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145話、深夜の角煮
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「……眠れない」
時刻は深夜一時。旅人の村で一泊しようと決め、他の旅人同様たき火をして野宿をする事にした私達だったが、一つだけ誤算があった。
この村、深夜になってもほとんどの人が眠ろうとしないのだ。屋台も今だに開かれていて様々な良い匂いが漂ってくるし、旅人達は酒を飲みながら食べ物をつまみ談笑している。
どうやらその名に相応しく、この村では旅人達の交流が盛んなようだ。そのせいで深夜でも喧騒が止まない。ゆっくり眠りたいのなら簡易宿に泊まるべきだったらしい。
まあたまには夜更かしもいいか、なんて思うのだが、あいにくとライラはこの騒ぎの中でもすやすや眠りについていた。ただ周りがうるさいではあるようで、私の鞄の中に潜りこんで寝てしまっていたが。
そしてベアトリスの方はと言うと、なぜかたき火の前に鍋を置き何やらぐつぐつと煮はじめていた。ベアトリスはそもそも吸血鬼なので、夜の方が調子がいいのだろう。だからと言ってこの深夜に料理をし始めるのはどうなんだ。
眠いんだけど周りの喧騒のせいで眠れない私は、軽くあくびをしてからベアトリスに近づいた。
「……何してるの?」
「角煮を作ってるのよ。角煮」
「……角煮ぃ~?」
「角切りにした食材を煮た料理の事よ。基本的に肉の甘辛煮を指すわ」
「へぇ~」
鍋の中をのぞき込むと、茶色めな液体の中に大きな肉が沈み込んで煮られていた。甘辛い感じの良い匂いも漂ってくる。
「……で、その角煮をなぜこの深夜に作ってるの?」
「暇だからよ。こんな騒ぎの中ではさすがに目が覚めるし、長い夜にやる事なんてそうそうないわ」
「だから料理してるんだ」
こんな夜に料理を始めるなんて、結構な行動力に思える。
「煮物は結構時間がかかるし、夜の暇つぶしには悪くないわ。それにこんな深夜だとちょっと小腹が空いてくるから、ついでにつまんで空腹を満たせるでしょう?」
「……確かに、夜ごはん早めだったからお腹空いてきたかも」
後良い匂いがするせいだ。
「角煮ができたら私も食べる。どれくらいで完成?」
「後一時間って所ね」
「え……長っ」
「だから、調理時間が結構かかるからこんな深夜に作ってるのよ。煮てる時間が長いだけだから調理自体は楽なんだけどね」
「一時間もかかるなら寝ちゃいそうだなぁ」
「……寝れるの? この騒ぎの中で」
「……」
周りをちらっと見渡す。
お酒を飲みながら談笑する多くの旅人達。屋台からは新たな料理を作り始めたのかじゅうじゅうと音が立ち始めていた。まだまだこの村は眠らないらしい。
「寝れそうにないね」
「でしょ。料理ができるまで暇なら私の為に紅茶でも淹れてちょうだい」
「……はーい」
もうこうなったら紅茶を飲んで一度目を覚ますのがいい。そう思ったので、ベアトリスの提案に乗り紅茶を沸かし始めた。
ケトルでお湯を沸かしてそこに茶葉を入れ、蓋をして数分蒸らす。渋みが出てくる前に金属製のコップに淹れ、一つをベアトリスに渡した。
「ありがと」
二人肉を煮る鍋を前に、紅茶をずずっと飲み始める。
深夜だと言うのに昼間のようにうるさい中、ぐつぐつ煮られる鍋を眺めて紅茶を飲む。なんだか妙な心地だった。
空を見上げると結構晴れていて、こんな夜だと言うのに月の光で明るさを感じる。いい夜空だけど、こうもうるさい中では情緒もへったくれもない。
「……やばい。紅茶飲んでたら何か食べたくなってきた」
「もうすぐ角煮できるから我慢しなさいよ」
「……はーい」
クッキーか何かをつまみながら紅茶を飲みたい所だけど、この後に待つ角煮の為にぐっと我慢する。
