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第一話『コンビニごと、異世界です』
しおりを挟む――深夜2時。
「コンビニつばき屋」は、ひっそりと夜を迎えていた。個人経営の小さなコンビニは、駅から遠い住宅街の片隅で、街灯すら頼りないような通りに店を構えている。
店主の椿翔也(つばき・しょうや)は、レジの奥に座って帳簿を付けながら、伸びをひとつした。
「……今日はやけに静かだな」
ぽつりと呟いた時だった。
唐突に、店内の照明が一斉に明滅し、端末の画面が勝手に点灯する。
「ん? 故障か……?」
思う間もなく、真っ白な光が店内を満たした。
一瞬の無音――
そして次に目を開けたとき、翔也は見慣れない景色に立ち尽くしていた。
コンビニの外に広がっていたのは、アスファルトでもコンクリートでもない、土と石畳の道。瓦ではなく藁葺きの屋根。通りには牛の引く荷車が音を立てていた。
「……なんだこれ、セットか?」
冗談めかした声が喉の奥で消える。空は青く、空気は澄んでいた。
まるで映画の世界、いや、ゲームの中にでも入ったような――
再び端末が点滅し、文字が浮かび上がった。
【異世界転移完了】
店舗名:つばき屋
所在地:リューガルド王国 東辺境村・ヴェルツ近郊
現在の店舗レベル:Lv1(既存仕入れ先のみ利用可)
翻訳スキル:未取得
レベルアップ条件:売上、評判、信頼度の向上
「うそだろ……」
それが最初の感想だった。だが、戸惑っても仕方がない。
彼の目の前には、変わらぬ店内。商品棚にはカップ麺もパンもある。電源も入っている。
つまり、“営業”はできる。
問題は――外だ。
•
午前4時を回った頃。
コンビニの明かりに惹かれたのか、外には人影が現れ始めた。
まず現れたのは、小さな子供たち。汚れた服を着て、靴も擦り切れている。
「……?」
何を話しているのかは分からない。ただ、ガラス越しに店内を興味深そうに覗いている。
翔也はためしに、入り口のドアを開けた。自動ドアは手動になっていたが、問題なく開く。
子供たちは一歩下がった。怯えている様子ではないが、警戒はしている。
翔也は、にこりと笑って手を振ってみせた。言葉は通じなくても、笑顔は伝わるはずだ。
そのまま店内の冷蔵棚から、期限が近いミルクパンをひとつ持って出た。包装のまま、しゃがんで手渡すように差し出す。
「ほら。食ってみ?」
少年の一人が、おずおずと手を伸ばす。包装を見て戸惑っていたが、袋を開けて香りを嗅いだ瞬間――
ぱくっ、と一口食べた。
次の瞬間、目がまるくなり、言葉にならない声が漏れる。
「……うまいって顔だな」
少し安心した翔也は、子供たちが逃げる素振りを見せないことを確認しながら、ドアを開け放してみた。
すると、子供たちは少しずつ近づき、店内をそっと覗き込むようになった。
•
その日の午前中、村の大人たちもちらほらと現れ始めた。
最初に来たのは、年配の女性。身なりは粗末だが、目は鋭く、慎重そうな人だった。
「あの子たちがパンをもらったと聞いてな……ここは、何屋だ?」
言葉が不思議と通じているわけではない。ただ、翔也の耳には“意味”として伝わってきた。
これは、あの端末にあった「翻訳スキル未取得」という文字の意味かもしれない。
なんとなく雰囲気で意思疎通ができているだけで、細かい言葉は理解できない。
翔也は、両手を開いて商品棚を指しながら「食べ物屋」であることをアピールした。
そして、レジのそばにいた小さな少年――先ほどのミルクパンの少年――に目を向けた。
彼は、翔也の手の合図ひとつで、得意げに棚を指さして紹介し始めた。
「お……通訳代わりになってる?」
翔也は静かに考えた。
彼には家がないのだろうか?着ている服は変わらずぼろぼろで、手足には泥が付いている。
「……ねぇ、ちょっと手伝ってくれないか」
身振り手振りで「ここを手伝ってくれたら、お礼に食べ物をあげる」と伝えると、少年は目をきょろきょろさせながらも、こくんと頷いた。
翔也は笑って、小さなエプロンを棚の奥から引っ張り出して渡す。
「よろしくな、店員さん」
•
それから一日がかりで、翔也は商品を一つひとつ並べなおし、ポップを描いて貼っていった。
少年は近くを通る村人に「これが売ってる」「食べられる」「怪しくない」と、一生懸命アピールしてくれていた。
おかげで、村人の数は少しずつ増えた。
だが、それでも商品が売れる気配はなかった。
恐る恐る覗いて、話を聞いて、試しに中を見て、帰っていく――
それの繰り返し。
「まあ、そう簡単には売れんか」
そうぼやいたとき、少年がレジ前にやってきた。
両手には、真剣な顔で選んだであろう「ツナマヨおにぎり」と「フルーツゼリー」があった。
翔也は静かに笑って、そのまま袋に詰めた。
「よし、今日のバイト代な」
少年は、両手いっぱいにおにぎりとゼリーを抱えて、何度も頭を下げた。
その姿を見ていた村人たちの目に、わずかながら好奇心と“信用”の色が浮かびはじめた――
•
夕暮れ時、ついに最初の“本当の販売”がやってきた。
レジ前に、硬貨を握った若い女性が立った。
手には「揚げせんべい」と「麦茶ペットボトル」。
「これ……欲しい。これで……足りる?」
翔也はレジに商品を通し、にっこりと微笑んで頷いた。
【売上成立】
初回販売成功:翻訳スキル(常時)解放
以後、全ての会話が意味として理解可能になります。
「お買い上げ、ありがとうございます」
その言葉が、はっきりと通じた。
女性は驚いたように目を丸くし、そして微笑んだ。
翔也は思った。
――地道でも、信頼は築ける。
ここでも、やっていける。
明日もまた、この不思議な“店”に、誰かが訪れてくれるだろう。
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