魔女リリアの旅ごはん

アーチ

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126話、ラズベリージャムとラズベリー吸血鬼

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 ラズベリーの中に埋もれた村、ラズベリー村。そこからさっさと退散した私達は、しばらく歩いた後夕暮れになってきたので早めに野宿の場所取りをしていた。
 とはいえ、街道からあまり離れるのは良くないので、街道の隅っこ辺りに陣取るしかないのだけど。

 野宿する場所を決めたなら、次は食事の用意。夜の野外でする事なんて特にないので、早めにごはんを食べて早寝早起きをするに限る。
 今日の夕食を何にするかはもう決めてある。
 私は迷わず鞄を開き、昼間ラズベリー村で買っておいたラズベリーを取りだした。
 それを鍋の中に入れ、砂糖をたっぷりとまぶし、軽く潰していく。

 ラズベリーがあらかた潰れて水分が出てきたら、それを火にかけてしばらくぐつぐつ煮込めむ。それでジャムが完成するはずだ。
 ラズベリー村でパンも買っておいたので、今日はラズベリージャムをパンにつけたのが夕食。夜ごはんにしては質素だけど、糖分がたっぷり取れるので悪くは無いと思う。

 早速魔術で起こした火の上にフライパンをテレキネシスで固定。後は様子を見つつ時折かき混ぜるだけで良い。
 熱が入り、鍋の中のラズベリーがぐつぐつと音を立てる。
 それと同時にラズベリーの甘い匂いが漂ってきた。

「甘酸っぱくて良い匂いね~」

 花の蜜に誘われる蝶のように、ライラが鍋へと近づく。しかし熱かったのか、慌てて離れ出した。

「フルーツって煮詰めるとこんなに香りがするんだね。宿屋で作らなくてよかった……」

 辺り一帯がラズベリーの甘い匂いで満たされている。野外だから良かったけど、換気が良くない室内で作ったりしたら、甘ったるい匂いが充満して気分が悪くなりそうだ。
 ジャム作りで果物を熱する時間は結構長くて、三十分くらい加熱する必要がある。
 しっかり熱を通さないと長期保存できないという事もあるが、煮詰めている時に出るアクが自然と消えるまでしっかり熱を通すためでもある。

 アクと言っても食材によって色々な成分があるらしく、物によってはアクを取り除くと食材の風味まで無くなってしまって味気無くなるらしい。
 対して苦みやえぐみにしかならないアクなどもあり、それはすくって取り除いた方がおいしくなるのだ。

 なのでアクを取り除くかそのままにして自然と溶け込ませるかは、食材と料理によって変わってくる。
 今回私はラズベリーのアクを取らなかったが、さて、どっちに転ぶのだろうか。フルーツだからアクにもえぐみとか無いだろうと判断しての事だった。

 煮詰める事二十分が経過。その頃になると、空は真っ暗になっていた。海辺が近く空気が澄んでいるのか、夜空は月明かりに照らされほのかに明るかった。
 そんな月明かりの夜の中、足音が聞こえてくる。
 その音の方へ目を向けると、街道からこちらへ歩いてくる人影が見えた。

 誰だろう……と思っていたのだが、近づくにつれ明らかになるその姿を見ると、すぐに疑問は解消できた。

「ラズベリーの良い匂いがするわね」

 私達の元へやってきたのは、昼間にも会った吸血鬼……もとい、ラズベリー吸血鬼ベアトリスだった。

「ベアトリス……どうしたの? 何か私に用?」
「いえ、この辺りからラズベリーの匂いがしてきたから、ふらふらっと引き寄せられたのよ」

 さっきのライラと同じじゃないか。

「ラズベリージャム作ってたんだよ。もうすぐ完成する」
「ラズベリージャム! いいじゃない。あなたも段々ラズベリーの素晴らしさを理解してきたようね」

 いや……確かにラズベリーは好きな方だけど、ベアトリスの言う素晴らしさは理解できてないよ。私、海や川がラズベリーソースになったりしたら発狂するもん。

「そういえば、ラズベリー村の村長には会えたの?」
「ええ、会えたわ。私のラズベリーパイをいたく気に入ってくれたわね。もし私がお店を出したら、うちのラズベリーをぜひ使って宣伝して欲しいとも言われたわ」
「……すごいじゃん」
「ありがとう。でも旅の最中だからしばらくお店を出すつもりはないのよね。……いえ、いっその事どこかの町を一時的な拠点にして、そこでお店を出してから雇った店員に後を任せて旅を続けるのもいいかも……」

 旅をしながら色んな町に自分のお店を作っていくつもりだろうか……。物凄い野望だけど、世界をラズベリーで支配するよりは現実味ある。
 と、急に現れたベアトリスに対応していると、ラズベリージャムがいい具合に煮詰まっていた。
 慌てて火から鍋を離し、熱湯消毒した小瓶に詰めていく。
 これでラズベリージャムの完成。パンを準備して早速夜ごはんを食べよう。

「……」

 いそいそパンを取りだしてジャムを塗っていたら、無言で私を見つめるベアトリスに気づいた。
 なんだかすごく物欲しそうな顔をしている……。

「……ベアトリスも食べる?」
「あら、いいの? 嬉しいわ。私ラズベリー大好きなのよ」
「知ってるよ」

 何かうまく誘導された感じがとてもするけど、気にしないでおこう。
 ベアトリスには昼間ラズベリーパイをごちそうになったし、ちょうどいいお返しだ。
 私とライラとベアトリス。三人分のパンへラズベリージャムを塗り、皿の上に置く。