やる事がないので、私はぼーっと鍋の中を見つめるしかなかった。
「……あれ? この変なのって……」
鍋の中、煮られる肉の上に乗っかっている星型の何かに気づく。
「ああ、それ? リリアが持ってたスターアニスよ。星型のスパイスあったでしょ? あれ」
「ああー、見覚えあると思ったらあれかぁ」
私が持ってるスパイス類は、ベアトリスの方が使えそうだから全部彼女に渡しておいたのだ。
「これ、角煮とかに使うやつだったの?」
「そうね。煮込み以外にも色々な料理に使えるわ。デザートに使ったりもするらしいわよ」
「へー」
スパイスをデザートに使うって想像できないなぁ。あ、でもシナモンも一応スパイスの分類だっけ。シナモン系の匂いや風味ならデザートの相性も悪くなさそう。
「後胃腸に良いとかも聞くわ。スパイスは色々効能があるから、覚えているといいかもね」
「ふーん。でも今聞いても明日になったら全部忘れてそう」
「この程度は覚えておきなさいよ……」
呆れられたが、しかたない。眠いやらうるさくて目が覚めるやら、紅茶の匂いで落ちつくやら角煮の良い匂いでお腹すくやら、もうめちゃくちゃな感覚なのだから。
ベアトリスは竹串を手にして、煮られる肉の塊をつぷつぷ刺していく。
「ゆで卵が無いのが惜しいのよねぇ。角煮と一緒に煮て煮卵にすれば一石二鳥なのに」
「煮卵かぁ、いいよね。卵と言えばオムライス食べたいな。ケチャップじゃなくてデミグラスソースが乗ったやつ。デミグラスソースといえばハンバーグだけどさ、他にも色々合うよね。ビーフシチューとか」
「……こんなド深夜に食材で料理の連想ゲームを始めないでちょうだい」
ド深夜においしそうな匂いを嗅いでいるからこそ自然と連想してしまうのだ。
「で、角煮はまだなの?」
「そろそろよ」
「そろそろかぁ」
「……」
「……」
沈黙の中、ずずっと紅茶を飲む。
「……角煮そろそろできた?」
「……だからもうちょっとよ」
「……もうちょっとかぁ」
「……」
「そうか、もうちょっとかぁ」
「……」
「……もうちょっとってどれくらい?」
「あーーーもうできた。はい、もうできたわよ」
うっとうしくなってきたのか、ベアトリスが鍋の中の角煮を取り上げ、ナイフで切り分けはじめる。
もともとが大きい肉の塊だったので、切り分けても結構なサイズだ。それを小皿に一個入れられて、目の前に突きだされる。
ほかほかと湯気が立っていて、食欲をそそる甘辛いような匂い。小皿を受け取って、早速一口食べてみる。
「……ん、おいしいおいしい」
肉は柔らかくなっており、とろっと崩れ落ちる感じ。煮汁がしっかり染み込んでいて甘辛く、スターアニスの爽やかな香りがする。深夜に食べるには贅沢なつまみだ。
ベアトリスの方も一口ぱくっと食べ始める。
「んー、やっぱりネギとかの薬味が欲しかったわね。おいしいけどもうひと味欲しかった感じ」
「そう? おいしいけどね。この煮汁パンとも結構合いそう」
「普通のパンより肉まんの生地が合うんじゃない?」
「あーそれいい。角煮をほぐしてさ、肉まんの中に入れて角煮まん作ってよ」
「……面倒くさいのリクエストするわね。まあ肉まんの生地は作ってみたかったけど、今はやらないわ。こんな深夜から生地を練るなんて正気じゃないわよ」
角煮を作り出すのは正気の範疇なんだ。
角煮を一つつまんで小腹を満たし、コップに残っていた冷め始めた紅茶を飲み干す。お腹は満たされ、中々の満足感だ。
「でもさ、スターアニスが胃腸にいいからって、こんな深夜に食べるのは胃腸にはよさそうじゃないよね」
「……食べた後に反省してどうするのよ」
角煮の残りは明日以降のごはんにするらしく、保存容器に詰めはじめる。
もう一個くらい食べたかったな、と思いつつ名残惜しそうに角煮を見送った私は、ふと周りを見渡した。
