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125話、ラズベリー村とラズベリーパイ
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これまでこうして旅をして分かってきたことだが、時に常識という概念を軽々凌駕する出来事が起きる。
魔女である私はそういった不可思議な出来事に対して少々耐性があると言ってもいい。土地や建物に魔力が溜まり、不可思議な異常空間と化してしまう魔術遺産に対する知識もあるからだ。
それでも……人として、そして魔女としての常識を覆される事は多々ある。
今日出くわした村もそういった類いの物だった。
「なんだこれ……」
海辺沿いの街道を歩いていると見えて来たのは、一面のラズベリー畑。
それだけならいい。真っ赤なラズベリーが実るラズベリー畑なんて、そこまで珍しくも無い。
問題は……そのラズベリーが、なぜかいくつもの住居へ食い込むように生えている事だ。
そう、ここは村だ。人が住む為の家屋と、歩きやすいよう慣らされた土の歩道もある。村人がちらほらその歩道を歩いているのも見えている。
だけど、それ以外は全部ラズベリー。歩道の脇にも、何なら歩道にすらラズベリーの低木が植えられているのだ。
それだけではない。どうやら家屋の側面や天井にも土が盛られているらしく、そこにもラズベリーが植えられている。
結果、そこはもはや村と言うよりラズベリー畑だった。たくさん実るラズベリーの中に住居が埋もれているのだ。
なんなんだこれ。まるで意志を持ったラズベリーに支配されたかのような村だ。
少し遠巻きにその村を呆然と見ていたら、村の道端でラズベリーを詰んでいた少女がこちらに気づき、立ち上がって私を見た。
その姿を見て、私は思わず息を飲む。
「……あら、久しぶりね。魔女リリア」
その少女は、血色の薄い唇を動かしてそう言った。
鮮やかな金髪に、雪のように白い肌。そして真っ赤な瞳。
吸血鬼ベアトリス。魔女の私が持つ常識の範囲外に潜む少女の名と正体がそれだ。
「げっ、ベアトリス」
思わずうなる様に言ってしまう。我ながらひどい声が出た。
ただでさえ吸血鬼というだけで信じられない存在なのに、ベアトリスの思考はやや常軌を逸している。真面目に話しを聞いていると頭が痛くなるのだ。
しかしなぜここにベアトリスが……? いや、それは別に問題ではない。彼女はもう自由に旅をしているのだから、どこに居ても驚きはない。
でも、このラズベリーに埋もれた村の中に居るのは不思議だった。
そういえば以前会った時、ラズベリーで世界を支配するとか言ってた。
ま、まさかこいつ……? やったのか? ついに一つの村をラズベリーで支配したの?
そんな疑念を抱く私のひきつった顔を見て、ベアトリスはくすっと笑った。
「見てみなさいよ、この村。すごいでしょう?」
どことなく誇るような声音を聞いて、疑念が確信へと変わりつつある。
やっぱり……やったのか。ラズベリーで村を支配したのか。
「こんな村があるなんてびっくりだわ! ラズベリーと村が一体化して、もはや村なのかラズベリー畑なのか分からなくなっているじゃない! こんな村が世界にはあったなんて……ああ、ラズベリー吸血鬼としては感動ものよ!」
……違った。ベアトリス関係なかった。この村勝手にラズベリーに埋もれてたんだ。
「良かった……安心した」
「何がよ?」
「ううん、こっちの話」
ほっと胸をなでおろす私を見て、ベアトリスはきょとんとした顔で首を傾げていた。
「それにしても、こんな所で会うなんて偶然だね」
「そうね、まさかばったり出くわすとは思わなかったわ。私は基本的にラズベリーの匂いがする方向へ向かって旅をしているから、あなたとまた出会ったのは本当に偶然よ」
どういう旅の仕方をしているんだこいつ。吸血鬼は人より鼻が良いのかな……。
「それよりもリリア、聞きなさい。この村はラズベリー村。もはや村とラズベリー畑が一体化した、まさにラズベリーの村よ。村人に話を聞いてみると、この村は元々ラズベリーの産地で、周囲の村や町によく売れるからってガンガンラズベリーを植えまくったら、いつの間にか村の中にまでラズベリーが生え出したらしいわ」
「なんだその理由」
呆れるしかないんだけど。
「でも素晴らしいわ。この村ではラズベリーと人が共存している。こんな感じでラズベリーが人の生活の中に溶け込んでいけば、いずれ海や川はラズベリーソースになり、太陽もラズベリーになるはずよ。ラズベリーが世界を支配する時も近いわね」
近くないよ。一生来ないよ。今日も頭溶けてるなー。吸血鬼は日光に弱いってよく聞くけど、ベアトリスはもしかして日中は脳が溶けているの?
