魔女リリアの旅ごはん

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116話、邪教徒の村と邪教徒のスープ

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「ようこそ邪教徒の村へ。歓迎します、異教徒の友人よ」

 そう言ったのは、今私を取り囲む布のフードと黒いローブを纏った人たちのうちの一人だった。
 周りを囲むローブを纏った人たちは、その言葉を待っていたとばかりに手にしていた槍を掲げる。

 はっきり言って、異様な状況だった。
 こんな状況になったのは、まあある程度訳がある。と言っても、思い返してみても私に全く落ち度は無く、いわば流れ弾に当たったとでも言いたくなるような不運でしかないのだけど。

 山頂の町を後にして下山を始めた私は、その道中、疲れから休憩を取ろうと思った。
 すると折よく、こんな山の中だと言うのにこじんまりとした村を発見したのだ。
 ちょうどいいからあの村で食事休憩をしよう。いつものように村へと入った私を待ち受けていたのは、今目の前で起きている不思議な歓迎だったという訳だ。

 村に入るや、突然村の奥からぞろぞろフードとローブを纏った人たちが現れ、あっという間に囲まれてしまった。もう逃げる事も出来ない。

「ねえリリア、これ……すごく怖い状況だったりしない?」

 槍を持つ変な格好をした人間に囲まれて不安を感じたのか、ライラは帽子から私の肩へととまり、話しかけてくる。

「いや……うん、確かに怖い状況だけど……多分、大丈夫」
「どこが大丈夫なの? 槍を持った人間に囲まれてるのよ」
「その槍だけどさ……よく見てみなよ」
「えっ?」

 自らの村を邪教徒の村と名乗るこの不思議な格好をした人たち。つまり、彼らは邪教徒の村人という訳だ。
 そんな邪教徒の村人が持つ槍なのだが……はた目からは銀色に光る見事な槍にうつるが、よくよく見てみると色落ちしている部分があり、実は木製なのだと分かる。

 しかも槍の先端は丸まっており、とても人を突き刺す用途には使えない。
 つまり槍を模したおもちゃみたいな物だった。

 ライラもそれに気づいたのか、不思議そうに首を傾げる。
 私はまだ訝しげではあったが、この状況に対する一つの解答を得ていた。それをライラに話してあげる。

「ここはね、多分噂されている邪教徒の村だよ」
「噂?」
「そう、噂」

 これは、とある噂がねじれにねじれて現実となった、意味が分からない話なのだ。
 昔、とある噂があった。それは、訪れた人を洗脳し、村の一員にしてしまう邪教徒の村があるという噂。

 なぜか分からないが、この噂は色んな土地、地域で広まり、大体の人が一度くらい聞いたような……と微かに記憶している噂なのだ。
 それだけ有名な噂なので、当然、人々はこの噂を確かめようとする。多くの人々が邪教徒の村があるとまことしやかに囁かれる場所へ旅をしたが、結局、そんな村が見つかる事はなかった。

 なぜなら邪教徒の村とは、とある旅人が酒を飲んだ勢いで流した、ふざけ半分の話だったからだ。
 しかしそれを聞いていた人たちは本当だと信じ込み、知り合いへ次々伝えていく。
 それが連鎖し、邪教徒の村という噂が広まりだしたのだ。

 気がつけば多くの町や村へ広がり、もう歯止めが効かなくなった。いわば冗談が巻き起こした伝説だ。
 噂の真相がこれなのだから、当然邪教徒の村など存在はしない。

 しかし、それを逆手に取り、とある村が邪教徒の村に扮するという村おこし案を考え付いた。
 これにより、邪教徒の村を見つけたという噂がまた新たに広まりだしたのだ。

 そして邪教徒の村に扮するという村おこしに乗っかり、特徴の無い田舎村が次々と邪教徒の村を演じ始めた。
 最初は村人一人二人による下らない仮装程度だったが、色んな村が邪教徒の村を演じ始めると、競うようにそのクオリティを上げていった。

 今では村人一丸となって邪教徒に扮する、手の込んだ村すらあるのだ。
 そしてこの村もその一つなのだろう。
 という事をライラに話すと、彼女はほっと息を吐いた。

「なんだ、じゃあこれ全部演技なのね」
「そうそう。私も最初は面食らったけどさ、裏が分かると安心だね」

 ライラとこそこそ話していると、先ほど私に話しかけてきた邪教徒の村人の偉い人……おそらく村長だろう人が、再度話しかけてくる。

「異教徒の友人よ、お腹は空かれていますか? 友好の印に邪教徒の村自慢の邪教徒スープをごちそう致します」

 邪教徒のスープって何なの、と言いたかったが、頑張って設定を作りこんでいる人たちの為にぐっとこらえる。
 お腹空いているし、スープを振る舞ってくれるというのならお言葉に甘えよう。

 そのまま邪教徒に扮する村人に囲まれながら、先導する邪教徒の村長の後へついていく。
 すると、広場へとたどりついた。そこには手作り感溢れる大きな木製の椅子があり、私はそこへ座らされた。

「邪教徒のスープを持ってきなさい」

 邪教徒村長がそう言うと、スープが入った皿を抱えた村人が恭しい仕草で私へ手渡してくる。
 それを受け取り、皿の中を見てみる。
 そこには、鮮やかな赤紫色のスープが入っていた。

「我が村自慢の邪教徒のスープです。新鮮な血を煮込んで作ったスープ、ぜひご賞味あれ」

 邪教徒村長の言葉に、ライラが敏感に反応する。

「えっ、これ血なの? やだ、飲まない方がいいわよ、リリア。こんなの飲むのベアトリスくらいよ」
「大丈夫、血じゃないよ。血だったら鉄分があるからもっと赤黒くなると思うし、そもそもこんなスープ見た事あるし」

