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第3話「食材ダンジョン、国にバレる」
しおりを挟む朝六時。結月は今日も庭へ出る。
爽やかな朝の風が吹き抜ける中、畑――いや、“庭ダンジョン”にはまた見たことのない実りがあった。
薄緑のトウモロコシのようなものに、ゼリー状の果実、そしてやたらと艶のあるイチゴ。
どれも手を伸ばすと、ポン、と自然に取れて、かごに吸い込まれるように収まった。昨日と同じく、1種類につき何個でも採れるようだ。
「品目が変わるのは毎日だけど、その日は採り放題……ってことよね」
結月はメモ帳を取り出し、今日のドロップ内容を書き留めた。最近はこれが日課になっている。
庭の端には、昨日収穫しきれなかった作物がしおれている。
その姿を見て、「やっぱり日替わりでリセットされるのね」と確信する。
「さて……今日は連絡、しなきゃ」
彼女は深呼吸してから、スマートフォンを手に取った。
昨日、杉田さんから聞いたアドバイスをきっかけに、調べてみた“ダンジョン管理局”。正式には「国土管理省・特異空間対策局 管轄第八課」という長ったらしい名前だった。
公式サイトに記載されていた「新規出現ダンジョンの報告フォーム」に、庭での出来事と、収穫した食材の写真を添えて送信する。
「……こんなので、ちゃんと届くのかな……」
不安になりながらも送信ボタンを押して十数分後。スマホが鳴った。
『特異空間対策局の者ですが、先ほどのご連絡について……現場を確認させていただけますか?』
電話越しの男性の声は、驚きと興奮が混ざったような調子だった。
***
正午前。
訪問してきたのは、グレーのスーツにスニーカーという妙な取り合わせの中年男性だった。腕章には「特対八課」と書かれている。
「失礼します、上津(うえつ)と申します。本日は現地確認に参りました」
「どうぞ。こちらが問題の……庭、です」
結月に案内されて、上津は畑を一目見て立ち止まった。
「……っ、やはり。これは……完全にダンジョンだ」
「でも、ただの畑に見えますよね?」
「ええ。ですが、見た目は関係ありません。ここから魔素反応が検出されていますし、空間の歪みも僅かに感じます」
彼はおもむろに小型の装置を取り出し、庭の地面にかざす。ピピッという音と共に、光の波形が浮かび上がった。
「等級E。自然発生型、固定型。しかも“採取系”ですね。……初めて見ましたよ、こんなにも整った食材ドロップ型」
「えっ、やっぱり……食べ物が採れるダンジョンって、珍しいんですか?」
「珍しいなんてレベルじゃありません。初めてです、完全に。今までは鉱石、魔獣素材、たまに薬草レベルでした。加工済みの牛乳パックが枝に実るなんて、前代未聞ですよ」
上津は興奮を隠せない様子で、木の上からぶら下がった冷たい紙パックを見つめる。
「……これ、絶対に災害対策に使える。日替わりとはいえ、こんなに栄養価の高いものが、好きなだけ採れるなら……」
「その日なら、いくらでも採れるみたいです」
「マジですか!?」
結月の言葉に、彼の声が裏返った。興奮を通り越して、もはや震えが入っている。
「一応、毎朝記録を取っていて……それもお見せしましょうか?」
「お願いします! 正式な調査に入りますけど、現時点では“個人所有型特例ダンジョン”として登録ができる見込みです」
結月は少し驚いた。
「……そんな制度があるんですか?」
「ええ、ごく稀に。ダンジョンが個人所有地に発生した場合、安全性が確認されれば“管理者登録”という扱いになります。ただし外部への開放や商業利用には申請が必要です」
「よかった……誰かに勝手に取られたりしないか、心配だったんです」
「そこは大丈夫。管理局が法的に保護しますよ。逆に言えば、無断で出荷したりしなければ、日常利用の範囲で問題ありません」
結月はほっと息をついた。
「夫にもこの生活、気に入ってもらえてるので……守っていきたいです」
「大丈夫です。……というか、この件、すごく上に報告が行くと思います」
上津はにこやかに言ったが、その目にはすでに“国家規模の想定”が見え隠れしていた。
***
翌日。
結月は役所から送られてきた「ダンジョン管理者登録証」と「定期報告用キット一式」を受け取った。小型のモニター端末に、毎朝のドロップを記録して送信するだけでいいという。
「思ったより簡単なんだなぁ……」
とはいえ、彼女の胸の中には静かな責任感が芽生えていた。
この“庭”はもう、ただの家庭菜園じゃない。誰かの命を救えるかもしれない可能性を持っているのだ。
どこかで災害が起きても、ここから支援できるかもしれない。
そんな未来をほんの少し想像しながら、結月は今日のドロップを記録していく。
日本に一つだけの、食べられるダンジョン。
その庭には、明日も新しい恵みが実る。
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