相変わらずのぶっとんだ思考に乾いた笑いを返すしかない私だった。
「……そうだ。実はさっき焼いたラズベリーパイがあるんだけど、ちょっとあげるわ」
「え? いいの?」
「ええ。この村のラズベリーで作った渾身のラズベリーパイよ。妖精さんの分も持っていきなさい」
ベアトリスは紐で肩に下げる小型のクーラーボックスから、ラズベリーパイを取りだした。
すでに切り分けられていて、それぞれが包装紙に包まれている。もうこのまま売ってそうだ。
お言葉に甘えて、私とライラの分を貰い受け、早速食べてみる事に。
「んっ。おいしいじゃん」
焼きたてという訳ではないので、噛んだ時の食感はしっとりとしていた。しかし何層かになって焼き上げられたパイ生地部分はサクサクした食感が多少感じられ、ちょっと塩気が効いていておいしい。
中のラズベリージャムが甘酸っぱくて、少々塩気を感じるパイ生地のおかげで甘さが引き立てられている。
以前ベアトリスのジャムパンも食べたが、このパイも文句なくおいしい。この吸血鬼、料理は本当に上手なんだよなー。思考と発言はぶっ飛んでるのに、料理はすごくまとも。なぜだ。
ライラも満足そうに全て平らげていた。
全部おいしく食べた私達の姿を見て、ベアトリスはうんうんと頷く。
「結構好評のようね」
「好評どころか、すごくおいしいよ。普通にお店で売りに出せるレベル」
「そう……よし、それなら行ってくるわ」
「え、どこに?」
「この村の村長の所よ! この私、ラズベリー吸血鬼特製ラズベリーパイをラズベリー村の人々に認めて貰えれば、世界をラズベリーで支配する野望へ一歩近づくわ!」
近づかないよ……と言いたいのをぐっと我慢する。あと今更だけど、もうベアトリスはラズベリー吸血鬼として生きていくんだ……。大丈夫なのかそれで。
ベアトリスは息巻いた様子でクーラーボックスを肩にかけ、ラズベリーに埋もれる村の中を歩き出した。
「それじゃあ私は村長の所に行ってくるわ! また会いましょう、魔女リリア」
ラズベリーをかき分けずんずん進むベアトリスは、突然あっと声を出して振り向いた。
「次に会ったら血を吸ってやるわ! 血をラズベリーソースにしておくことね!」
そう思いっきりわめいてから、また彼女は村の中を歩きだしていった。
もう血じゃなくてラズベリーを求めてるじゃん……。
ラズベリー村の入口で取り残された私とライラは、呆然と顔を見合わせる。
「……で、これからどうするの? リリア」
「そうだね……とりあえず、ラズベリー買っていくかぁ」
なんだかすごく疲れたので、ラズベリー村ご自慢のラズベリーを買って、この村から退散する事に決めた私だった。
魔女である私はそういった不可思議な出来事に対して少々耐性があると言ってもいい。土地や建物に魔力が溜まり、不可思議な異常空間と化してしまう魔術遺産に対する知識もあるからだ。
それでも……人として、そして魔女としての常識を覆される事は多々ある。
今日出くわした村もそういった類いの物だった。
「なんだこれ……」
海辺沿いの街道を歩いていると見えて来たのは、一面のラズベリー畑。
それだけならいい。真っ赤なラズベリーが実るラズベリー畑なんて、そこまで珍しくも無い。
問題は……そのラズベリーが、なぜかいくつもの住居へ食い込むように生えている事だ。
そう、ここは村だ。人が住む為の家屋と、歩きやすいよう慣らされた土の歩道もある。村人がちらほらその歩道を歩いているのも見えている。
だけど、それ以外は全部ラズベリー。歩道の脇にも、何なら歩道にすらラズベリーの低木が植えられているのだ。
それだけではない。どうやら家屋の側面や天井にも土が盛られているらしく、そこにもラズベリーが植えられている。
結果、そこはもはや村と言うよりラズベリー畑だった。たくさん実るラズベリーの中に住居が埋もれているのだ。
なんなんだこれ。まるで意志を持ったラズベリーに支配されたかのような村だ。
少し遠巻きにその村を呆然と見ていたら、村の道端でラズベリーを詰んでいた少女がこちらに気づき、立ち上がって私を見た。
その姿を見て、私は思わず息を飲む。
「……あら、久しぶりね。魔女リリア」
その少女は、血色の薄い唇を動かしてそう言った。
鮮やかな金髪に、雪のように白い肌。そして真っ赤な瞳。
吸血鬼ベアトリス。魔女の私が持つ常識の範囲外に潜む少女の名と正体がそれだ。
「げっ、ベアトリス」
思わずうなる様に言ってしまう。我ながらひどい声が出た。
ただでさえ吸血鬼というだけで信じられない存在なのに、ベアトリスの思考はやや常軌を逸している。真面目に話しを聞いていると頭が痛くなるのだ。
しかしなぜここにベアトリスが……? いや、それは別に問題ではない。彼女はもう自由に旅をしているのだから、どこに居ても驚きはない。
でも、このラズベリーに埋もれた村の中に居るのは不思議だった。
そういえば以前会った時、ラズベリーで世界を支配するとか言ってた。
ま、まさかこいつ……? やったのか? ついに一つの村をラズベリーで支配したの?
