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第4話「もちもち果実でティータイム 〜商売の香りがしてきました〜」
しおりを挟む庭に、うっすらと朝もやがかかっている。
結月はいつものようにかごを持ち、そっと畑に足を踏み入れた。
昨日のドロップとはガラリと変わり、今朝はカラフルな果実類が多く実っている。特に目を引いたのは、ピンク色でまるっとした“おもちのような果物”。
「……え? これ……ラベルに“もちもち桃果”って書いてある?」
木に実ったその果物には、果皮にやさしい筆文字のように商品名が浮かんでいる。
試しに一つもぎ取って、軽く包丁を入れると、ふわっと蒸気が立ちのぼった。
「……中まで、ほんのり温かい……しかも、香りがすごい……!」
果肉は柔らかく、とろけるような舌触り。
外側はもちもち、中は濃厚な桃クリームのような味わいで、まるで和菓子と洋菓子の中間を食べているような感覚だった。
「これ……絶対、人に出しても喜ばれる……」
結月は庭で採れた他の果実――パチパチと炭酸のような弾けるぶどうや、薄ミント風味のキウイなども収穫し、簡単な果物プレートを作ることにした。
今日は、先日お世話になった近所の杉田さんをお茶に招いている。
「一緒に食べてほしい」という気持ちと、同時に「本当に人に出せる味なのか確認したい」という思いもあった。
***
午前十一時、杉田さんが現れる。
カーディガンを羽織った姿は柔らかい印象で、「おじゃまします~」とにこやかに縁側へ。
「本当に、庭が見える席っていいわよねぇ。ここに座ると気持ちまで晴れる」
「ありがとうございます。……実は、今日もちょっと変わった果物が採れまして」
結月は、庭ダンジョンで採れた果実をきれいに盛り付けたティープレートを差し出す。
もちもち桃果、炭酸ぶどう、ミントキウイに加えて、試作した“桃果を包んだミニ求肥”も一緒に。
「……これは……!」
杉田さんは桃果を一口かじると、目を見開いた。
「……なんというか……“新しいのに懐かしい”っていうの? もちもちしてるのに、ちゃんと果実の瑞々しさもあって……」
「実は、皮ごとでも食べられるらしくて。求肥で巻いたら和菓子っぽくなるかなって思って」
「売りなさいよ、これ」
「えっ!?」
即答された結月は、思わず硬直した。
「いや、冗談抜きで。これはもう、お茶菓子として完成してるもの。“田舎の手作りおやつ”のレベルを超えてるわよ」
「……でも、ダンジョンのものを売るって、申請が必要なんですよね?」
「そうね。でもこの前、国の人が来てたんでしょ? 商業利用についての書類とか、渡されてない?」
「はい、一応“条件を満たせば可能”って書類は……。衛生管理と、用途の明確化、それから“味や特性の記録”を毎回提出すれば……とは書いてありました」
「それなら、もう目星つけておくといいわね」
「目星?」
「誰に売りたいか。どういう形で提供したいか。例えば――小さなカフェ形式で週末だけ営業するとか、委託販売してみるとか」
結月はその言葉に、ぽっと顔を赤らめた。
「実は……ちょっと、考えてたんです。庭の横に、小屋みたいなの作って、そこにお茶とお菓子を並べて――気軽に来てもらえるように」
「最高じゃないの! 場所としてもいいし、今なら“幻のフルーツスイーツ”って名前で話題にもなるわよ」
「でも、目立ちすぎるのはちょっと……」
「大丈夫。地元の人にちょっとずつ広めるところから始めれば、無理にバズらせなくてもいいの。味は本物なんだから、必ず人は来る」
その言葉に、結月は少し心が軽くなった。
***
その日の夕方。
夫の正樹が帰宅すると、キッチンにずらっと並んだ瓶詰めや試作スイーツに目を丸くした。
「うわっ、なにこの数……どうしたの、これ全部今日の庭?」
「うん、果物系がたくさん出ててね。それで、ちょっとジャムやゼリーも作ってみようかと」
「ジャム……え? これ、売るつもり?」
「……ゆくゆくはね。国にも確認済みだし、条件を満たせば可能って聞いたから」
正樹は少し驚いた顔をしていたが、やがてにやりと笑った。
「いいじゃん。俺、ラベルデザインとかやろうか?」
「えっ、やってくれるの?」
「もちろん。仕事でプレゼン資料とか作ってるし、そのスキル使えるかも」
夫婦で顔を見合わせて、笑った。
***
翌朝。
結月は新たに実った果物を確認しながら、ふと庭の向こうを見やった。
そこにあるのは、まだ何も建っていない空きスペース。
いずれ、ここに小さな店舗を作るのかもしれない――そんな未来を思い描きながら、今日も庭ダンジョンに一礼する。
「いつもありがとう。今日も、美味しい一日になりますように」
庭の緑は、風に揺れて優しく応えたように見えた。
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