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87話、湖町クラリッタとモツ煮込み
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昼食を終えてからしばらくミスリア湖を眺めていた私とライラは、折りを見て湖畔の町へと向かった。
その町の名はクラリッタ。ミスリア湖に隣接する形で、結構にぎわいある町だ。
ミスリア湖が観光地である必然状、クラリッタの町はこの一帯での交易の中心地とも言える。とにかく市場に活気があり、私も宿を取ってからすぐに市場へと出向いてみた。
町並みは白を基調とした建物が多く、なんだか清潔感がある。結構人通りがあるのに、歩道にはゴミなどない。ちょっと狭い横道を眺めてみても、目立った汚れは一切なかった。
おそらく、ミスリア湖の景観を損ねないよう色々と気を使った町作りなのだろう。
一番特徴的なのは、ミスリア湖の方向にある建物が一定以上の間隔を置いて設置されているところだ。
これのおかげで、町中を歩きながらも湖を眺めることができる。
「人通りは多いけど、綺麗な町よね~。私この雰囲気結構好きよ」
ライラは珍しく私の帽子から離れ、周囲をうろうろと飛んでいた。人の背丈からかなり高い位置ではあるが、うっかり何かにぶつからなければいいけど。
そのうち市場へとやってきた私は、足を止めて居並ぶお店の外観を眺めはじめた。
クラリッタでは、屋台のような野外で展開しているお店が全くない。これもおそらく、町の清潔感を気遣った取り決めなのだろう。
屋台や露店があると、どうしても人通りは淀みやすく、また道にゴミなどが落ちやすい。料理系の屋台などは周囲へ匂いの影響もある。
こんな綺麗な湖が見える町中で色んな料理の混ざった匂いを嗅いだりしたら、確かに興ざめだろう。
透明で綺麗なミスリア湖のイメージを、この町中でも維持しているのだ。
なので買い物をするには構えたお店の中に入る必要がある。そうなると、さすがに何が売っているのか確認してから入りたい。
とはいえ、別に何か買いたいものがある訳でもない。旅路で消費する食材などは旅立つ直前で買えばいいわけだし。
「うーん……ライラ何か欲しい物ある?」
「それは食べ物以外で?」
「以外で」
「……私妖精だし、人間の物で欲しいのって特に思いつかないわ」
まあそうだよね。そもそも色んな物品のサイズが妖精に合ってないし。
ならそうだなぁ……適当な土産物でも見て、気に入ったのあったら買ってみようかな。
考えながら周りを眺めつつ歩き、アクセサリー系のお店を発見して中へと入ってみる。元々服飾系に強いこだわりはないので、高級店ではない。
店内はやや狭く、棚や台の上のカゴに商品がいくつも入っている。安物、というと言い方が悪いが、手が出しやすく気軽に買えるアクセサリー群だ。
腕輪や首飾りに耳飾り、人工石の宝石などを適当に手に取って眺めていく。
「リリアってこういうの興味あったの?」
「んー……そうでもない。魔法薬の調合とかでは邪魔になったりするからね」
ちょっとした指輪程度なら邪魔にはならないが、首飾りや腕輪などは作業するのに適してない。目線を下げたり薬瓶の中をかき回したりなどはしょっちゅうだ。
こういうのはやはり、人に見せるための物。日常生活においてはそこまで有用な物でもない。
でも見栄えはいいので、人にプレゼントするには中々いい物だ。普段は部屋に飾っておいて、出かける時だけ身に着ければいいから腐ることもない。
「おっ、ガラス細工の置き物もあるんだ」
棚の一番上に並べられている置き物に気づき、私はしげしげと見上げだした。
こういうのは家の中に置いて飾るものなので、結構大きくて目立つ作りをしている。
水晶玉のようなガラス玉に、中に差し色を仕込んだ変な置き物など、こうして眺めると結構楽しいものがあった。
その中で、一つ目を奪われたのがあった。
