『ダンジョンの庭でごはんをどうぞ ~主婦、今日も食材採取中~』

きっこ

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第7話「テレビと行政と、ちょっとした覚悟」

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販売から一夜明けた朝。
結月はいつも通り、庭に出て深呼吸した。

今日の空気は少ししっとりしていて、早朝の風が葉を優しく揺らしている。
庭ダンジョンは、いつもと変わらぬ静けさ――けれど、昨日と違うのは、結月の胸の内だった。

「……“売れた”んだよね」

昨日のことを思い返す。
初めての開店、予想を超えた来客、笑顔で「美味しい」と言ってくれた声。
そして、すべての商品が完売したときの、あの胸いっぱいの幸福感。

その余韻を胸に、今日も収穫かごを手に歩き出す。

今朝のドロップは、さくさくした噛み応えの“ナッツメロン”、しっとり甘い“紅茶カスタード果”、そしてふわふわの“スープパン果”。
どれも、パン屋でも見たことがないような名前と質感だ。

「……これ、レシピ考えるのも楽しいけど、名前考えるのも結構好きかも」

そんなことを思いながら、収穫を終え、いつもの記録端末に情報を打ち込む。
国に提出する報告用だが、もはや自分の“ダンジョン日記”のようでもある。

そのとき、スマホが鳴った。

――通知:「国土管理省 特異空間対策局」
担当:上津(うえつ)

「……あ、また何かあったのかな?」

電話に出ると、あの柔らかな関西訛りの声がすぐに聞こえてきた。

『おはようございます、上津です。先日はお疲れさまでした。販売、好評だったようですね』

「ありがとうございます。ちょっと予想外でした」

『で、本題なんですが――実はですね、ちょっと“波紋”が広がってまして』

「……波紋?」

『いや、悪い話じゃないんです。むしろ良い話。ただ、ですね……“テレビ取材”、きてます』

「……えっ」

思わず素っ頓狂な声が出た。

『ほら、昨日販売に来てた農協の方、話が広がっちゃって。どうやら、その場で写真撮って投稿したら、ローカルニュースの記者が食いついたみたいでして』

「う、うそ……」

『もちろん、強制ではありませんよ。ただ、行政としても“防災食資源”としての可能性が注目されてますし、ある程度の認知があった方が支援もしやすいという話が上から出てましてね』

「支援って……?」

『簡易販売所の拡張や、衛生設備の補助金、輸送テスト……。真面目な話、災害が起きたときに“食べられる安全な植物”を安定供給できるって、ものすごい価値なんですよ』

結月は無言になった。

もちろん、その意義はわかる。
自分ひとりで始めたことが、もっと多くの人の役に立つ――それは、きっと素晴らしいことだ。

けれど、頭のどこかで、静かに思っていた。

「この場所は、私と家族と、近所の人たちとの“秘密”であってほしい」
「大きな流れに飲まれず、自分のペースで、少しずつ広げていきたい」

――その静かな願いと、現実のうねりがぶつかりはじめていた。

***

「で、テレビって、ほんとに来るの?」

その日の夜。食後に報告を受けた正樹は、スープ皿を前にしながら眉を上げた。

「うん、まだ断ってるけど、来週の金曜に“見に行くだけ”って連絡が来てる」

「見に行くだけって、たぶんカメラも来るやつだな……」

「だよね……」

「正直、俺は出る必要ないと思う」

「……うん。私も、できれば断りたい」

「でも、協力すれば支援してくれるんだよな?」

「小屋の建設とか、冷蔵設備とか、そういうものね」

二人で黙り込む。

テレビに出たくない。でも、協力すればより多くの人を助けられる。
いま、この家と庭にあるのは、確かに“価値”だった。

「……じゃあ、私だけが出る形で、限定的な紹介ならいいかなって。場所や細かい説明は伏せてもらって、食材の特性だけ伝える」

「なるほど。“支援のための報告”ってスタンスなら、誤解もされにくいかも」

「派手にしたくない。だから、最初からそう伝えるつもり」

正樹は、ふっと笑った。

「やっぱ、結月は強いな」

「え?」

「いや、ほんとに。自分で決めて、ちゃんと説明して、全部受け止めてる。俺だったら逃げたくなるよ」

結月は照れくさそうに笑いながら、小さく呟いた。

「逃げたかったよ、ほんとは。でもね……私、この庭のこと、ちゃんと守りたいの」

***

金曜日。
その日は販売日だったが、午前中に“見に来るだけ”というテレビ局のスタッフと、対策局の上津がやってきた。

「まぁ……これはすごい」

「可視化されてない魔素が、こんなに明瞭に感じられるなんて……!」

上津はいつもの興奮気味な調子で庭を歩き、
一方テレビクルーは、小声で「これは……ほんとに商品なんですか?」と驚いていた。

結月は、小さくうなずいて言った。

「これは、“うちの庭”で育ったものです。でも、それ以上は……紹介できません」

その凛とした言葉に、スタッフたちも神妙な顔をした。
そして――夕方には、すべてのやり取りが終わっていた。

「……必要なぶんだけ、見せる。必要なぶんだけ、助け合う。それで、いいよね」

庭の葉がまた、優しく揺れた。
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