魔女リリアの旅ごはん

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106話、丸太渡りとからあげ丼

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 ミグラの町に来て二日目は、ゆっくりと町中を見回ることにした。
 雨が降り続けるこの町では、傘木と言われる樹木がたくさん植えられていて、傘が無くても道路を歩く事ができる。

 しかし観光がてらに色々見て回ろうとすると、さすがに自前の傘は手放せない。靴も普段のではびしょ濡れになってしまうので、町で長靴を買って履き替えた。
 雨が降り続ける地域にある町なので、売られている長靴の種類は結構豊富だ。一般的に想像できそうなゴム製の物以外にも、水を通しにくい革製もあった。

 そして、どれも普通の長靴とは違ってデザインが凝っている。この町では日常的に履く物なので、その辺り考えられているようだ。おしゃれは靴から、という事だろうか。
 女性物だと、もはやブーツとしか見えない靴も多い。見た目に反して耐水性はばっちりなので、足首まで水たまりに使っても浸水しないようだ。

 私が買った長靴もちょっとおしゃれなブーツタイプ。黒を基調として、底が少し高く、丈はくるぶしから十センチといった所。雨が降る地域以外でも、街道なら問題なく歩けるだろう。
 ブーツに履き替えた事で地面の雨水が気にならなくなったので、町の探索にも集中できる。

 しかし、やはり雨が降り続けている中では探索も一苦労だ。空はどんよりと曇っていて、雨が降りしきり視界は良くない。
 雨は別に嫌いではないけど、ずっと振っていると気が滅入ってくる。

 思えば、この地域の人々は雨が降り続ける日々にうんざりしないのだろうか?
 さすがに慣れてしまっていて何も思わないという可能性は十分にあるけど……。
 ちょっと疑問に思いつつ、私は自然と人波を避けて道路中央の水路を追い始めた。人が多い所は水が跳ねるのでそれを嫌ったのだが、この水路の先にある貯水池も見たくなったのだ。

 そうして水路を追っていると、やがて町の外側へとたどり着く。
 そこにはいくつもの水路が合流し、横幅が私の身長をゆうに越す程広い大水路が流れていた。水の流れも早い。うっかり足を滑らせたら危ないなぁ。

 だけどこんな大きな水路があるという事は、貯水池が近いという事。私は水路からちょっと距離を取って先を追い続けた。
 やがて大きなため池が見えてくる。きっとあそこが貯水池だ。

 しかし目的の場所が眼前へと迫った私は、当の目的地よりもある物に目を引かれていた。
 それは……人だかりだ。貯水池に繋がる大水路に、なぜか人がたくさん集まっている。
 何をしているのだろうと近づいて見ると、更に異様な光景が露わとなった。

 なんとそこでは、水路に大きな丸太をかけ、その上を歩いて水路を渡ろうとする若者たちが居たのだ。

「なんだこれ」

 思わずそんな感想を漏らすと、私の肩に座っていたライラも似たような感想を零す。

「さあ? 見た通り渡ってるんじゃないかしら」
「……何のための?」
「それこそ、さあ? よ。妖精の私には人間の考える事は時々理解できないわ」
「人間の私でもこれは理解できないよ」

 呆然としながら丸太渡りを見ていると、渡っていた若者の数人が足を滑らせ水路に落ちる。
 危ない、と私は内心ヒヤッとしたのだが、うって変わって人々は大歓声。この上なく盛り上がりを見せている。

 どうやら水路は思ったほど深くは無いらしく、落ちた若者は水が流れる水路の中を歩いてへりに登り、また丸太を渡りだした。
 これ……もしかして、ここの人たちの娯楽なのか?
 そう思うと、見る目がまた変わってくる。

 傘もささずに雨に濡れ、水路に落ちるのも構わず丸太を渡り、熱狂する人々。

「……ここの人たちもなんだかんだ雨続きでストレス溜まってるのかな」

 そう思わずにいられない光景だった。

「リリアもチャレンジしてみたら?」
「やだよ! 絶対落ちる!」

 ライラの提案をあっさり却下した私は、何か貯水池とかどうでもよくなってきて来た道を引き返す事にした。
 途中、ちらっと振り返る。
 相変わらず丸太渡りに熱狂している人々を見て、楽しそうだな、と思う。

 色々あるんだなぁ……娯楽と言うか、ストレス発散の手段と言うか。まあ楽しそうだから良いのか。
 ふと、私にとっての娯楽は何だろうと思ったが、それはすぐに頭の中に浮かんだ。

 やっぱり色々なごはんを食べる事だな。おいしいのもあれば、ちょっと口に合わなかったりもして、それが楽しい。料理から文化が見えたりするのも面白い。
 ごはんを食べるのが私の旅の目的なんだと改めて自覚すると……なんだかお腹が空いてきた。

