『ダンジョンの庭でごはんをどうぞ ~主婦、今日も食材採取中~』

きっこ

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第9話「はじめての共同作業、はじまりのレシピ帳」

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「じゃあ……やってみましょうか、試作」

結月がそう声をかけると、安藤さん――小柄で落ち着いた雰囲気の女性が、ゆっくりとエプロンの紐を締め直した。
庭の先には今日も不思議な果実が実り、風に揺れている。

今日の収穫は、ふんわり白く甘く香る“ミルクもち草”、パリパリとした“バター根菜”、そして、まるでスフレのような柔らかさを持つ“空気たまご果”。

「この“空気たまご果”って……卵じゃないんですよね?」

「うん。割るとふわっとした泡みたいな生地が出てきて、焼くとそのままスポンジになるの。甘さはほんのりで、いろいろアレンジできそうでしょ?」

「まさか、植物からスポンジが取れるなんて……ダンジョンって本当にすごいですね」

安藤さんは感心しきりで、どの素材も手に取っては、質感や香りを丁寧に確かめていく。
その様子を見ながら、結月もどこかくすぐったい気持ちになる。

「安藤さんって……やっぱり、料理するの好きだったんですね」

「……はい。ずっと好きでした。でも、体を壊してからは怖くなってしまって。うまくいかないんじゃないかって思って……」

そう言いながらも、彼女の手は迷いなく、きびきびと動く。
包丁の角度、材料を混ぜるリズム、焼き加減の見極め。長年の経験がしみ込んだ所作は、見ていて心地よい。

「でも、ここに来てから……“作りたい”って思えるようになったんです」

「そう思ってもらえたなら、私……この庭に出会えてよかったな」

***

二人が初めて共同で作ったのは、“ミルクもち草と空気たまごの三層仕立てケーキ”。

ミルクもち草は下層に敷き、ぷるんとした弾力のあるベースに。
その上にスポンジ状の空気たまご果をふわりと重ねて、最後にスプーンでバター根菜のキャラメル煮をちらす。

見た目は不思議だが、口に運べば――

「……これ、やばいですね……」

思わず安藤さんが小声で呟いた。
それくらい、優しい味と不思議な食感のハーモニーが広がっていた。

「“甘さ”じゃなくて“やさしさ”って感じ……なんだろう、説明できないけど、食べた人がきっと“ほっとする”味です」

「これ、次の販売日に出してみませんか?」

「えっ、もう?」

「うん。この味、伝えたい。私、今なら堂々と“誰かのために作る”って言える気がするから」

安藤さんの瞳がほんの少し潤んでいた。
結月はうなずきながら、小さなノートを取り出した。

「この味、ちゃんと残したい。今日からこのノートに、レシピと名前、私たちの気持ち、書いていこう」

「わぁ……素敵ですね、レシピ帳。名前、つけませんか?」

「つけましょう。“庭のひらめき帳”なんてどう?」

「いいですね、それ!」

ふたりのレシピ帳に、最初の一品が記された。

■ No.1:やさしい三重奏(試作名)
【素材】ミルクもち草/空気たまご果/バター根菜
【構成】下:もち草層 → 中:ふわふわ層 → 上:カラメル香
【味の印象】食べた人の心が、少しゆるむようなやさしい味

***

その週の金曜、販売日。
新作は限定10食だけを用意し、シンプルなカードにこう記して並べた。

「今週の“ひらめき”より
やさしい三重奏 350円」

いつもの常連客に加え、新しい顔ぶれもちらほら見える。
テレビ効果がじわじわ効いてきているようだった。

「わっ、これ……すっごくやわらかい!」

「もちもちと、ふわふわと、しゃりしゃりが……重なってる!?」

「名前のとおり“三重奏”ですね。あぁ、癒される……」

客たちの口からこぼれる感想は、結月にとって何よりのご褒美だった。
安藤さんもそっと厨房の奥からのぞいていて、目が合うとお互い小さくうなずき合った。

***

その日の夕方。
販売が終わったあと、ふたりで後片付けをしていると、郵便屋さんがやってきた。

「お届けものですよー。役所からの封筒です」

「……え? あ、はい、ありがとうございます」

差出人には「市商工観光課」の文字。

開けてみると、中には丁寧な文面とともに、一枚の資料が同封されていた。

【ご案内】
「地域うまいものマルシェ」出店のご招待について
―――
このたび、地域内で話題となった食材・商品を紹介する催しを開催します。
販売されている“庭ダンジョン”産のスイーツに強い反響があり、
地元紹介枠でのご出店をお願いできないかと考えております。
ご興味ありましたら、ぜひご連絡ください。

「……マルシェ……出店依頼……!?」

「ついに来ましたね、結月さん」

安藤さんの声に、胸の奥がぽっと熱くなる。

一歩、また一歩。
この場所から始まった毎日は、少しずつ、大きな“輪”になろうとしていた。
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