それは細長い人型のガラス細工で、羽根のような物が生え、顔つきは人に近いながらもどこか神秘的だった。
「……これって妖精なのかな」
それはまさに、想像上の妖精、そのイメージのままだ。
羽ばたいて空を舞っているかのようで、ガラス細工の美しさも相まってまるでそこに存在しているようにも見える。
だけど……ここには居るんだよね。本物の妖精が。
ちらりとライラに視線をうつすと、彼女は興味深げに妖精型のガラス細工へと近づいた。
そして周りを飛びながらしげしげと眺めた彼女は、私の所へ戻ってぽつりと言った。
「こんな妖精いないわよ?」
小首を傾げるライラに、私は無言でうなずいた。
改めてライラを見てみると、あのガラス細工の神秘性を表現した妖精とは別物だ。
燃えるような赤い髪に、くりっとした丸い目。顔つきは丸っこくて愛嬌があり、すごく可愛らしい。それが実際の妖精、ライラの見た目。
湖のほとりで舞う神秘的な妖精など、しょせん人の創造物。現実は、これまでおいしそうにごはんを食べてきたライラの姿なのである。
「うん、あんな妖精はいないよね」
私が言うと、ライラは含まれた意味を何となく感じたのか怪訝な表情をした。
……結局私は、人工宝石のブローチを二つ買うことにした。
どちらもサファイアで、ミスリア湖のように透き通った青色をしている。
ブローチなら服に装着すればいいので邪魔にならない。人工石とはいえ、見た目に問題はなく美しいので、私的には問題ない。
「はい、一個ライラにあげる。つけてあげるよ」
「あら、ありがとう」
もともとライラにあげようと思っていたので、ブローチは小さ目。花を象っていて可愛らしい。
ライラの衣服のどこに着けようか迷ったが、左肩にしておいた。理由は……単純に赤くて長い髪が近くにあって、サファイアの青でより映えるかな、と思ったからだ。
私の方はというと、スカートの右裾辺りに着けてみた。単純にスカートの裾が着けやすかったのだ。ほら、肩や胸元だと自分で着けるのちょっともたつくから。
「よし、ブローチをつけておしゃれレベルを上げたところで、ごはんを食べようっ」
「おー!」
私が言うと、ライラが調子を合わせて元気よく片手を上げて相づちをしてくれた。やっぱり神秘性など無い。
町中を見てアクセサリーを見繕っていた間に、すっかり夕暮れ時だ。ごはんを食べるのにちょうどいい。
しかし言ってみたものの、何を食べようか。初めての町なので、まだどんな食べ物が人気なのか分からない。
せっかくごはんを求める旅で立ち寄るのだから、どうせならその地域性や特色にあった物を食べたいというスタイルだ。
ここはひとまず、飲食店が並ぶ現地へ行き、店を眺めながら探してみよう。
飲食店は市場からそう遠くは無い。そもそも市場が町の中心地とも言えるので、必然飲食店も並ぶように設置される。
人通りが多いところに様々なお店が集まるのは、提供者と消費者どちらにとっても効率的なのだ。
飲食店が並ぶ通りにやってきた私たちは、早速お店を物色し始めた。
お店の前に置かれている立て看板には、基本その店一押しのメニューが書かれている。それを一つ一つ眺めていると、私はあることに気づいた。
「……なんかモツ料理が多い気が」
そう、どこの立て看板も、モツ焼きや牛モツ定食など、モツ関連の料理名ばかり書かれている。
この町はモツが人気なのだろうか。ミスリア湖近くの清涼感ある雰囲気の町とはちょっとイメージが違う。
そう思って首をひねっていると、ライラが尋ねてくる。
「モツ、ってなんなの?」
「内臓の事だよ。大体牛とか豚の物を言うかな」
なぜ『モツ』と呼ぶのかはさすがに分からない。何らかの語源があるのだろうが、料理名に内臓ってあるとさすがに食欲が分からないし、モツと別称があるのは悪くないと思う。
「内臓……内臓……」
ライラはちょっと嫌そうな顔をしながら自分のお腹を撫でていた。いや、妖精にモツは無いでしょ。肉体は魔力で出来てるし。
……それとも、あるの? モツ。
だとしたら神秘性が更に下がるよ?
