『ダンジョンの庭でごはんをどうぞ ~主婦、今日も食材採取中~』

きっこ

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第1話「庭に実ったのはトマト……と牛乳でした」

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古民家の縁側に腰を下ろして、結月は一息ついた。

目の前に広がるのは、購入したばかりの畑付き一軒家。いや、厳密には「庭つき物件」だったが、庭の半分以上が畑になっている。畝の形こそ残っていたものの、長年手入れされていなかったのだろう。雑草は伸び放題で、使い込まれた道具が物置の奥に押し込まれていた。

「……やっぱり、いいなぁ。土の匂いがする」

三十代後半、結婚十二年目の主婦・結月。都会のマンション暮らしに区切りをつけ、念願の田舎暮らしを始めたばかりだった。子どもはいないが、夫の正樹とは仲が良く、趣味のガーデニングや家庭菜園を共有していた。

そんな二人が思い切って購入したのが、この空き家物件。夫は平日は都心へ通勤し、結月はリモートワークを辞めて“土に触れる生活”を始めることにした。

「明日から、畑の整備かな。草むしり、結構大変そう……」

縁側にごろんと寝転がる。吹き込む風は気持ちよく、鳥の声も遠くに響いている。うとうとしてきた結月は、いつの間にか昼寝をしてしまった。

――そして、目を覚ました時。
景色は、朝とまるで違っていた。

「……え?」

何かがおかしい。

ぐるりと畑を見渡し、思わず自分の目を疑った。
ついさっきまで雑草まみれだったはずの畑が、緑の作物でいっぱいになっていたのだ。

瑞々しいトマトの赤が、太陽の光を浴びてきらめいている。とうもろこしは立派に伸び、皮が自然に開いて中の実がのぞいていた。つややかなナスに、ずしりとしたかぼちゃ、りんご、さくらんぼ――すべてが完璧な熟れ具合で、まるで絵本の中に迷い込んだようだった。

「な、にこれ……? 夢? 寝ぼけてる?」

慌てて頬をつねってみるが、普通に痛い。
気を取り直して、近くの木に近づくと、さらなる異常があった。

「……えっ? これ……パック牛乳?」

木の枝からぶら下がっていたのは、どう見ても“市販品風”のパック牛乳。白地に青いラインが入っており、冷たい水滴がパックの表面に浮かんでいる。

「いやいや、木に牛乳が……なるわけないでしょ……!」

恐る恐る手に取ってみると、確かに紙パックは未開封。賞味期限は“採取日から7日以内”とだけ印字されていた。

――そのときだった。

頭上にひときわ高く、電子音のようなものが鳴った。

【おめでとうございます! 本物件の庭が《フィールド型食材ドロップダンジョン》として認定されました】
【ダンジョン等級:E/制圧済み】
【今後も食材が定期的に実ります】

目の前の空中に、文字がホログラムのように浮かび上がる。それは数秒間、きらめいたのちにふわりと消えていった。

「……なにこれ……ダンジョンって……あの?」

日本では数年前から、ごく稀に“ダンジョン”が発生する現象が報告されるようになっていた。通常、それは山中や洞窟、廃ビルなどに出現し、内部には鉱石や魔獣の素材などがドロップするという。危険区域として管理されているが、冒険者と呼ばれる登録者が素材を採取して生活する姿も一部では知られている。

だが、今目の前にあるのは……どう見ても、ただの家庭の庭。

しかも、収穫できるのは“食べ物”だ。

「……え、ほんとに? ここ、うちの庭だよね?」

混乱しながら、結月は牛乳の木からパックをもう一つもぎ取り、そっと持ち帰った。冷蔵庫を開けると、ちゃんと収まるサイズだった。思考が追いつかないまま、結月はその日を過ごし、夕方、夫の帰りを迎えた。



「ただいまー。うわっ、なんだこの匂い!」

玄関を開けてすぐ、正樹の声が響いた。
その鼻先を、冷製トマトパスタの香りがくすぐる。

「おかえりなさい。今夜は、庭で採れたものを使ってみたの」

「え、庭? あの草ボーボーの?」

「……うん。今日ね、お昼寝して起きたら……全部、育ってたの」

「……え?」

スリッパを突っかけたまま、正樹は台所に駆け込んできた。
テーブルには、トマトとバジルをふんだんに使ったパスタ、とうもろこしと牛乳のスープ、かぼちゃスコーンが並んでいる。見た目も香りも、明らかに“普通”ではなかった。

「……これ、全部、庭に?」

「そう。しかも、牛乳も“木”にぶら下がってたの」

「木に……? 牛乳が? え、何言ってんの? ちょっと待って。いや、待って? トマトはまあわかる。とうもろこしもまあ、うん。でも牛乳って……木だよね? それ、実になってたの?」

「うん。紙パックのまま」

「いやいやいやいや……ありえないでしょ!? 紙パックが木に実るってどういう……え、何? 新手の悪質なドッキリ番組? カメラどこ?」

正樹はきょろきょろと部屋を見渡し、天井の角にまで目を凝らす。
その混乱ぶりに、思わず結月は噴き出した。

「ドッキリじゃないよ。本当に、なってたの。しかも冷えてたし、賞味期限は“採取日から”って書いてある」

「……採取日!? 何それ、農作物扱いなの?」

「あとね、変な表示も出たの。“この庭はフィールド型食材ドロップダンジョンです”って。等級Eで制圧済みって」

「ダンジョン……ダンジョンって、あの? テレビでやってる?」

「うん、多分。でも、食材が採れるなんて聞いたことないよね」

正樹は頭を抱え、しばらくパスタを見つめていたが……意を決したように一口、トマトを口に入れた。

「……うまっ! なにこれ、うまっ!」

「ね?」

「いや……これ、ほんとに……庭の?」

「ほんと」

数秒間の沈黙ののち、正樹はぽつりと呟いた。

「これ……売れないかな……」

「それ、私も思った」

夫婦は顔を見合わせ、笑った。

本当に売れるかどうかは、まだわからない。
でも、確実に言えるのはひとつ。今日から、彼女たちの暮らしは“庭ダンジョン”を中心に回りはじめた、ということだった。
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