「はい、できたよ。自由に取って食べて。足りなかったらまだパンあるから、勝手に取ってジャム塗って」
「分かったわ。それじゃあ頂くわね」
「私はこの小さいのでいいわ」

 ベアトリスとライラがそれぞれ手に取ったのを見て、私もパンを手にする。
 そして三人ともに、ラズベリージャムがたっぷり乗ったパンを頬張った。
 作り立てのジャムはまだ熱い。そのおかげか甘みが強く、ラズベリー特有の酸っぱさは少し控えめだった。冷えてくるとラズベリーらしい甘酸っぱさになるだろう。

 えぐみとかは感じないし、どうやら成功のようだ。このジャムはパンだけでなく、クラッカーに付けてもいいし紅茶に淹れても良い。自作ふりかけと同じく用途が広いのだ。
 ジャムの出来栄えについて、ライラとベアトリスはどう思っているのだろうか。ちょっと聞いてみよう。

「甘くておいしいわ。ちょっと酸っぱいのも悪くないわね」

 はぐはぐパンを頬張るライラは満足げだった。ライラは何でもおいしく食べられるタイプなので、評価に不安を覚えてはいない。
 ただ、自分でジャムパンやラズベリーパイを作れる料理上手のベアトリスがどう感じるかは非常に気になる。
 私の視線に気づいたのか、ベアトリスがもぐもぐしていたパンを呑みこみ、こほんと咳払いする。

「何を期待しているのかは分からないけど、普通においしいラズベリージャムよ。というか、ジャムはシンプルな料理だからおいしさに大きな違いは出てこないわ」
「へえ、そうなんだ」
「もちろんラズベリーの新鮮さや産地による味の違い、砂糖の種類によって多少味は変わるけどね。でも重要なのは、料理に合わせたジャムにする事よ」
「料理に合わせたジャム……?」
「例えば、通常よりラズベリーの量を多くしたら、果肉が残った感じになるじゃない? そうすると結構インパクトのあるジャムになるから、ヨーグルトにかけたりクラッカーに乗せるとリッチな感じになるわね。逆にラズベリーの量を少なくして砂糖を少し多めにしたら、甘みが強くてとろっとした出来上がりになるわ。クッキーや紅茶に使うならそのタイプがいいかもね。他にも砂糖を控えめにして甘みを抑えて、サラダやサンドイッチに使うっていうのも有りよ」
「……な、なるほどー」

 ベアトリスがあまりにも料理上級者すぎて、発想が私より数段上だった。ジャムをサラダやサンドイッチに使うなんて想像もしてなかったけど……りんごとお肉を組み合わせた料理もあるし、確かに有りと言えば有りかも。
 ジャム一つとっても、創意工夫で色んな事に使えそうだ。以前行った町では花びらのジャムなんて変わり種もあったし、甘くないジャムを作って色んな料理に合わせるなんてこともできるかも。

 ……でも、まずは王道からだよなー。
 私の料理スキルはそこまでのレベルじゃない。独創的な工夫なんてしても失敗するに決まってる。
 ……うん、基本に忠実で行こう。
 そしてこの基本に忠実なジャムは、紅茶に淹れても問題ない出来栄えだ。
 だから早速お湯を沸かして紅茶を淹れ、ジャムを投入して皆で飲むことにした。

「ふぅ~」

 ラズベリージャムには甘みと酸味があるので、ストレートの紅茶に入れるとすっきりしつつも甘酸っぱい味わいになっておいしい。

「良い夜ね……」

 ベアトリスは紅茶を飲みながら夜空に見惚れていた。降りそそぐ月明かりが彼女の青白い肌を照らしている。
 ……何だかこのままベアトリスも一緒に野宿する流れだけど、吸血鬼は夜こそが真骨頂じゃなかったっけ。ベアトリスを放置しといて私とライラだけ寝るのもな……。
 何て考えていたら、ベアトリスが突然ふぁ……とあくびをかいた。

「はぁ、もう眠くなってきたわ。悪いけど私もう寝るわね」

 自分の荷物を漁り出して枕を取り出したベアトリスは、ぱちんと指を鳴らす。
 すると夜の中でもはっきりと分かるくらいの暗闇が地面に集まり出し、ちょうど人一人分の長方形になった。
 その上にベアトリスは寝転がり、枕に頭を預けてすやすやと寝息を立てていく。

 ……えっ、ちょっと待って。ツッコミどころがたくさんあるんだけど。
 まず何その変な魔術みたいな奴。前から思ってたけど、魔女とはまた違う体系の魔術っぽいのはいったい何なんだ。吸血鬼だけが扱える魔法とか?
 そしてそれで簡易ベッド作るなんてずるくない? 魔術だとそういう事できないんだけどー?

 そして吸血鬼のくせにもう寝るの? 旅をしていて朝方の吸血鬼になってしまったのか? 朝方の吸血鬼とかもう意味分からないよ。
 ……と、突っ込みたくてしょうがなかったのだけど、当の本人が気持ちよく寝ているのでぐっと言葉を飲み込むしかない。

「……私達も寝よっか」
「……そうね」

 野宿でも優雅に眠るベアトリスは違って、道端で泥臭く眠りだす私達だった……。
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