魔女リリアの旅ごはん

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183話、熱気の朝とモロヘイヤスープ

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「……あっつ」

 朝六時過ぎ。むしばむ暑さで目が自然と覚めた。
 窓からはカーテン越しに強い日差しの明かり。砂漠の朝は、朝とも思えない熱気が漂っている。

 夜はかなり冷えているだけあって寝やすかったのに、日の出と共にじわじわ気温があがり、起きた頃には寝汗をかいてしまっているほどだ。
 この気温差は良くない。油断しているとうっかり体調を崩しそうだ。

 私はベッドから起き上がり、いつもの魔女服に着替えながら汗を拭いた。

「よし、後はライラを起こして……」

 と、私はもう一方のベッドを見やった。
 今回はベアトリスも一緒の部屋で、彼女は隣りのベッドで寝ていた。
 夜は涼しかっただけあって静かに寝ていたのだが……。

「うぅ……うぅぅ……」

 カーテンすら突き抜ける日光に照らされて、ベアトリスは寝苦しそうにうなっていた。

 日光と熱気のダブルパンチだ。それだけでも辛そうなのに、彼女は吸血鬼なのでもう蒸し焼き状態だろう。

 このまま放っておくのは可哀想だったので、ベアトリスを揺さぶって起こすことにした。

「ベアトリス、起きなよ。焼き吸血鬼になるよ」

 ゆさゆさ体を揺すると、ベアトリスはパチっと目を開けた。
 虚ろな瞳がぼやっと私を見つめる。そしてカーテンの方を見て、日光を思いっきり目に入れてしまった。

「うあぁ……うぐっ!」

 日光から逃げるようにごろごろ転がって、ベアトリスはベッドから転げ落ちた。
 勢いよく床に落ちたベアトリスは、そのままぐったり動かなくなる。

「……ちょっ、ベアトリス、大丈夫? 起きてすぐに気絶するのは無しだよ」
「大丈夫、まだ意識はあるわよ……でも床がひんやりして気持ちいいから、しばらく動きたくないだけ……」

 見ればベアトリスは頬を床にくっつけて冷気を味わっていた。

 なんか……ますます可哀想な状態になったな。
 こんな状態のベアトリスに何も言う事はできず、彼女が起き上がるまでしばらく待った。

 ようやくベアトリスも身支度を整えた後、こんな暑さでもすやすや寝ているライラを起こして、部屋から出る。

「とりあえず朝ごはん食べに行こう」

 朝といったら、やはり朝ごはん。食べる物を食べなければ元気も出ない。
 この宿は一階のホールに食堂があるので、朝食をすぐに食べることができるのだ。
 そうして向かった食堂で席に尽き、メニューを眺める事数分。

「うーん……」

 私達三人は、一向に食べたい物が定まらずうなっているだけだった。

「こう暑いと食欲が出ないのよね……」

 ぼやくベアトリスに私も頷く。朝っぱらからこの暑さだ。食欲が減退するのは当然。
 でも、この砂漠の気温差で体調を悪くする可能性を考えると、やはりちゃんと三食食べて栄養を取りたい。

 そこで、栄養がありそうなモロヘイヤのスープを頼むことにした。食欲がないベアトリスは何でもよかったのか、そのまま私の注文に乗っかる。

 モロヘイヤのスープは、砂漠の町で広く親しまれている料理らしく、メニューの一番上に大々的に乗せられている。
 他の町では見たことがないので、ちょっとわくわくしていた。

 そうして私達の前にやってきたモロヘイヤスープを見て、三人共に唖然として顔を見合わせる。

「緑だ……」
「緑ね……」
「真緑だわ……」

 モロヘイヤのスープは、それはみごとな緑色。一瞬絵の具でも溶かしてあるのかと錯覚するほどだ。

「なんだかすごく苦そうだわ……朝からこれを飲むの?」

 ベアトリスはその見た目のインパクトにもうグロッキーなようだ。ただでさえ食欲がないのに、この緑色のスープは見ているだけで胃に堪えるのだろう。
 でも、料理というのは見た目以上に食べた時の味が一番。まずは食べてみない事には始まらない。

 ベアトリスもライラも一向に飲もうとしないので、私が先にスプーンを持ち、まずは一口飲んでみた。

「んっ……!」

 一口飲んで、私はカっと目を見開く。

「なに? やっぱり苦かった?」
「ううん」

 ベアトリスに問われて私はすぐに首を振る。
 そしてもう一口ごくり。

「……おいしいっ」

 私がそう言うと、ベアトリスもライラも疑わしそうな目で見てきた。

「ちょっと、なにその目っ! 本当! 本当においしいんだよっ! さっぱりしてて意外にも癖が無くて、とろみがあるから食欲が無くても喉に入りやすいって言うか……!」
「本当かしら?」

 ベアトリスもようやくスプーンを持ち、私の感想を確かめようと一口飲んだ。
 そして、彼女もびっくりして気だるげな瞳を大きくする。

「本当ね。見た目は濃い緑色なのに、意外とさっぱりしてて飲みやすい。青臭さとかまったく感じないわ」
「でしょでしょ?」

 モロヘイヤのスープは、見た目に反して繊細なスープだ。癖もなくてさっぱりと飲める。
 それでいてほうれん草にも似た野菜の旨みはしっかり有り、飲んでいると食欲が出てくるような感じがする。

 あまりにも意外なおいしさだったので、メニューを開いてモロヘイヤのスープの説明書きを確かめてみる。

「あ、このスープ、ビタミンやミネラルがたっぷりで、美容と健康に良いみたいだよ」

 だから女性にも人気らしい。
 それを聞いたベアトリスは、急に眼の色を変えた。

「それ本当? じゃあたくさん飲んでおくわ。砂漠に入ってちょっと肌が乾燥気味なのよね」
「え?」

 私が唖然としていたら、ベアトリスは普通にお代わりを注文して、二杯目をゴクゴク飲み始めた。
 食欲が無さそうだったのが嘘みたいだ。

 そしてベアトリスはあっさりと二杯目を完食した。

「ぷはっ……見なさいリリアっ! この肌っ! 色艶が戻っているわ! これ、飲めば飲むだけ美容にいいわよっ! この町に居る間はできるだけ飲みまくりましょうっ!」
「う……うん」

 確かにベアトリスの顔色はわりとよくなっていたけど、それは暑さで悪くなっていた血色が戻っただけのように思える。スープ飲んですぐ効果が出るはずないもん。
 でも、せっかく元気が出たベアトリスに水を差すのもアレなので、私は黙っておくことにした。

 それはそれとして、私も二杯目を注文する。
 これはあれだ。やっぱりスープ一杯だと足りないからね。決して美容に気を使ったわけではない。

 とにもかくにも、暑い朝は栄養たっぷりのスープで乗り切る事ができたのだった。
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