「あんまり食べたいと思わないわ……おいしいの? それ」
お肉などは普通に食べるライラだが、さすがに内臓というイメージのせいか、げんなりとした顔をしていた。
「私も全然食べた事無いかも。なにせ内臓だし」
モツ料理は、そこまで広く食べられているものではない。牧畜を営んでいる村や町で、現地の人が楽しんでいるイメージだ。
牧畜を営む現地の人からすれば、家畜の肉はできるだけ無駄にはしたくないので、ほぼ全ての部位をおいしく食べるように工夫するのが当然。モツ料理も元はそういう目線で作られたのだろう。
内臓という部位とその見た目とは裏腹に、意外とモツはおいしい物らしい。なのでモツ料理があまり広がってない地域でも、一部の人の間では有名だとか。
私もモツを食べる文化には不慣れなので、モツ料理は食べた事が全然ない。子供の頃なら……あったかなぁ?
記憶に無いという事は、食べてないのだろう。ならばせっかくの出会い。今日の夕食はモツ料理へ挑戦するしか……。
「まさか食べる気?」
私の意気を察したのか、ライラがくわっと顔に近づいてきた。
「え、やだ?」
「だって内臓でしょ? グロテスクなイメージしかわかないわっ」
妖精でも内臓の知識はあるのか、どうやら今ライラの脳内ではおどろおどろしい光景が広がっているようだ。
「大丈夫だよ。こんなにどこもかしこモツ料理が一押しなら、おいしいって」
多分。
「……本当に?」
……多分。
正直不安な気持ちは私にもある。モツってなぁ、あんまりなぁ、食べた事ないしなぁ。
なんだか独特の癖もありそうだし……そういえばモニカはモツとか食べた事あるのだろうか。モニカは肉好きだけど、モツは別ジャンルって感じもするから謎だ。
「とにかく、一度食べてみようよ。失敗してもそれはそれで良い思い出だよ」
「……そう? リリアはこれまで失敗したごはんは、良い思い出になってる?」
「……」
いまだにオリーブオイルのコース料理はトラウマかも。
思わず私は口元を抑えた。
「その反応っ、何かトラウマがあるわねっ! 分かった! 私と出会う前ね!?」
出会うちょっと前だね。
「大丈夫大丈夫……あれはちょっと人類には早すぎたコース料理だったってだけで、モツ料理は好んで食べてる所がちゃんとあるから」
「い、いったい、以前に何を食べたのよ……」
モツよりも私の過去の食体験に戦々恐々しだしたライラを連れ、さりげなくお店の一つへと入った。
あれよあれよという間に席へ着き、ライラに言い差す間を与えず看板メニューのモツ煮込みを頼む。
よし、これでライラもモツ料理決定。冒険するなら一緒だ。一蓮托生とも言う。
「本当に大丈夫かしら……」
お腹を撫でながら不安げなライラ。そうやってお腹撫でてるのは不安の現れなのか、それとも自分のモツを確認してるのか。いや、妖精にモツは無いはず。そこの神秘性だけは保とう。
そうして待っていると、わりとすぐにモツ煮込みがやってきた。当たり前だが、注文が入って煮込むわけではないのだ。
今回私も初のモツ料理なので、頼んだのはモツ煮込みだけ。正直パンと合わせる料理ではないと思うし、そもそもメニューにパンもなさそうな雰囲気。
もしモツ煮込みと合わせる主食があるとすれば……やっぱり炊いたお米かな?
