異世界育児は自宅まかせ ~ネット通販と現代住宅で静かに暮らします~

きっこ

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『硬いパンと、慎重な申し出』

ヴァルトが帰った翌朝、悠真は昨日のパンを温め直し、スープでふやかして口にした。

「うん……やっぱり噛み応えがすごいな」

この世界のパンは、どうやら地球のようなふわふわした食感とは縁遠いらしい。かたく締まった表皮に、中身はもそもそとした素朴な麦の味。焼き直しても、しっかりした噛みごたえが残っている。これをそのまま食べるには、かなりの顎力が要りそうだ。

「ルナにはちょっと無理だな……」

そう呟きつつ、小鍋で温めていた野菜スープにスライスしたパンを沈めていく。時間をかけてふやかせば、赤ん坊でも食べやすくなるだろう。手間はかかるが、工夫次第でどうにでもなる。そういった工夫を凝らせる時間が、今の悠真にはある。

ルナは今日も元気だった。おむつを替え、ミルクを飲ませたあとは、畳に敷いたプレイマットで手足をばたばたと動かしている。目を細めながら見守っていると、家の前でまた誰かの足音が止まった。

「……また来たか」

玄関を開けると、やはり昨日の商人──ヴァルトが立っていた。手には小さな包みをいくつか持っており、今日もにこやかだ。

「おはようございます、志野さん。昨日はおもてなしありがとうございました。少しばかりですが、お礼に街で手に入る薬草と香料をお持ちしました」

「わざわざすみません。でも、ありがとうございます」

丁寧に礼を伝え、家に招き入れる。ヴァルトは今日も靴を脱ぎ、慣れないスリッパを履きながら、感心したように廊下を歩いた。

「何度見ても、面白い造りですね。素材も技術も、まるで見たことがない。まるで“別の国の貴族の別荘”のようだ」

「実際、そう見えてるのかもしれませんね」

応接間に案内し、昨日と同じく紅茶とクッキーを用意する。ヴァルトは席に着くなり、湯気の立つティーカップを見つめ、うれしそうに鼻を鳴らした。

「この香り……ふむ、やはり良いものですね。地元の茶葉とも花茶とも違う。少しだけ果実のような甘い香りがある」

「いわゆる“紅茶”ってやつですね。甘みは砂糖のせいかもしれません」

「なるほど。いやあ、なんとも贅沢なひとときだ」

ヴァルトはクッキーを口に運びながら、ほっとしたように肩の力を抜いた。

「これも、実に軽やかで……菓子というより“ご馳走”に近い。うちの孫娘にも食べさせてやりたいものです」

悠真は少し考えてから言った。

「もしよければ、少しだけならお分けしても大丈夫です。紅茶もクッキーも、定期的に入手できる手段があるので、たとえ無くなっても補充できます」

「おや、それはありがたい話ですな。とはいえ、こちらとしてもお代なしでは申し訳が立ちません」

そう言って、ヴァルトは革の袋から小さな包みを取り出した。中には、淡く光を帯びた黒い石──陽精石が三つ。

「これは“陽精石”と呼ばれるもので、照明器具や小さな火起こし道具などに使われる魔道具の素材です。夜間の備えに一つあると重宝します」

悠真は石を受け取り、試しに両手でこすってみた。すると、ぼんやりと青白い光が表面ににじむ。

「なるほど、これは便利ですね……」

「大した物ではありませんが、紅茶や菓子と等価で考えるならば、私としてはむしろお得かと」

悠真はしばし考えた。

(換金のことは……軽々しく話せることじゃない。信用できる人じゃないと)

だが、ヴァルトの態度は誠実だった。彼は無理に交渉を押し付けるでもなく、あくまで“気に入ったから分けてほしい”という好意の延長で申し出ている。

「分かりました。それでは、クッキーを五枚ほど、紅茶も二杯分ほど。少量ですがお渡しします」

「感謝いたします」

ヴァルトはにこやかに受け取り、小さな木箱にそっと収納した。

「お取り扱いにはご注意ください。湿気や直射日光には弱いです」

「心得ております。志野さんは丁寧ですな。商いに向いておられる」

「いえ、こういうのは初めてなので。まだまだ手探りです」

しばらく紅茶を楽しんだあと、ヴァルトは小さな地図を差し出した。

「こちらは街の簡単な案内図です。お暇ができたとき、訪ねていただければと思いまして。連絡を取れる店の印もつけてあります」

「ありがとうございます。助かります」

地図には、街の構造や通りの名前が丁寧に書かれていた。だが、どこにも“領主”や“役所”の名はなかった。ただ、商人の名と屋号、連絡先が記されているだけだった。

(思ったより、ちゃんとした人だったな……)

悠真は内心、やや肩の力が抜けた。相手がいきなり物をせがんできたり、馴れ馴れしく詮索してくるような人物でなかったことが、何より嬉しかった。

帰り際、ヴァルトはそっと手提げ袋から布包みを取り出した。

「それと、こちらはお子さん用に。街の薬師が調合した、赤子向けの胃薬です。ときどき吐き戻しがあるとのことでしたので」

「……ありがとうございます」

薬草の独特な香りがする包みを手に、悠真は思わず小さく頭を下げた。誰かが、こうして気にかけてくれるというのは、思った以上に心に沁みる。

「また数日後に伺います。何かあれば、どうぞ気軽に」

ヴァルトはそう言って帰っていった。その背を見送りながら、悠真はまた新しい世界との一歩を感じていた。

紅茶の香りが残る応接で、ルナがくすりと笑った。

「お前も……この世界が少しずつ好きになってきたか?」

そう問いかけるように、悠真も微笑み返す。

世界はまだ広くて未知だけれど、ゆっくりと丁寧に、築いていけるかもしれない。
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感想 3

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みんなの感想(3件)

halu
2025.08.27 halu

優しさがあって癒される物語は私生活が忙しい身としては心が和らぎます。
まだ2作しか読ませてもらってないのですが、楽しみにしています。
暑い日が続きますので無理をされないよう応援しています。

2025.08.27 きっこ

感想ありがとうございます。
お忙しい中読んでいただけて嬉しいです♪
お身体にお気をつけて

解除
ひとみ
2025.07.03 ひとみ

今までとは違って冒険ぽい感じが少しあるような気がしますが、そのなかにもおもてなし等の優しさがあって好きです

2025.07.03 きっこ

感想ありがとうございます。
今までと雰囲気が違いますが、気に入っていただけたら嬉しいです。

解除
ひとみ
2025.06.28 ひとみ

新作嬉しいです
ちょっと今までとは違う感じですが全ての作品に共通する主人公がやさしいというのは一緒ですね
そしてある意味チート 大好きです

2025.06.28 きっこ

感想ありがとうございます!大好きと言っていただけて嬉しいです☺️作者はこういう系統のお話も大好きでして…読んでいただけるとありがたいです!

解除

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