魔女リリアの旅ごはん

アーチ

文字の大きさ
97 / 185

97話、再びケルンの町でかぼちゃスープ

しおりを挟む
「……」
「難しい顔をしてどうしたの、リリア」

 珍しく私の帽子のつばに座らずふわふわと漂いながら着いてきていたライラが、突然顔を覗き込んできた。
 ちょっと意識が別方向へ飛んでいた私は、いきなりの事で驚きに後ずさる。

「び、びっくりした。驚かさないでよ、ライラ」
「驚かせるつもりは無かったわ。リリアが注意散漫なだけよ」
「……確かに心ここにあらずだったかも」

 ふぅ、とため息をつく。
 先ほどから少し考え事、というか気になることに意識が向き過ぎて、周囲への注意が散漫になってたみたいだ。

「何か気になることでもあるの? この辺ただの森に見えるけど」

 そう、今私たちは森の中を歩いていた。
 もちろんこれは迷い込んだわけではなく、最適なルート選択をした結果だ。

 この森は、かつて私が家を出発してからすぐに入った森。つまり、私の家でありお店が存在している場所だ。
 ようやく自分の家が目と鼻の先と言える場所まで来たのだが、ここで一つ、認めたくない問題に直面しつつあった。

「いやね、この森の中に私の家があるのは間違いないんだけど……」
「だけど?」
「この森、普段通る道以外そこまでしっかり把握してるわけじゃないんだよね」

 あはは、と乾いた笑いを交えながら言うと、ライラが呆然と口を開ける。

「それってつまり……」
「ちょっと迷っちゃった……かも」

 深くため息を吐く。ライラもつられてか、あるいは呆れてか深々とため息をついた。

「リリア、ここに住んでるんでしょ? なのに迷うって……」
「だ、だってしょうがないじゃん。この森結構広いんだから、現地民でも迷う時は迷うよ! それに今回は普段とは違う所から森に入ったし!」

 基本私は魔法薬店兼自宅からケルンの町、そしてフェリクスの町までの道しか記憶していない。
 なのでフェリクス側から森に入れば絶対に迷わなかったはずだが……フェリクスの町に向かうよりさっさと森に入ったほうが近いのでは? なんて横着してしまったのだ。
 馴染みの森だから大丈夫だろうと思っていたが、それは甘い考えだった。

「……それで、どうするの? このまま勘で歩き続けるのは良くないと思うわ」
「うん、それは思う。だからさ、ライラ」

 私は手の平を合わせて、ライラを拝むように深々とお辞儀した。

「お願い、できるだけ上に飛んで周囲見てきて! 多分どこかに町があるから、その方向さえ分かれば何とかなるっ」
「ええ……リリアも飛べるじゃない」
「さすがに森の中で箒に乗るのは危ないよ……ほら、上見ても葉っぱだらけだもん」
「しかたないわね。まあそんなに難しい話でもないし、ぱぱっと飛んできてあげるわ」
「ありがとう、家に着いたらお礼代わりにおいしいのごちそうするから」
「覚えておくわ」

 ぱたぱた飛んでいくライラの背を見送り、しばらく待つ。
 ほどなくして、ライラが私の元へと戻ってきた。

「なんかあっちの方に小さな町があったわ。あと森を出たところに大きな町もあったわね。さすがにリリアのお店っぽいのは見えなかった」

 私の家は木々の中に隠れているからさすがに見つからないだろう。
 けど近くの町の方向が分かったのならこっちのものだ。おそらくライラが最初に指さした方の小さな町とは、田舎町ケルンの事だろう。
 そこに行けば家までの道は確実に分かる。よかった、何とかなりそうだ。

「よし、まずはケルンの町へ向かおう! ついでにそこでごはん食べよう!」
「……なんだかテンション高いわね」

 突然私の声に張りが出たのに気付いたのか、ライラが首を傾げる。
 機嫌よくなるのは当たり前だ。なぜならケルンの町には私の好きなあれがあるのだから。

 やや早歩きすること十数分。私たちは無事ケルンの町へたどりついていた。
 田舎町ケルンは、森と森の間にある町だ。ちょっとややこしいが、ケルンの町を挟む森は大分遠いところで繋がっており、実質森の中に位置する町でもある。

「よし、ケルンの町に到着。まずはごはん食べて、その後に食材買いこんで家に戻ろう」

 家に戻ったら、数日ほど滞在するつもりだった。なのでいくらか食材を買って、それを食べきってからまた新しい旅に出発すればちょうどいいだろう。
 野外での調理は色々制限があったが、家で作るならもう少し凝った料理ができる。