私とライラは、薄底の広がった器に盛られたモツ煮込みを珍しげに眺める。
意外と見た目は悪くない。ニンジンや大根などの根菜と共に白くてぶよっとした何かがあり、その上には刻んだネギがまぶされている。
煮込みというだけあって全体的に茶色がかっているが、ネギのおかげで色合いが良い。
とりあえず私は、箸でぶよっとした何かを持ち上げてみた。
「この白くてぶよっとしてるのが……モツ?」
「そうみたい。他にそれっぽいの無いしね」
これは豚モツなのか牛モツなのか……分からないが、モツはやっぱりお肉とは見た目が全然違った。
内臓と言えば幅広いが、ことモツと呼ぶのは確か腸の部分だっけ。ならばこうしてぶよっとした変な形と感触なのはうなずける。
「リリア、早く食べてみてよ。早く、早く」
ライラは私の毒見待ちらしく、しきりに一口うながしてくる。
うーん、腸っぽいって思っちゃったから、ちょっと箸が重く感じる。
意を決して、一口運んでみた。
そしてもにゅもにゅ噛んでみる。
「ん……んんっ?」
「どう? どういう感じ? どうどう?」
「……何か、変な食感する」
噛みごたえがあるというか、噛み切れないというか、なんかもにゅっとしてる。
「何それ。味は?」
「味は……濃い目だけどショウガが効いてて結構さっぱりしてる感ある」
言いながらも、モツを噛み続ける。
ようやく食感に慣れた私は、弾力あるモツを噛み切って飲みこむことに成功した。
うーん、何か妙な食感だ。そして意外とモツ自身の味みたいなのは感じない。
臭みとかもほとんど感じないし、そこまで癖は感じない。食感は癖あるけど。
「ライラも食べてみなよ、はい」
モツを一切れ差し出すと、ライラはちょっと嫌そうな顔をした。
やがてライラは決意したように目をつぶり、大きく口を開ける。え、それだとモツ見えなくない? いや、むしろ見たくないのか。
でもそれだと私が口の中に放り込まないと食べられないじゃん。
ヤケドしないかな、と不安だったが、ライラの口の中に箸先を入れ、モツを放り込む。
するとライラは目を閉じながらもぐもぐと口を動かし始めた。何か鳥に餌付けしてるみたい。そういえば、使い魔のカラスのククルちゃんにも昔似たようなことしたなぁ。
おそらく家にある巣で羽根を伸ばしているだろうククルちゃんの事を思い出していると、ライラはやがてごくんと音を立ててモツを飲みこんだ。
「どうだった?」
「……うまく噛み切れなかったわ。しょうがないからそのまま飲んだ」
「味は?」
「……結構悪くないかも」
「だよね」
ショウガが効いていて結構おいしいのだ、このモツ煮込み。
でもなんというか、私からするとちょっとしっくりこない味付けだったりもする。
パンに合う味付けではないし、お米は……合いそうだけど、それなら焼いたお肉の方がベストマッチしそう。
かと言ってこの濃い目の味付け、主食のお供無しで食べるというのも口が寂しくなりそうだ。
だからなんだかしっくりこないのだが、食べ進めているうちに一つピンとくる。
お酒。ビールとかと合いそうな味付けなんだ、これ。
思えば、お酒を飲みながら食べる料理とは縁遠かった気がする。以前地ビールを作っている村で食べて以来か。
お酒に合う料理か、なるほどなぁ。いわゆる、つまみとしての料理はこれまで気にもしてこなかったなぁ。
お酒は基本飲まないから、これは盲点だった。
お酒はそんなに得意じゃないけど、たまにはこういうつまみ料理とお酒を頼んでみるのも一興かもしれない。それこそおいしい料理を求めて旅をしているのだから。
……それにお酒を飲みきれなかったら、ライラに飲んでもらえばいいし。
モツ煮込みに慣れたのか、自分で箸を持ちだして黙々と食べ始めているライラを見て、そんな事を思う。お酒に強いから、こういう味付け結構好みなのかも。
……それにしても、モツ煮込み食べてる妖精ってやっぱり神秘性の欠片も無いよね。