 よし、ごはん食べよう。今度は昨日のような回転率重視のお店じゃなくて、ゆっくりできるところ。
 段々早足になった私はあっという間に町中へと戻り、目についた外観がおしゃれなお店へと入る。ここならゆっくりごはんが食べられそうだ。

 店内に入ったらテーブル席へ向かって腰を落ち着け、運ばれてきたお水を飲みながらメニューを眺め出す。
 この町は丼料理が基本。丼料理自体そんなに食べた事がないので、頼むのは当然それだ。
 問題はどんな丼料理にしようかな、という事。

 丼料理はごはんの上におかずが乗っているので、ここは食べたいおかずから選択するのが良いかも。
 そういう目線で考えると、簡単に食べたい物が決まった。それを早速注文し、水を数口飲みながら料理が運ばれるのを待つ。

 ぽつぽつ降る外の雨音と、調理をする音が店内に響いている。注文して料理を待つこの時間、なんだか良い。
 そんな空気を堪能していると、ほどなくして注文したものが運ばれてきた。

 今回頼んだのは、からあげ丼。なぜか無性にからあげが食べたかったのだ。
 しかし、その見た目に私はちょっと戸惑う。
 イメージではごはんの上にからあげが乗っている物だったが、実際の物はそこへ更に半熟の溶き卵が乗っていたのだ。

 熱が加わって半熟のとろっとした溶き卵が、香ばしい衣をつけたからあげを上から彩っている。
 なるほど……からあげ丼と言っても、ただごはんの上にからあげを乗せてるだけではないんだ。

 からあげと半熟溶き卵を一緒に食べるなんて想像した事無かったな。どんな味がするんだろう……。
 はやる気持ちを抑え、小皿にライラの分を取り分け、二人一緒に頂きます。

 半熟溶き卵がかかったからあげを、まずは一口。かじるとじゅわっと肉汁が溢れてきた。
 そして食べた瞬間また驚く。からあげと卵の味の他、ちょっと甘じょっぱい。
 どうやらこの半熟溶き卵、何らかの調味液と一緒に軽く煮たらしい。その調味液のつゆが甘じょっぱいのだ。

 ニンニクとショウガが効いた素朴なからあげの味に濃厚な卵、そして甘じょっぱいつゆ。これは……ごはんが欲しくなる。
 すぐさまごはんも口の中に放り込み、全てを渾然一体させ味わっていく。
 これはおいしい。文句なくおいしい。

 からあげの香ばしさに肉汁の旨さも堪らないし、濃厚な卵がからあげの肉汁をまろやかに包み込むのも良い。そして何より甘じょっぱいつゆの味。これのおかげでごはんがぐっと欲しくなる。
 なるほど、ただごはんの上にからあげを乗せるのではなくて、そこから一工夫して更にごはんに合うようにしているのか。

 確かにからあげをごはんの上にただ乗っけただけだと、それぞれを別の皿で食べるのとそう変わりはない。そこを甘じょっぱいつゆで煮た溶き卵をかけて、丼料理にしているんだ。
 ただ乗せるだけじゃない。一工夫ある。それが丼料理なのか。

 ゆっくりできそうだからと選んだお店だが、私は夢中でバクバク食べ進めてしまい、あっという間に完食してしまっていた。

「わっ、リリア食べるの早いっ」
「うん、自分でもびっくりしてる。感動的なおいしさだったよ」
「そうね、この甘くてしょっぱい卵がすごくいいわ。私も気に入ってる」

 ライラは一口一口しっかり味わうように食べていた。
 食べてるライラを見ていると、食べ終わったばかりなのになぜかまたお腹が空いていくような感覚があった。

 感覚的に分かる。もうお腹いっぱいで食べられない。でも、あまりにもおいしすぎたからまた食べたくなってるのだ。
 困った……もう食べられないのに食べたい。まさか、こんなストレスが存在するなんて……。

 食い入るようにライラが食べるからあげ丼を見ていると、私の視線に気づいたのか首を傾げる。

「食べたいの? いいわよ、はい」

 ライラに箸先を差し出される。そこにのった卵が乗ったからあげは、まるで輝いているかのようだ。
 思わず口を開けて食べたくなったが、ぐっと歯を食いしばった。

「……いや、いいよ。本当は食べたいけどもう食べられないから」

 本当に、もう、お腹いっぱい。

「お腹いっぱいなのに食べたくなるなんて、変なの」

 ライラは釈然としないのか、不思議そうな目で私を一瞥する。しかしすぐにからあげ丼をおいしそうに食べ始めた。
 私も不思議だよ……お腹一杯でも食べたくなる時ってあるんだね。

 それだけからあげ丼はおいしかったという事なのだ。
 丼料理……ハマるかも。

 そもそも私はスープにひたしたパンが好きだから、タレとかつゆとかおかずの味が染み込んだごはんも好きなのかもしれない。
 こういう自分の新たな一面が見えるのも、旅の醍醐味なのかもなぁ。
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