まだ周りの喧騒は静まらず、夜だと言うのに人の熱気が溜まっている。
「これ、今日眠れるのかな」
「さあね。眠れなかったら簡易宿でもう一泊しましょう」
それがいいな、とうんうん頷く私だった。
時刻は深夜一時。旅人の村で一泊しようと決め、他の旅人同様たき火をして野宿をする事にした私達だったが、一つだけ誤算があった。
この村、深夜になってもほとんどの人が眠ろうとしないのだ。屋台も今だに開かれていて様々な良い匂いが漂ってくるし、旅人達は酒を飲みながら食べ物をつまみ談笑している。
どうやらその名に相応しく、この村では旅人達の交流が盛んなようだ。そのせいで深夜でも喧騒が止まない。ゆっくり眠りたいのなら簡易宿に泊まるべきだったらしい。
まあたまには夜更かしもいいか、なんて思うのだが、あいにくとライラはこの騒ぎの中でもすやすや眠りについていた。ただ周りがうるさいではあるようで、私の鞄の中に潜りこんで寝てしまっていたが。
そしてベアトリスの方はと言うと、なぜかたき火の前に鍋を置き何やらぐつぐつと煮はじめていた。ベアトリスはそもそも吸血鬼なので、夜の方が調子がいいのだろう。だからと言ってこの深夜に料理をし始めるのはどうなんだ。
眠いんだけど周りの喧騒のせいで眠れない私は、軽くあくびをしてからベアトリスに近づいた。
「……何してるの?」
「角煮を作ってるのよ。角煮」
「……角煮ぃ~?」
「角切りにした食材を煮た料理の事よ。基本的に肉の甘辛煮を指すわ」
「へぇ~」
鍋の中をのぞき込むと、茶色めな液体の中に大きな肉が沈み込んで煮られていた。甘辛い感じの良い匂いも漂ってくる。
「……で、その角煮をなぜこの深夜に作ってるの?」
「暇だからよ。こんな騒ぎの中ではさすがに目が覚めるし、長い夜にやる事なんてそうそうないわ」
「だから料理してるんだ」
こんな夜に料理を始めるなんて、結構な行動力に思える。
「煮物は結構時間がかかるし、夜の暇つぶしには悪くないわ。それにこんな深夜だとちょっと小腹が空いてくるから、ついでにつまんで空腹を満たせるでしょう?」
「……確かに、夜ごはん早めだったからお腹空いてきたかも」
後良い匂いがするせいだ。
「角煮ができたら私も食べる。どれくらいで完成?」
「後一時間って所ね」
「え……長っ」
「だから、調理時間が結構かかるからこんな深夜に作ってるのよ。煮てる時間が長いだけだから調理自体は楽なんだけどね」
「一時間もかかるなら寝ちゃいそうだなぁ」
「……寝れるの? この騒ぎの中で」
「……」
周りをちらっと見渡す。
お酒を飲みながら談笑する多くの旅人達。屋台からは新たな料理を作り始めたのかじゅうじゅうと音が立ち始めていた。まだまだこの村は眠らないらしい。
「寝れそうにないね」
「でしょ。料理ができるまで暇なら私の為に紅茶でも淹れてちょうだい」
「……はーい」
もうこうなったら紅茶を飲んで一度目を覚ますのがいい。そう思ったので、ベアトリスの提案に乗り紅茶を沸かし始めた。
ケトルでお湯を沸かしてそこに茶葉を入れ、蓋をして数分蒸らす。渋みが出てくる前に金属製のコップに淹れ、一つをベアトリスに渡した。
「ありがと」
二人肉を煮る鍋を前に、紅茶をずずっと飲み始める。
深夜だと言うのに昼間のようにうるさい中、ぐつぐつ煮られる鍋を眺めて紅茶を飲む。なんだか妙な心地だった。
空を見上げると結構晴れていて、こんな夜だと言うのに月の光で明るさを感じる。いい夜空だけど、こうもうるさい中では情緒もへったくれもない。
「……やばい。紅茶飲んでたら何か食べたくなってきた」
「もうすぐ角煮できるから我慢しなさいよ」
「……はーい」
クッキーか何かをつまみながら紅茶を飲みたい所だけど、この後に待つ角煮の為にぐっと我慢する。
