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第8話「放送のあとで、そっと届いた声」
しおりを挟むテレビ放送が流れたのは、販売日の翌日、土曜日の朝だった。
ローカル局の情報番組の一コーナー――「ちいさな未来の芽」。
ほんの数分の特集だったが、“全国初の食材系ダンジョン”という珍しさと、結月の慎ましい語り口が相まって、静かに反響を呼んだ。
とはいえ、バズるような大騒ぎにはならなかった。
地元密着の放送であったことと、場所の特定や詳細情報を一切伏せていたことが功を奏したのだ。
「派手にはならなかったな……よかった」
日曜の朝、食器を洗いながら結月はほっと息をついた。
“静かに、でも着実に”を大事にしたかったから、今の反応はむしろ望んだとおりだった。
ただ、その余波は――思わぬ形で届いていた。
***
月曜の午後。
ポストに、手紙が届いていた。
茶色の封筒に手書きの宛名。「結月様」と丁寧に書かれたその文字は、どこか緊張したようなかすれ方をしていた。差出人の名前はなく、消印は隣県。
中には、一枚の便箋。
はじめまして。テレビで拝見しました。
あなたの言葉に救われた気がして、思わず筆を取りました。
私は、かつて調理師として働いていました。
けれど体を壊し、厨房に立てなくなってからは、料理に向き合うことができませんでした。
食べることも、作ることも、喜びではなくなっていたんです。
でも、あなたが言った「庭の恵みを、毎日ひとつずつ、大事に味わいたい」という言葉が、すごく心に響きました。
一つの素材を、大事に調理して、誰かに届ける。
それは、私が本当にやりたかったことだったと、気づかされました。
お店の名前も、とても素敵です。
あなたのように、誰かの心をほっとさせる料理が作れたら――
そんなふうに、また少し思えるようになりました。
直接行くことはできないけれど、心から応援しています。
ありがとう。
読み終えた瞬間、結月は両手で便箋を包み込んだ。
顔を上げると、窓の外では、庭の草葉がそよいでいた。
何も言わず、何も求めず、それでも――ちゃんと、伝わったのだ。
自分がつくった料理。
自分が立つ、たった一人の小さなお店。
それが、見知らぬ誰かの心をふわりとゆるめることができた。
それが、どんなにうれしいか――胸が、あたたかくなる。
***
次の金曜日。販売日。
開店準備をしていると、ふと見慣れない若い女性が近づいてきた。
おそらく二十代後半、黒髪をひとつ結びにし、落ち着いた雰囲気の女性だった。
「こんにちは。こちら、“ダンジョンの庭でごはんをどうぞ”さんで……合ってますか?」
「はい。よろしければ、どうぞ……あの、以前に来られたことは……?」
「あ、いえ。テレビで拝見して……でも、すぐ来たわけじゃなくて、ずっと悩んでたんです。場所がぼんやりしてたけど、農協の人に偶然ヒントもらえて……」
「そうでしたか。今日はご遠方から?」
「隣町です。……あの、いきなりなんですけど、私、調理師なんです」
「……!」
「体を壊して辞めたんですけど、もう一度、何か作りたくなって……。ここでお手伝いとか、させてもらえませんか?」
一瞬、時間が止まったように思えた。
その声の震えが、便箋の文字と重なって見えた。
「……もしかして、手紙、書いてくださった方ですか?」
女性は目を見開き、そして――ゆっくりとうなずいた。
「はい。あれからずっと迷ってたんですけど、今日、ようやく……来れました」
***
テーブルの上には、その日も庭の恵みが並んでいた。
もちもちした“焼きりんご果”、冷たく光る“すだち水ゼリー”、そしてとろとろの“香草トマトジャム”。
手紙の彼女――安藤さんは、目を輝かせてそれらを一つ一つ見つめていた。
「……本当に、木に成ってるんですね」
「ええ。毎朝違うものが出てくるから、私も飽きないんです」
「すごい……。こんなに面白い素材に囲まれてたら、いろんな料理が作れそう」
「もしよかったら、一緒に作ってみます?」
「えっ、いいんですか?」
「はい。……でも、週に一度しか開いてないので、それでもよければ」
安藤さんは両手を胸に当てて、ぱっと花が咲いたように笑った。
「ぜひ、お願いします!」
そう言って笑う姿は、結月のなかの何かを優しく揺らした。
「“誰かに渡す料理”って、こんなふうに伝わっていくんだな」
たった数分のテレビ放送。
たった一人の言葉。
それだけで、確かに生まれた“つながり”があった。
そしてまた、新しい一日が始まる。
庭には、見たことのない“ふくらみマスカット”が実っていた。
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