 私はスープの中に入っていた野菜のうち、とある物をフォークで突き刺してライラに見せた。
 それは赤紫色の根菜だった。

「ビーツって野菜だよ。これでスープを作ると色味がうつって赤紫色になるの。結構甘目で美味しい野菜だよ」

 そのまま煮込まれたビーツを一口食べてみる。
 やや食感は残っていて、シャクっと小気味良い音が口内で響いた。

 思った通り、邪教徒のスープはコンソメベースのビーツスープだ。ちょっと甘目ですっきりとした飲み口。美味しい。
 ライラもおずおずとだが、私がフォークで突き刺したビーツをしゃくりと一口食べ出した。

「ん……本当だ、美味しい」
「スープも美味しいよ」

 ライラに向けて皿を傾け、飲みやすくする。こくこく飲み始めるライラを待って、私も再度一口飲んでみた。
 私がスープを食している間、邪教徒に扮する村人たちはじっとこちらを見つめていた。

 うーん……本当、堂に入っているなぁ。こんな感じで色んな旅人をもてなしてきたのだろうか。
 まだ下山途中だが、せっかくだしこの村で一泊するのもいいかも。邪教徒を演じているだけなら泊まっても怖い事はないだろう。

 そんな事を考えていた矢先、突然広場が慌ただしくなる。
 慌てて走ってきた一人の邪教徒村人が、邪教徒村長の元へとやってきたのだ。

「すみません、あの女が逃げてしまいました」
「なに……? 一刻も早く探せ。決して逃がすなよ」

 そう言って村長は私の方を向き、空になった皿をひったくる。

「すみません、異教徒の友人よ。少々問題が起きまして……私たちはしばし、この場を離れます。なに、そう時間はかかりませんから、どうかここでお待ちください」

 そう言って、村長を含めた邪教徒に扮する村人たちが慌ただしく駆けていく。
 広場にぽつんと残された私とライラは、顔を見合わせる。

「これ、どういう状況かしら?」
「さあ……? かなり力入った邪教徒の村だし、何らかの演出じゃない?」

 ライラと話していると、村の奥からこの寂しくなった広間へ向かって、一人の女性が駆けこんできた。
 その女性は邪教徒の村人と違い、普通の格好をしていた。

 どれほど全力で走っていたのか、彼女は私の元へと来ると、ぜいぜいと肩で息をする。
 そして呼吸を整える暇も惜しいとばかりに話しだした。

「ああ、あなたも旅人ですか? 早くこの村から逃げてください。でないと私の友人たちのように……」

 そこまで言いかけた所で、広場へとかけつけた邪教徒の村人が慌てて彼女の口を塞ぐ。

「見つけたぞ、さあこっちへ来い!」

 乱暴にそう言い放ち、口を塞ぐ彼女の体を強引に引きずっていく。
 唖然としてそれを見ていた私へ邪教徒の村人が振り向き、口を開いた。

「……異教徒の友人よ、彼女に何を言われたか分かりませんが、気にしてはいけません。彼女、少々夢見がちな所がありましてね……ふふふ」

 言いながら、フードから覗く目が柔和に笑っているのが不気味だった。
 そしてまた広場から誰もいなくなると、ライラが震えた声を出した。

「リリア、私何だが怖くなってきたんだけど……本当に安全な村なのよね?」
「……うん、多分、だって……邪教徒の村って本当に存在するわけないし」

 でも、と。ふと思った。

 もし、噂の邪教徒の村を本格的に扮するあまり、行き過ぎたら?
 それこそ噂通りの邪教徒の村を演じ始めたら?
 噂を忠実に再現しだしたとしたら?
 それはもはや、本当に存在すると言っても過言ではないのでは……。

 冷や汗がたらりと頬を伝わり、それを拭う。その時、視界の端に何かを捉えた。
 注意深く見てみると、広場近くの家屋、その影に隠れて、邪教徒に扮する村人二人が私の方を見ていた。
 いや……監視していた。

「……逃げよう」

 私は迷わずバッグから箒を出し、それに乗って飛びあがった。即断即決だった。
 私が箒で空へ飛びあがると同時、家屋の影に隠れていたのだろう、邪教徒の村人がわらわらと広場へ集まってくる。
 そして全員で箒に乗る私を見て……一斉に手を振った。

「ぜひここが本物の邪教徒の村だと広めてください、旅の魔女よ~!」

 邪教徒村長が、大声を張り上げる。それを聞いて、私は肩の力が抜ける思いだった。

「何だ……やっぱり全部演出か……」

 よく見ると、さっきの女性も広場で手を振っていた。迫真の演技で私を騙した事を誇りに思っているのか、すごく楽しげに笑っていた。

「はぁ~……本気でびびっちゃったよ。いくらなんでもやりすぎだって……」

 ほっと安心する私と違って、ライラはまだ疑いの目を向けていた。

「もうリリアは捕まえられないって判断して、全部演技って事にしてごまかしてたりするんじゃない?」
「怖い事言わないでよ」

 さすがにそんなことは無いだろう。だって邪教徒の村は、あくまで噂だ。それを演じる村があったとしても、本当の邪教徒の村があったりはしない。
 でも、もしかしたら。どこかで本当に存在してたりするのかも……。
 先ほど味わった恐怖感を思い出し、思わずそんな事を考える私だった。

 邪教徒の村人たちは、去りゆく私たちをまだ見上げている。
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