やる事がないので、私はぼーっと鍋の中を見つめるしかなかった。
「……あれ? この変なのって……」
鍋の中、煮られる肉の上に乗っかっている星型の何かに気づく。
「ああ、それ? リリアが持ってたスターアニスよ。星型のスパイスあったでしょ? あれ」
「ああー、見覚えあると思ったらあれかぁ」
私が持ってるスパイス類は、ベアトリスの方が使えそうだから全部彼女に渡しておいたのだ。
「これ、角煮とかに使うやつだったの?」
「そうね。煮込み以外にも色々な料理に使えるわ。デザートに使ったりもするらしいわよ」
「へー」
スパイスをデザートに使うって想像できないなぁ。あ、でもシナモンも一応スパイスの分類だっけ。シナモン系の匂いや風味ならデザートの相性も悪くなさそう。
「後胃腸に良いとかも聞くわ。スパイスは色々効能があるから、覚えているといいかもね」
「ふーん。でも今聞いても明日になったら全部忘れてそう」
「この程度は覚えておきなさいよ……」
呆れられたが、しかたない。眠いやらうるさくて目が覚めるやら、紅茶の匂いで落ちつくやら角煮の良い匂いでお腹すくやら、もうめちゃくちゃな感覚なのだから。
ベアトリスは竹串を手にして、煮られる肉の塊をつぷつぷ刺していく。
「ゆで卵が無いのが惜しいのよねぇ。角煮と一緒に煮て煮卵にすれば一石二鳥なのに」
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「……こんなド深夜に食材で料理の連想ゲームを始めないでちょうだい」
ド深夜においしそうな匂いを嗅いでいるからこそ自然と連想してしまうのだ。
「で、角煮はまだなの?」
「そろそろよ」
「そろそろかぁ」
「……」
「……」
沈黙の中、ずずっと紅茶を飲む。
「……角煮そろそろできた?」
「……だからもうちょっとよ」
「……もうちょっとかぁ」
「……」
「そうか、もうちょっとかぁ」
「……」
「……もうちょっとってどれくらい?」
「あーーーもうできた。はい、もうできたわよ」
うっとうしくなってきたのか、ベアトリスが鍋の中の角煮を取り上げ、ナイフで切り分けはじめる。
もともとが大きい肉の塊だったので、切り分けても結構なサイズだ。それを小皿に一個入れられて、目の前に突きだされる。
ほかほかと湯気が立っていて、食欲をそそる甘辛いような匂い。小皿を受け取って、早速一口食べてみる。
「……ん、おいしいおいしい」
肉は柔らかくなっており、とろっと崩れ落ちる感じ。煮汁がしっかり染み込んでいて甘辛く、スターアニスの爽やかな香りがする。深夜に食べるには贅沢なつまみだ。
ベアトリスの方も一口ぱくっと食べ始める。
「んー、やっぱりネギとかの薬味が欲しかったわね。おいしいけどもうひと味欲しかった感じ」
「そう? おいしいけどね。この煮汁パンとも結構合いそう」
「普通のパンより肉まんの生地が合うんじゃない?」
「あーそれいい。角煮をほぐしてさ、肉まんの中に入れて角煮まん作ってよ」
「……面倒くさいのリクエストするわね。まあ肉まんの生地は作ってみたかったけど、今はやらないわ。こんな深夜から生地を練るなんて正気じゃないわよ」
角煮を作り出すのは正気の範疇なんだ。
角煮を一つつまんで小腹を満たし、コップに残っていた冷め始めた紅茶を飲み干す。お腹は満たされ、中々の満足感だ。
「でもさ、スターアニスが胃腸にいいからって、こんな深夜に食べるのは胃腸にはよさそうじゃないよね」
「……食べた後に反省してどうするのよ」
角煮の残りは明日以降のごはんにするらしく、保存容器に詰めはじめる。
もう一個くらい食べたかったな、と思いつつ名残惜しそうに角煮を見送った私は、ふと周りを見渡した。
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