妖精を象ったガラス細工の置き物を思い出しながら、私はライラの食事光景を見続けていた。
その町の名はクラリッタ。ミスリア湖に隣接する形で、結構にぎわいある町だ。
ミスリア湖が観光地である必然状、クラリッタの町はこの一帯での交易の中心地とも言える。とにかく市場に活気があり、私も宿を取ってからすぐに市場へと出向いてみた。
町並みは白を基調とした建物が多く、なんだか清潔感がある。結構人通りがあるのに、歩道にはゴミなどない。ちょっと狭い横道を眺めてみても、目立った汚れは一切なかった。
おそらく、ミスリア湖の景観を損ねないよう色々と気を使った町作りなのだろう。
一番特徴的なのは、ミスリア湖の方向にある建物が一定以上の間隔を置いて設置されているところだ。
これのおかげで、町中を歩きながらも湖を眺めることができる。
「人通りは多いけど、綺麗な町よね~。私この雰囲気結構好きよ」
ライラは珍しく私の帽子から離れ、周囲をうろうろと飛んでいた。人の背丈からかなり高い位置ではあるが、うっかり何かにぶつからなければいいけど。
そのうち市場へとやってきた私は、足を止めて居並ぶお店の外観を眺めはじめた。
クラリッタでは、屋台のような野外で展開しているお店が全くない。これもおそらく、町の清潔感を気遣った取り決めなのだろう。
屋台や露店があると、どうしても人通りは淀みやすく、また道にゴミなどが落ちやすい。料理系の屋台などは周囲へ匂いの影響もある。
こんな綺麗な湖が見える町中で色んな料理の混ざった匂いを嗅いだりしたら、確かに興ざめだろう。
透明で綺麗なミスリア湖のイメージを、この町中でも維持しているのだ。
なので買い物をするには構えたお店の中に入る必要がある。そうなると、さすがに何が売っているのか確認してから入りたい。
とはいえ、別に何か買いたいものがある訳でもない。旅路で消費する食材などは旅立つ直前で買えばいいわけだし。
「うーん……ライラ何か欲しい物ある?」
「それは食べ物以外で?」
「以外で」
「……私妖精だし、人間の物で欲しいのって特に思いつかないわ」
まあそうだよね。そもそも色んな物品のサイズが妖精に合ってないし。
ならそうだなぁ……適当な土産物でも見て、気に入ったのあったら買ってみようかな。
考えながら周りを眺めつつ歩き、アクセサリー系のお店を発見して中へと入ってみる。元々服飾系に強いこだわりはないので、高級店ではない。
店内はやや狭く、棚や台の上のカゴに商品がいくつも入っている。安物、というと言い方が悪いが、手が出しやすく気軽に買えるアクセサリー群だ。
腕輪や首飾りに耳飾り、人工石の宝石などを適当に手に取って眺めていく。
「リリアってこういうの興味あったの?」
「んー……そうでもない。魔法薬の調合とかでは邪魔になったりするからね」
ちょっとした指輪程度なら邪魔にはならないが、首飾りや腕輪などは作業するのに適してない。目線を下げたり薬瓶の中をかき回したりなどはしょっちゅうだ。
こういうのはやはり、人に見せるための物。日常生活においてはそこまで有用な物でもない。
でも見栄えはいいので、人にプレゼントするには中々いい物だ。普段は部屋に飾っておいて、出かける時だけ身に着ければいいから腐ることもない。
「おっ、ガラス細工の置き物もあるんだ」
棚の一番上に並べられている置き物に気づき、私はしげしげと見上げだした。
こういうのは家の中に置いて飾るものなので、結構大きくて目立つ作りをしている。
水晶玉のようなガラス玉に、中に差し色を仕込んだ変な置き物など、こうして眺めると結構楽しいものがあった。
その中で、一つ目を奪われたのがあった。
それは細長い人型のガラス細工で、羽根のような物が生え、顔つきは人に近いながらもどこか神秘的だった。
「……これって妖精なのかな」