 別に料理に目覚めたわけではないが、ここで色々な料理にチャレンジすれば、野外で作れる新たなレシピを開発できるかもしれない。物は試しだ。色々作ってしまえ。
 でも食材を買うより先に、まずはごはん。ケルンと言えばあれだあれ。

 私は上機嫌な足取りで以前立ち寄ったお店へ向かう。
 小さな町なので簡単にお店を見つけ、すぐに入店。テーブル席へ座り、流れるように注文をする。

「迷いが無いわね。食べる物決めてたの?」
「うん、かぼちゃのスープとパン。私かぼちゃ大好物なんだよ」
「あら、そうだったの? 知らなかったわ。あまり食べてた印象もないかも」

 そういえば、旅の中でかぼちゃを食べたのはそんなに無かったかもしれない。
 旅の目的が色んなおいしい料理を食べることだったし、元々好きな食べ物は無意識に避けていたのかも。

「かぼちゃはね……ほのかで優しい甘みが全てを包み込んでくれるんだよ。特にかぼちゃスープは生クリームなんかも入っていてコクがあって、もうこの世全ての水分がかぼちゃスープになっても文句ないくらいおいしいの」
「発言のレベルがベアトリスと同じくらいよ」

 ライラに白い目を向けられ、私はこほんと咳払いをする。

「とにかくここのかぼちゃスープはおいしいんだよ」
「期待してるわ」

 それほど待たされることなくかぼちゃスープとパンが運ばれてきた。
 お皿に入ったかぼちゃのスープはオレンジ色が濃い。匂いもかぼちゃ特有の甘い香りが強く、すごく濃厚そうだ。

 早速スプーンを手にしてまずは一口すすってみる。
 かぼちゃの味が強いスープは、しかし生クリームのコクとほのかな塩気が効いている。以前食べた時と同じように、絶妙な塩気がかぼちゃの甘みを引き立てていた。
 かなり素朴なスープではあるが、そのおかげでかぼちゃのおいしさが良く分かる。こういうので良い。むしろこういうのが良い。

 次はパンをちぎり、スープにひたして食べてみる。
 ケルンはパンとスープを一緒に食べる食文化なので、パンはそれ前提なのかやや硬め。なのでスープに軽くひたした程度なら歯ごたえがあり、小麦の味もよく感じられる。

 そこにかぼちゃのスープのおいしさが混じるのだから、もう堪らない。
 かぼちゃ最高。そしてスープにひたしたパンは完璧。色々食べてきたけど、やっぱりこれが一番好き。

「幸せそうな顔で食べるわね。本当に好きなのね、かぼちゃ」

 おいしそうに食べる私の顔はちょっと間が抜けていたのか、ライラは呆れる様に言った。
 顔がほころぶのはしかない。だっておいしいんだから。
 ライラも自分サイズにパンをちぎり、スープにひたしてぱくりと食べ始めた。
 もぐもぐ口を動かし、ごくんと飲みこむ。

「……」

 そして無言でまたパンをスープにひたし始めた。

「いや、感想は?」
「おいしいわよ。でもリリアのその顔ほどおいしいという表現ができそうになかったから、感想を言うのは諦めたの」

 諦めないで。そしてどれだけおいしそうに食べてたんだ私。
 ものの数分でパンとスープを食べ終えた私は、最後にコップに残った水を飲む。
 水と共に満足感を流し込み、空になった皿を名残惜しみながらお店を後にした。

「さて、色々食材買いこもうか。ライラ食べてみたいのある?」
「そうね……あ、でもリリアが作るんでしょう?」

 なにその不安そうな顔。

「大丈夫大丈夫。失敗するかもだけど大丈夫」
「全然大丈夫に思えないわ。しいていえば、私カニが食べたいかも」
「こんな森の中でカニは売ってないよ。森特有の食材ならいっぱいあるはずだけど」
「例えば?」
「キノコとか野菜類とか……珍しいのでウサギの肉とかならあった気が」
「ええー……ウサギ可愛いじゃない。なのに食べるの?」
「可愛いけどおいしいらしいよ。私も全然食べたことないけど」

 とはいえ妖精がウサギ肉食べるってのはどうだろう。神秘性また下がりそうだよ。
 さすがにウサギは無いかと思い直しつつ、ケルンの町の市場を物色し始めるのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。

かの
ファンタジー
 孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。  ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...