魔女リリアの旅ごはん

アーチ

文字の大きさ
105 / 185

105話、湿地帯の町観光と肉丼

しおりを挟む
 湿地帯の途中から広がる森林地帯は、多くの種類の木々が生えている。
 この辺りにさしかかると、空は常にどんよりとしていて、しとしと雨が降り続ける特殊な環境へとなる。
 いわゆる、雨が降り続ける地域だ。

 雨が降り続けると言っても、時折雲が晴れ太陽がさす時もある。しかしその頻度はかなり低く、ほぼ常に雨が降っているにも等しい。
 そんな雨が降り続ける地域は、はっきり言って旅をするのに難儀をする。当然だ。出歩く限り、雨を避けるための傘を常に手にしていなければいけない。長時間の歩行で負担になる他、野宿するのも困難となる。

 最も私は魔女なので、魔術を使えばその辺りどうとでも出来ない事もない。雨避けの魔術とかあったりするし。
 でも、魔術を維持し続けるのはかなり大変なのであまりしたくない。魔術を維持し続けるのは疲れるのだ。常に雨避けの魔術をかけていると、普通に歩く何倍も疲労してしまうだろう。

 前回この付近に来た時も、雨避けの魔術を使っていて結構疲れた記憶がある。
 だけど今回、その辺りの心配は不必要だった。

 今私たちは森林地帯へと踏み込んでいる。つまりたくさんの木々が密集して生える森の中に入っているので、豊かな葉が雨水をせき止め、ほとんど落ちてこないのだ。
 いわば天然の傘。おかげで意外と快適に歩けてる。
 雨がほとんど落ちてこないほど木々が密集しているのでかなり薄暗いが、それを補うほど快適だ。

 地面から所々木々の根っこが盛り上がっているので、それに足を捕らわれないよう注意して歩き続ける。
 すると、やがて森の中の町へとたどり着いた。

 その町の名はミグラ。この森林地帯の強靭な木々を伐採して出来た空間に作られた町だ。
 つまり森林の中にぽっかりと穴が開いているような形なので、その町では木々が雨をせき止めることがない。なので常に雨が降り続ける町となっている。

 かつて私は、葉っぱを組み合わせて町全体をドーム状に覆う不思議な町へと訪れたが、この町での雨水に対する工夫はそことはまた違っていた。
 このミグラという町では、道路の真ん中に大きな水路が作られているのだ。そして道路はその水路に向かってわずかに傾斜が作られているので、雨水が全部水路へと流れ落ちるよう設計されている。

 この水路が向かう先は町の貯水池で、そこから水を蒸留して日々の生活に使っているようだ。
 そしてもっと面白い事に、この町の道路の端には不思議な形の木が植えられている。

 この木は途中までまっすぐ伸びているのだが、ある程度の高さになると九十度近く折れ曲がるのだ。
 そしてそのまま大きな葉っぱを蓄え、葉っぱを器代わりにして雨水を溜めこむ習性を持っている。
 この町の人はこの不思議な木を傘木と呼んでいるらしい。

 この傘木は、葉っぱを器代わりにして水を溜めこみ、それが溢れたり風で揺られて零れたりすると幹が濡れ、そこから根の部分まで水分が伝わっていくらしい。また、葉からも多少水分を吸収できるようだ。
 なので葉っぱが水を溜めこむような形なのは、晴れた日でも水分を吸収できるようにするためだとか。この雨が降り続ける地域のたまの晴れ間でも、十分水分を手に入れるための自然の工夫とも言えた。

 この傘木、道路の左右にみっちり植えてあるので、そこを歩く時は葉っぱが傘代わりとなり傘が不要になる。
 道路の中心に水路があるのもあって、この町のメイン交通路は道路の端となっているのだ。

 そしてこの町の主食はお米。湿地帯方面はお米文化が盛んで、ここも類に漏れないらしい。
 前回の旅のおかげで、主食にお米、お米のお供として様々なおかず、という形式にも慣れている私だが、この町での主要な米料理はまたひと味違っていた。

 ここではごはんの上に主菜、いわゆるおかずを乗せる形式が普通らしい。それを丼料理と言うのだとか。丼とは大きな底の深い器の事を言うらしい。
 この町にたどりついたのは夕方頃で、宿を探しがてら町の事を調べていたら、すっかり夕ごはん時へとなっていた。なので早速この丼料理を食べようと適当なお店に入ってみたのである。