それはまさに、想像上の妖精、そのイメージのままだ。
羽ばたいて空を舞っているかのようで、ガラス細工の美しさも相まってまるでそこに存在しているようにも見える。
だけど……ここには居るんだよね。本物の妖精が。
ちらりとライラに視線をうつすと、彼女は興味深げに妖精型のガラス細工へと近づいた。
そして周りを飛びながらしげしげと眺めた彼女は、私の所へ戻ってぽつりと言った。
「こんな妖精いないわよ?」
小首を傾げるライラに、私は無言でうなずいた。
改めてライラを見てみると、あのガラス細工の神秘性を表現した妖精とは別物だ。
燃えるような赤い髪に、くりっとした丸い目。顔つきは丸っこくて愛嬌があり、すごく可愛らしい。それが実際の妖精、ライラの見た目。
湖のほとりで舞う神秘的な妖精など、しょせん人の創造物。現実は、これまでおいしそうにごはんを食べてきたライラの姿なのである。
「うん、あんな妖精はいないよね」
私が言うと、ライラは含まれた意味を何となく感じたのか怪訝な表情をした。
……結局私は、人工宝石のブローチを二つ買うことにした。
どちらもサファイアで、ミスリア湖のように透き通った青色をしている。
ブローチなら服に装着すればいいので邪魔にならない。人工石とはいえ、見た目に問題はなく美しいので、私的には問題ない。
「はい、一個ライラにあげる。つけてあげるよ」
「あら、ありがとう」
もともとライラにあげようと思っていたので、ブローチは小さ目。花を象っていて可愛らしい。
ライラの衣服のどこに着けようか迷ったが、左肩にしておいた。理由は……単純に赤くて長い髪が近くにあって、サファイアの青でより映えるかな、と思ったからだ。
私の方はというと、スカートの右裾辺りに着けてみた。単純にスカートの裾が着けやすかったのだ。ほら、肩や胸元だと自分で着けるのちょっともたつくから。
「よし、ブローチをつけておしゃれレベルを上げたところで、ごはんを食べようっ」
「おー!」
私が言うと、ライラが調子を合わせて元気よく片手を上げて相づちをしてくれた。やっぱり神秘性など無い。
町中を見てアクセサリーを見繕っていた間に、すっかり夕暮れ時だ。ごはんを食べるのにちょうどいい。
しかし言ってみたものの、何を食べようか。初めての町なので、まだどんな食べ物が人気なのか分からない。
せっかくごはんを求める旅で立ち寄るのだから、どうせならその地域性や特色にあった物を食べたいというスタイルだ。
ここはひとまず、飲食店が並ぶ現地へ行き、店を眺めながら探してみよう。
飲食店は市場からそう遠くは無い。そもそも市場が町の中心地とも言えるので、必然飲食店も並ぶように設置される。
人通りが多いところに様々なお店が集まるのは、提供者と消費者どちらにとっても効率的なのだ。
飲食店が並ぶ通りにやってきた私たちは、早速お店を物色し始めた。
お店の前に置かれている立て看板には、基本その店一押しのメニューが書かれている。それを一つ一つ眺めていると、私はあることに気づいた。
「……なんかモツ料理が多い気が」
そう、どこの立て看板も、モツ焼きや牛モツ定食など、モツ関連の料理名ばかり書かれている。
この町はモツが人気なのだろうか。ミスリア湖近くの清涼感ある雰囲気の町とはちょっとイメージが違う。
そう思って首をひねっていると、ライラが尋ねてくる。
「モツ、ってなんなの?」
「内臓の事だよ。大体牛とか豚の物を言うかな」
なぜ『モツ』と呼ぶのかはさすがに分からない。何らかの語源があるのだろうが、料理名に内臓ってあるとさすがに食欲が分からないし、モツと別称があるのは悪くないと思う。
「内臓……内臓……」
ライラはちょっと嫌そうな顔をしながら自分のお腹を撫でていた。いや、妖精にモツは無いでしょ。肉体は魔力で出来てるし。
……それとも、あるの? モツ。
だとしたら神秘性が更に下がるよ?
