
「……本当だ、変なの」

 興味をそそられたのか、ライラはふわふわと漂いながら灯る炎に近づいていく。

「ライラ、熱くないの?」
「熱いどころか、滝の水しぶきで冷たいくらいよ。これ、本当に燃えてるの?」

 おっかなびっくり手を炎に近づけるライラだが、どうやら熱を感じないようでしきりに首をひねっていた。

「見ての通り、この炎は熱を持たない。リリアがよくやってるように、魔術で火を起こした場合、通常の火そのものと作用は何ら変わらないのが普通」
「だよね。燃えてるのに熱くないなんて……見た目だけの魔術みたい」

 そこまで言って、モニカの事を思い出す。そうだ、まるでショー用の魔術みたいだ。
 燃えているように見えて、実は燃えていない。見た目だけの揺らめく炎。
 なるほど、そう考えると確かにこれは魔術による効果だ。魔術遺産に違いない。

「でも、滝裏の岩だけが燃えるってのは謎だよね」
「そう、そこが不思議。いつからこのように燃えるようになったのか、またその時滝はすでに流れていたのか、そういう歴史的背景をできれば探りたい」

 クロエは無表情な顔に精彩さを取り戻し、瞳もわずかに輝いていた。どうやら魔術遺産の研究者としての血が騒いできたようだ。
 確かに、滝が流れてなくても燃えるのか、それともそうではないのかは大切なところかもしれない。

 でもそれは魔術遺産を研究する者としての目線。完全に物見遊山な魔女である私の目線は違う。

「惜しいよね。もし本当に滝そのものが燃えてたら、滝壺で魚を釣って滝の炎であぶる地産地消ができたのに」
「……それは、地産地消と言うの……?」

 興が削がれたとばかりに白い目を向けられて、私はたじろいだ。
 こんなバカな事を言っている間にも、滝はまるで燃えているかのように炎でゆらめき続けている。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香
ファンタジー
『田舎でスローライフをしたい』バカップルの死神に前世の記憶を消去ミスされて赤ちゃんとして転生したユーリは竜を見て異世界だと知る。農家の娘としての生活に不満は無かったが、両親には秘密がありそうだ。魔法が存在する世界だが、普通の農民は狼と話したりしないし、農家の女将さんは植物に働きかけない。ユーリは両親から魔力を受け継いでいた。竜のイリスと絆を結んだユーリは竜騎士を目指す。竜騎士修行や前世の知識を生かして物を売り出したり、忙しいユーリは恋には奥手。スローライフとはかけ離れた人生をおくります。   

魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした

たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。 死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...