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第3話 バイヤースキル、進化す──そして最初の信頼を仕入れる
しおりを挟む「おーい、こっちだ。こっから入れ」
案内されたのは、畑の隣に建てられた石造りの小屋だった。
素朴な作りだが、火の気はあり、風も入ってこない。住まいというよりは作業小屋といった印象だが、座って休むには十分だった。
案内してくれたのは、ぶっきらぼうだが親切な中年の農夫。
手慣れた動作で棚から干し肉と水差しを取り出し、卓に置く。
「腹減ってんだろ。悪いが、うちにゃこれしかねえ」
「……ありがとう」
俺は椅子に腰を下ろし、干し肉を一口かじった。
固くて塩辛く、水がなければ飲み込むのもきついが、しっかりと噛めば脂の旨味がじわりと出る。
スライムのジェルは小屋の外に控えている。何も言わなくても、村の中では控えるべきだと察しているようだった。
(……静かだな)
この世界に来てまだ一日。言葉こそ通じるものの、風の匂いや土の手触りは、やはり馴染みのない異質なものだった。
けれど、今ここにある静寂には、どこか懐かしい安らぎもあった。
──そのとき。
「うわっ! 血ィ出てる! おい誰かー!」
外から怒声と人の走る音が重なる。農夫が椅子を蹴るようにして立ち上がる。
「ちょっと待ってろ!」
俺も立ち上がり、そっと小屋を出た。
畑の奥で、若い農夫がうずくまっていた。足元には倒れた鋤。恐らく、作業中にバランスを崩し、刃先で足を切ったのだろう。
足の甲に走る裂傷から、血がどくどくと溢れていた。周囲の者たちが布を巻いて止血を試みているが、焦りと混乱で動きはばらばらだ。
「薬なんかねぇぞ!」
「くそっ、止まらねぇ!」
周囲の混乱をよそに、俺は無言で前へ出た。
ブレスレット型のスキル端末に指を添えると、青白いウィンドウが展開される。
そのとき、ふっと新しい文字が浮かび上がった。
【バイヤースキルがレベルアップしました(スキル+)】
→ 即時配達・無料使用可能になりました。
(……そういう仕組みか)
まるで、手持ちの武器が突然進化したような感覚だった。
この“世界”は、状況に応じて力を与えてくれるのかもしれない。
【バイヤースキル】
→ 応急処置セット(滅菌済)
即座に選択。目の前に白いポーチが転送されてくる。
俺は無言でポーチを開き、手袋を装着。スプレーを噴き、出血箇所を押さえ、滅菌ガーゼを被せ、止血パッドと包帯で固定する。
作業は三分もかからなかった。
「おい……お前、今……何をしたんだ……?」
中年農夫が茫然としたように言った。
「……道具が、あった。それだけ」
「それだけ、って……どこから出てきたんだ、その道具は」
「仕入れた。届ける。それが……仕事だった」
言葉数は少ないが、それ以上は必要なかった。
やがて、農夫の視線が俺の腕のブレスレットに移る。
「坊主、お前……この村に、しばらくいてくれないか?」
「……いいの?」
「ああ。こっちから頼む。お前がいれば、命が助かるかもしれねぇ」
そのとき、農夫は小さな袋から、銀色に光る硬貨を取り出した。
「……大したもんじゃねえ。だが……受け取ってくれ。せめてもの礼だ」
渡されたそれは、小銀貨だった。
控えめな光沢の中に、丁寧な紋章の刻まれた、重みのある金属片。
「……飴玉すら、今じゃこれじゃ買えねえ。それくらい、砂糖は贅沢品だ。だけど……これが、うちの限界だ」
(それでも渡してくるのか)
俺はしばし指の中でその硬貨を見つめてから、静かに頷いて受け取った。
「……ありがとう。大事にする」
それだけしか言えなかった。けれど、それで十分だったと思う。
◆
夜。
焚き火台にぱちぱちと薪がはぜる音を聞きながら、俺はジェルの上で身体を伸ばしていた。
空気は冷たいが、スライムの温もりが全身を包んでくれる。かすかに湿った香りが心地いい。
明日の準備をするべく、ブレスレットに指を当てる。
【カタログスキル】起動
→ 配達は翌日・無料
(食べ物を、仕入れよう)
今日の干し肉の味、農夫たちの言葉から考えて、この世界では「おいしくて保存できる食べ物」が手に入りづらい。
甘味も貴重で、味付けも単調。ならば――
「検索:保存食」
一覧が開かれる。候補の中から、使ったことはなくても売れそうな商品を選ぶ。
→ やわらかパン缶(プレーン・チョコ・あん)
→ フルーツゼリー(パウチ入り・果汁使用)
→ 栄養バー(チョコ・ナッツミックス)
→ レトルトスープ(ミネストローネ・ポタージュ)
→ ドライフルーツミックス(無添加)
すべてカタログスキルで注文可能な、地球産の“おいしい保存食”。見た目も香りも、味も、きっとこの世界では価値がある。
【注文受付完了】
【配達予定:翌朝】
(これでいい)
明日届くそれらが、この村の誰かの笑顔になるかもしれない。
商品を通じて繋がる信頼。それが、バイヤーである俺の“武器”だ。
眠気がゆっくりと身体を包む。ジェルが、体をゆるやかに支えてくれる。
俺は目を閉じた。
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