「あんまり食べたいと思わないわ……おいしいの? それ」
お肉などは普通に食べるライラだが、さすがに内臓というイメージのせいか、げんなりとした顔をしていた。
「私も全然食べた事無いかも。なにせ内臓だし」
モツ料理は、そこまで広く食べられているものではない。牧畜を営んでいる村や町で、現地の人が楽しんでいるイメージだ。
牧畜を営む現地の人からすれば、家畜の肉はできるだけ無駄にはしたくないので、ほぼ全ての部位をおいしく食べるように工夫するのが当然。モツ料理も元はそういう目線で作られたのだろう。
内臓という部位とその見た目とは裏腹に、意外とモツはおいしい物らしい。なのでモツ料理があまり広がってない地域でも、一部の人の間では有名だとか。
私もモツを食べる文化には不慣れなので、モツ料理は食べた事が全然ない。子供の頃なら……あったかなぁ?
記憶に無いという事は、食べてないのだろう。ならばせっかくの出会い。今日の夕食はモツ料理へ挑戦するしか……。
「まさか食べる気?」
私の意気を察したのか、ライラがくわっと顔に近づいてきた。
「え、やだ?」
「だって内臓でしょ? グロテスクなイメージしかわかないわっ」
妖精でも内臓の知識はあるのか、どうやら今ライラの脳内ではおどろおどろしい光景が広がっているようだ。
「大丈夫だよ。こんなにどこもかしこモツ料理が一押しなら、おいしいって」
多分。
「……本当に?」
……多分。
正直不安な気持ちは私にもある。モツってなぁ、あんまりなぁ、食べた事ないしなぁ。
なんだか独特の癖もありそうだし……そういえばモニカはモツとか食べた事あるのだろうか。モニカは肉好きだけど、モツは別ジャンルって感じもするから謎だ。
「とにかく、一度食べてみようよ。失敗してもそれはそれで良い思い出だよ」
「……そう? リリアはこれまで失敗したごはんは、良い思い出になってる?」
「……」
いまだにオリーブオイルのコース料理はトラウマかも。
思わず私は口元を抑えた。
「その反応っ、何かトラウマがあるわねっ! 分かった! 私と出会う前ね!?」
出会うちょっと前だね。
「大丈夫大丈夫……あれはちょっと人類には早すぎたコース料理だったってだけで、モツ料理は好んで食べてる所がちゃんとあるから」
「い、いったい、以前に何を食べたのよ……」
モツよりも私の過去の食体験に戦々恐々しだしたライラを連れ、さりげなくお店の一つへと入った。
あれよあれよという間に席へ着き、ライラに言い差す間を与えず看板メニューのモツ煮込みを頼む。
よし、これでライラもモツ料理決定。冒険するなら一緒だ。一蓮托生とも言う。
「本当に大丈夫かしら……」
お腹を撫でながら不安げなライラ。そうやってお腹撫でてるのは不安の現れなのか、それとも自分のモツを確認してるのか。いや、妖精にモツは無いはず。そこの神秘性だけは保とう。
そうして待っていると、わりとすぐにモツ煮込みがやってきた。当たり前だが、注文が入って煮込むわけではないのだ。
今回私も初のモツ料理なので、頼んだのはモツ煮込みだけ。正直パンと合わせる料理ではないと思うし、そもそもメニューにパンもなさそうな雰囲気。
もしモツ煮込みと合わせる主食があるとすれば……やっぱり炊いたお米かな?
