『ダンジョンの庭でごはんをどうぞ ~主婦、今日も食材採取中~』

きっこ

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第6話「開店一日目。のんびり売ってたら、ちょっとだけ行列」

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金曜日の朝は、少し特別な空気が流れていた。

結月はいつもより早く目を覚まし、キッチンに立つ。
コーヒーの香りが室内を満たすなか、ウッドデッキの先には、今日の主役――庭ダンジョンが広がっていた。

「さて……今日のメニュー、決まってるからね」

毎朝変わるダンジョンの“品目”。今朝は、もちもち桃果、ぷるぷるブルーベリー、ハーブ風味の丸い人参、それにふんわり甘いミルクかぼちゃが実っていた。
結月は一つずつ丁寧に選び取り、かごに収める。

「今日は販売日、記念すべき第一回目」

木の影にぶら下がっていた紙パックのミルクは、ほんのり冷たく、やわらかなバニラの香りがした。
冷たいスープに使えば、甘さが引き立つ。庭からの贈り物で、今日も新しいレシピが生まれていく。

***

看板を出したのは朝九時。

手作りの木の看板は、ウッドデッキの入口脇に立てかけた。
「営業中」と書かれた札を下げ、白いテーブルクロスをかけた机の上に、ジャム・スコーン・果物のゼリー・冷製スープを並べる。

価格も手書きで貼った。すべて小さな紙に、優しい丸文字で。
• 桃果もち:180円
• ブルーベリーの炭酸ゼリー:150円
• ミルクかぼちゃの冷製スープ:250円
• 自家製フルーツシロップ(小瓶):300円

全品、庭の恵みで手作り。
冷たい保冷台に並んだスイーツたちは、午前の陽光に照らされてキラキラと輝いていた。

結月はエプロンの紐を結び直し、深呼吸。
胸の奥がくすぐったく、少し緊張していた。

「大丈夫。ゆっくりやればいい……」

客が来なくてもいい。売れなくても、かまわない。
今日は、“自分のための一歩”だから。

***

「結月さーん、来たわよ~!」

最初に現れたのは、杉田さんだった。
いつもよりお洒落な服をまとい、帽子を斜めにかぶっている。

「わぁ、ちゃんとお店になってる!」

「ありがとうございます。まだ不慣れですけど、よければ見ていってください」

「全部ちょうだい!」

「えっ、全部?」

「冷凍して孫にも送るの。だって、これは他じゃ買えないもの」

結月は笑いながら、注文を包む。小さな紙袋に商品を一つずつ入れ、メッセージカードも添えた。
「本日もありがとうございました。ダンジョンの庭より、結月」

杉田さんはそれを受け取って、ふふっと笑った。

「そのカード、きっと人気になるわよ。ファンがついちゃうかもね」

「そ、そんな……!」

そのときだった。

「すみません、ここって……金曜日にだけお店やってるって、聞いたんですけど……」

声をかけてきたのは、近くの農協職員らしき男性。
杉田さんが言っていた“娘さんを連れてきたい”という話が、すでに地域に広まり始めていたらしい。

「よろしければ、こちらどうぞ。試食もありますので……」

「ありがとうございます! ……うわ、これ、ほんとに農産物なんですか? 味も質感も、市場で扱ってるものとは全然違う……」

「実は……うちの庭で採れたんです」

「あっ、ダンジョン……ですよね?」

「えっ、あ、はい。ご存知で?」

「実は、農協内でも話題になってまして。“食べられるダンジョン”って全国でも唯一じゃないかって。もしかすると、行政がサンプル買い取りを検討してるかもしれませんよ」

思わぬ展開に、結月は目を丸くした。

「そんな、大げさな……!」

「いえ、真面目な話です。災害時の備蓄や、緊急支援食としての可能性を……」

その言葉は、確かに以前上津さんも口にしていた。
「将来的には、国を支える手になるかもしれない」

そんな日が来るとは、まだ思えない。
けれど、たった一人で始めた小さな販売が、ほんの少しずつ人の輪を広げているのは確かだった。

***

正午を迎えるころには、小さな列ができていた。

「ここ、あの“庭ダンジョン”の家ですよね?」

「スコーン残ってますか?」

「冷製スープって、持ち帰りできます?」

口コミが拡がるのは、思ったより早かった。

気がつけば用意していた品はほとんど売り切れ。保冷箱の底には、残り一つのゼリーだけが揺れていた。

「あっ、最後の一個……いいですか?」

「はい、もちろん。今日はありがとうございました」

結月は最後のゼリーを手渡し、ふぅっと息をついた。

風が吹く。庭の葉がさわさわと揺れる。
テーブルの上には空のトレイと、手作りの札だけが残っていた。

「……売れた」

誰に強制されたわけでもない。何かと戦ったわけでもない。
ただ、丁寧に、心を込めて作ったものを人に渡した――そのことが、こんなにも満ち足りた気持ちになるとは思わなかった。

ウッドデッキに腰かけて、結月は遠くを見やった。

夕陽の光が、庭の向こうに差し込んでいる。
明日はまた、新しい一日。何が実るかは、まだわからない。

でも。

「来週も、きっと開けよう。……私のお店を」

彼女の小さなお店は、こうして静かに、確かな歩みを始めた。
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