 そのお店はカウンター席しかなくて、料理も実に想像しやすい名称の肉丼という一種類しか提供されていない。
 メニューが一種類だけなので、来店した直後に料理が準備され、席に着いた頃には丼が差し出されすぐに食べる事ができる。この町におけるファストフードと言ったところか。早い、安い、うまい、というやつ。

 そういう形式は初めてなので多少面食らったものの、ライラと共に一つの丼から食べる事にした。取り皿とか頼める空気ではなかったのだ。まあライラと同じ皿から食べるのを今さら気にすることは無い。
 この町の肉丼とは、肉とタマネギのスライスを甘辛いタレでじっくり煮込んだものをごはんの上にかけ、そこに刻んだ紅ショウガを散らした物のようだ。

 全体的に黒茶色でいかにも濃そうな味付けの見た目。そこを細かい紅ショウガが彩っているので、なんだか赤い花のつぼみのようにも見えた。
 お米文化を持つ所では箸で食べる事の方が多い。箸も結構使い慣れたので、特に問題はなかった。ライラも子供用サイズの箸なら結構器用に扱えてる。

 昔、魚のごった煮ごはんという丼形式に近い食べ物を食べたことはあるが、正式に食べるのは初めてだ。お米の上におかずが乗った丼料理、どんなものか……箸で肉とタマネギ、紅ショウガを上手く掴み、一口。
 そのままもぐもぐと咀嚼すると、甘辛いタレの味が口内に広がっていく。煮込まれた肉は柔らかく、しんなりしたタマネギの食感に、独特な辛味を感じる紅ショウガのカリカリした感じ。

 食感は結構面白く、味は濃い目だが結構おいしい。紅ショウガがさっぱりとしているので、後味も悪くない。
 なるほど……これはごはんが欲しくなる味だ。パンよりも断然ごはん。
 私は肉の下に隠れていたごはんを箸ですくい、ぱくっと食べてみた。

 甘辛い肉の味が、ほのかな甘さながらも淡泊なお米にかなり合っている。タマネギの甘みや紅ショウガのさわやかな辛さもまたお米に合う。
 ごはんと一緒に食べると、一気に味が完成したと言っても過言ではない。
 なるほど……丼料理おいしい。このタレが染みたごはんも堪らない。

 以前山菜を混ぜたご飯も食べたことがあるが、そういうのとはまた違った料理のように感じる。これが丼か……いいな、丼料理。惣菜パンのごはんバージョンみたいな印象だ。
 何よりお米の上におかずを乗っけるという手軽さがいい。これならば旅の途中でも色々作れそうだ。

 難点があるとすれば……考えなしに食べていると、おかずとごはんの量がうまく合わない事だろうか。後、タレが染み込んだごはん、箸でうまく掴めない。私まだ箸使いそんなに上手じゃないのだ。
 もう一つ、このお店特有の難点。次々人が来店してさっさと食べて出ていくという、恐ろしい速度の回転を見せていくので、落ちついて食べてられない事。おかげで私もライラも自然慌てて食べ進めていた。感想を語り合う暇すらない。

 そして軽々と全部食べ終え、お水で口を潤して退店。なんだかあっという間の出来事だった。
 外へ出てようやく一息ついて、私とライラはお互いの顔を見合わせる。

「おいしかったけど……なんだかすごく慌ただしかったわ。お店の空気って言うのかしら、そういうの」
「そうだね、何か長居しちゃいけないって感じだった。ああいうお店もあるんだなぁ……次はゆっくり食べられる所にしようか」

 しとしと降る雨の音を聞きながら、私たちは宿屋へと向かって歩き出す。
 味は大満足。だけどもうちょっと落ち着いて食べたい。あそこは現地の人がささっと食べるのに適したお店だったのだろう。
 でも、たまにはああいうお店に行くのもいい経験かもしれない。

 お店の中では急いでた分、宿屋への帰路はことさらゆっくり歩く私たちだった。
 空は暗くなり、雨がぽつぽつ降り続ける町中。道路の中心には水路が流れ、雨音に紛れて水が流れる音も響いている。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。

かの
ファンタジー
 孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。  ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...