私とライラは、薄底の広がった器に盛られたモツ煮込みを珍しげに眺める。
意外と見た目は悪くない。ニンジンや大根などの根菜と共に白くてぶよっとした何かがあり、その上には刻んだネギがまぶされている。
煮込みというだけあって全体的に茶色がかっているが、ネギのおかげで色合いが良い。
とりあえず私は、箸でぶよっとした何かを持ち上げてみた。
「この白くてぶよっとしてるのが……モツ?」
「そうみたい。他にそれっぽいの無いしね」
これは豚モツなのか牛モツなのか……分からないが、モツはやっぱりお肉とは見た目が全然違った。
内臓と言えば幅広いが、ことモツと呼ぶのは確か腸の部分だっけ。ならばこうしてぶよっとした変な形と感触なのはうなずける。
「リリア、早く食べてみてよ。早く、早く」
ライラは私の毒見待ちらしく、しきりに一口うながしてくる。
うーん、腸っぽいって思っちゃったから、ちょっと箸が重く感じる。
意を決して、一口運んでみた。
そしてもにゅもにゅ噛んでみる。
「ん……んんっ?」
「どう? どういう感じ? どうどう?」
「……何か、変な食感する」
噛みごたえがあるというか、噛み切れないというか、なんかもにゅっとしてる。
「何それ。味は?」
「味は……濃い目だけどショウガが効いてて結構さっぱりしてる感ある」
言いながらも、モツを噛み続ける。
ようやく食感に慣れた私は、弾力あるモツを噛み切って飲みこむことに成功した。
うーん、何か妙な食感だ。そして意外とモツ自身の味みたいなのは感じない。
臭みとかもほとんど感じないし、そこまで癖は感じない。食感は癖あるけど。
「ライラも食べてみなよ、はい」
モツを一切れ差し出すと、ライラはちょっと嫌そうな顔をした。
やがてライラは決意したように目をつぶり、大きく口を開ける。え、それだとモツ見えなくない? いや、むしろ見たくないのか。
でもそれだと私が口の中に放り込まないと食べられないじゃん。
ヤケドしないかな、と不安だったが、ライラの口の中に箸先を入れ、モツを放り込む。
するとライラは目を閉じながらもぐもぐと口を動かし始めた。何か鳥に餌付けしてるみたい。そういえば、使い魔のカラスのククルちゃんにも昔似たようなことしたなぁ。
おそらく家にある巣で羽根を伸ばしているだろうククルちゃんの事を思い出していると、ライラはやがてごくんと音を立ててモツを飲みこんだ。
「どうだった?」
「……うまく噛み切れなかったわ。しょうがないからそのまま飲んだ」
「味は?」
「……結構悪くないかも」
「だよね」
ショウガが効いていて結構おいしいのだ、このモツ煮込み。
でもなんというか、私からするとちょっとしっくりこない味付けだったりもする。
パンに合う味付けではないし、お米は……合いそうだけど、それなら焼いたお肉の方がベストマッチしそう。
かと言ってこの濃い目の味付け、主食のお供無しで食べるというのも口が寂しくなりそうだ。
だからなんだかしっくりこないのだが、食べ進めているうちに一つピンとくる。
お酒。ビールとかと合いそうな味付けなんだ、これ。
思えば、お酒を飲みながら食べる料理とは縁遠かった気がする。以前地ビールを作っている村で食べて以来か。
お酒に合う料理か、なるほどなぁ。いわゆる、つまみとしての料理はこれまで気にもしてこなかったなぁ。
お酒は基本飲まないから、これは盲点だった。
お酒はそんなに得意じゃないけど、たまにはこういうつまみ料理とお酒を頼んでみるのも一興かもしれない。それこそおいしい料理を求めて旅をしているのだから。
……それにお酒を飲みきれなかったら、ライラに飲んでもらえばいいし。
モツ煮込みに慣れたのか、自分で箸を持ちだして黙々と食べ始めているライラを見て、そんな事を思う。お酒に強いから、こういう味付け結構好みなのかも。
……それにしても、モツ煮込み食べてる妖精ってやっぱり神秘性の欠片も無いよね。
妖精を象ったガラス細工の置き物を思い出しながら、私はライラの食事光景を見続けていた。
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