『本の中の世界が現実に? 主婦、ちょっとだけ異世界じみた生活はじめました』

きっこ

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第18話 『贈る気持ちの棚から』

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それは、ほんのささやかな変化だった。

ある夜、ページをめくった《雑貨製作場》の一角に、新しい棚が増えていた。

木目のやさしい引き出し棚。
引き出しのひとつひとつには、可愛らしい小さなタグがついていて、

“For Letters”(手紙用)
“Seasonal Gift”(季節の贈りもの)
“Celebration”(お祝い)

結月はそっと指を伸ばし、「Seasonal Gift」の引き出しを開けてみた。

中にあったのは――淡い春の便箋と封筒のセット。

紙の色は、柔らかな桃色と新芽の緑。
封筒の内側には、桜の花びらをモチーフにしたパターン。
触れると、紙そのものがふんわりと香る。
レモンバーベナと白い花をブレンドした、気持ちが澄み渡るような香り。

「……これだけで、もう贈り物だね」

誰かにあてて言うわけでもなく、思わずこぼれた独り言だった。



次に選んだのは、小さなお祝い袋。

ぽち袋よりも少し大きめで、折り紙のように可愛く折りたためる構造。
梅柄、矢羽根柄、市松模様――和のテイストをベースに、結月らしいナチュラルな配色が揃っていた。

中に忍ばせるのは、香りのしおりやメッセージカード。
「贈ること」そのものが楽しくなるような、小さな工夫たち。

(たとえば……「ありがとう」を伝えるためだけの袋って、すごく素敵だな)



土曜日の午後。

結月は、庭の花を一輪だけ摘んで、小さなガラス瓶に挿した。
テーブルの上には、便箋と封筒、そして作りたてのお祝い袋。

陽菜が、隣で折り紙をしている。

「ママ、これなにするの?」

「来週ね、ご近所さんのおばあちゃんが、お誕生日なんだって。
いつも通り道で“こんにちは”って笑ってくれるから、
ちょっとだけ、ありがとうの気持ちを伝えたくてね」

「それ、いいねっ!わたしもおてがみ書いていい?」

「うん、一緒に入れようね」



封筒に入れたのは、やさしい香りと小さな手紙。
そして、陽菜が描いた“ありがとう”の文字と、おばあちゃんの顔。

その夜、便箋にそっと添えた一文は――

“この香りが、やさしい春の風のように、あなたに届きますように。”

(必要としてくれている人に、ほんのすこし届けばいい)

そう思いながら、封筒の口を閉じた。



月曜日の午後。

いつものように買い物帰り、あの道角で会ったおばあちゃんが、
いつもより少しだけ目を赤くして、結月に笑いかけた。

「このあいだの……ありがとうね。
封を開けた瞬間に、桜の香りがふわっとしてね、
ああ、春が来たなって、思ったのよ」

「気づいてもらえて、うれしいです」

おばあちゃんは陽菜にも声をかけてくれた。

「あなたが描いてくれた絵、台所に飾ってるのよ。見るたび、ほっとするの」

陽菜は照れくさそうに笑いながら、手をふっていた。



その晩。
《雑貨製作場》の“ギフト棚”には、またひとつ新しい引き出しが加わっていた。

そのタグには、こう書かれていた。

“For Someone’s Smile”(誰かの笑顔のために)

結月は、その引き出しに手を伸ばす。

まだ中身は空っぽだったけれど、
ここに何を入れていこうか――そんな想像をするだけで、心がすっと軽くなった。

(“笑顔のための雑貨”……私がいちばん作りたいものかもしれない)
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