そんな疑念を抱く私のひきつった顔を見て、ベアトリスはくすっと笑った。
「見てみなさいよ、この村。すごいでしょう?」
どことなく誇るような声音を聞いて、疑念が確信へと変わりつつある。
やっぱり……やったのか。ラズベリーで村を支配したのか。
「こんな村があるなんてびっくりだわ! ラズベリーと村が一体化して、もはや村なのかラズベリー畑なのか分からなくなっているじゃない! こんな村が世界にはあったなんて……ああ、ラズベリー吸血鬼としては感動ものよ!」
……違った。ベアトリス関係なかった。この村勝手にラズベリーに埋もれてたんだ。
「良かった……安心した」
「何がよ?」
「ううん、こっちの話」
ほっと胸をなでおろす私を見て、ベアトリスはきょとんとした顔で首を傾げていた。
「それにしても、こんな所で会うなんて偶然だね」
「そうね、まさかばったり出くわすとは思わなかったわ。私は基本的にラズベリーの匂いがする方向へ向かって旅をしているから、あなたとまた出会ったのは本当に偶然よ」
どういう旅の仕方をしているんだこいつ。吸血鬼は人より鼻が良いのかな……。
「それよりもリリア、聞きなさい。この村はラズベリー村。もはや村とラズベリー畑が一体化した、まさにラズベリーの村よ。村人に話を聞いてみると、この村は元々ラズベリーの産地で、周囲の村や町によく売れるからってガンガンラズベリーを植えまくったら、いつの間にか村の中にまでラズベリーが生え出したらしいわ」
「なんだその理由」
呆れるしかないんだけど。
「でも素晴らしいわ。この村ではラズベリーと人が共存している。こんな感じでラズベリーが人の生活の中に溶け込んでいけば、いずれ海や川はラズベリーソースになり、太陽もラズベリーになるはずよ。ラズベリーが世界を支配する時も近いわね」
近くないよ。一生来ないよ。今日も頭溶けてるなー。吸血鬼は日光に弱いってよく聞くけど、ベアトリスはもしかして日中は脳が溶けているの?
相変わらずのぶっとんだ思考に乾いた笑いを返すしかない私だった。
「……そうだ。実はさっき焼いたラズベリーパイがあるんだけど、ちょっとあげるわ」
「え? いいの?」
「ええ。この村のラズベリーで作った渾身のラズベリーパイよ。妖精さんの分も持っていきなさい」
ベアトリスは紐で肩に下げる小型のクーラーボックスから、ラズベリーパイを取りだした。
すでに切り分けられていて、それぞれが包装紙に包まれている。もうこのまま売ってそうだ。
お言葉に甘えて、私とライラの分を貰い受け、早速食べてみる事に。
「んっ。おいしいじゃん」
焼きたてという訳ではないので、噛んだ時の食感はしっとりとしていた。しかし何層かになって焼き上げられたパイ生地部分はサクサクした食感が多少感じられ、ちょっと塩気が効いていておいしい。
中のラズベリージャムが甘酸っぱくて、少々塩気を感じるパイ生地のおかげで甘さが引き立てられている。
以前ベアトリスのジャムパンも食べたが、このパイも文句なくおいしい。この吸血鬼、料理は本当に上手なんだよなー。思考と発言はぶっ飛んでるのに、料理はすごくまとも。なぜだ。
ライラも満足そうに全て平らげていた。
全部おいしく食べた私達の姿を見て、ベアトリスはうんうんと頷く。
「結構好評のようね」
「好評どころか、すごくおいしいよ。普通にお店で売りに出せるレベル」
「そう……よし、それなら行ってくるわ」
「え、どこに?」
「この村の村長の所よ! この私、ラズベリー吸血鬼特製ラズベリーパイをラズベリー村の人々に認めて貰えれば、世界をラズベリーで支配する野望へ一歩近づくわ!」
近づかないよ……と言いたいのをぐっと我慢する。あと今更だけど、もうベアトリスはラズベリー吸血鬼として生きていくんだ……。大丈夫なのかそれで。
ベアトリスは息巻いた様子でクーラーボックスを肩にかけ、ラズベリーに埋もれる村の中を歩き出した。
「それじゃあ私は村長の所に行ってくるわ! また会いましょう、魔女リリア」
ラズベリーをかき分けずんずん進むベアトリスは、突然あっと声を出して振り向いた。
「次に会ったら血を吸ってやるわ! 血をラズベリーソースにしておくことね!」
そう思いっきりわめいてから、また彼女は村の中を歩きだしていった。
もう血じゃなくてラズベリーを求めてるじゃん……。
ラズベリー村の入口で取り残された私とライラは、呆然と顔を見合わせる。
「……で、これからどうするの? リリア」
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