リーベストランクの処方箋

柊四十郎

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磯貝友梨・第三章 お節介

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 ひとしきり泣いたあと、アタシは涙と鼻水で無惨な事になった顔を上げた。
「人に会うんだった……!」
 成瀬イゾルテ、リーベストランク。
 まるでハッシュタグのようにアタシの頭に浮かびあがった。
 涙というのは厄介なもので、泣くと目が腫れる。
 アタシは特に顕著なようで、すぐに腫れあがる。
 涙腺に溜まった涙の塩分で炎症を起こすことが原因だと、どこかで聞いたことがある。
 気休めだが、冷やすくらいしかやることは無いらしいが、時間がない。
 アタシはボックスからティシュを大量に引き抜いて、無惨な顔を丹念にかつ荒々しく拭き上げる。
 五年分は泣いたと思えるほどに涙を流したアタシの気分は晴れていた。
 センチメンタルなあの人への想いは、涙と共に溢れ出て、ティシュに包まれてゴミ箱へと叩き込まれた。
 元々切り替えは早い。
 まだ胸の奥に燻る火種のようなあの人への残影のようなものを、四つに畳んで心の奥底にねじ込んだアタシは、多分もういつものアタシ。
 少し無理をしている?
 そりゃするさ。
 男と別れて泣いたのなんて初めての事である。
 今までとは何か違う、語彙力のないアタシには上手に表現できないが、そんな人であったのだろう。
 無理でもしないと身が持たない。
 ピシャリと、自分の尻に鞭打つ気持ちで椅子から立ち上がる。
 まあ、気晴らしに出かけよう。
 ちょうど予定もある。
 泣いて腫れた目は、去年買ったジルスチュアートのサングラスで隠せばいい。
 さて、化粧でもしよう。
 両掌で、両方の頬を軽く二回叩いて、アタシはドレッサーのある寝室に向かって歩いていった。

 車に乗り込んだ途端に、携帯が着信を告げた。
 この急いでる時に誰だ? とアタシはカバンからスマホを取り出し、着信を告げるその画面に視線を投げかける。
 『葦原千都世あしはら ちとせ
 画面に現れたその名前に、アタシはピンときた。
 お節介め!
 とアタシは着信には答えず、見たくないものをしまい込むようにカバンの奥にしまい込んだ。
 彼女はアタシと同期入社。
 まあ、会社で一番仲がいい。
 プライベートで旅行に行くほどの仲。
 そして、彼をアタシに紹介した張本人でもある。
 チトセに泣きついたんだな。
 面倒見が良いと言うか、お節介と言おうか……。
 車のエンジンに火を入れて、少し暖める。
 お気に入りの歌を着信音に設定しているのに、カバンの奥から聞こえるそのメロディーが、耳に障る。
 しつこい女だな、と眉をひそめながら、アタシはカバンの底からスマホを取り出す。
 有機LEの無機質なはずのディスプレイは、まるで受話を迫るチトセの顔が浮かんでくるかのように、煌々と明かりを放つ。
 根負けしたアタシはため息を一つ。
 そして電話に出る。
 非常に悔しいが、あの女のしぶとさはよく知っている。
「磯貝、あんたさぁ!」
 モシモシ、も言わせない。
 その鋭く尖った声にアタシは苦笑した。
 いや、するしかない。
 あー、怒ってるわぁ……。
 と。
「なんだよ? アタシがどうした?」
 アタシは元々口が悪い。
「どうもこうもない! あんた栗原さんと別れたんだって」
 まあ、その話だろうとは思っていたよ。
 タイミング的にそれしかない。
 栗原かぁ。
 そういやそんな苗字だったな。
 元彼の事、タツヤって呼んでたからなんか久々で新鮮な気がした。
「別れたよ」
 アタシは努めて素っ気なく答えた。
「で、アンタのその剣幕とそのことの関連性は?」
「はあ? 本気で訊いてんの?」
 呆れた様なチトセの声、そしてアタシに答える暇を与える間もなく
「栗原さんが泣きながら私に電話してきたんだよ。何やってんのあんた! あんないい物件そうはないよ⁈」
 と、まくしたてる。
 物件、って。
 家じゃあるまいし、とアタシはクスリと笑う。
「おせっかいだね、チトセも」
 ため息混じりにそう答えた。
 別れた女の親友にそんなことで泣きついて、アタシがどう思うかとかわかんないかな?
「私にも手前ってもんがあるのよ! だいたいさ、あんたら幸せそうだったじゃん?」
「そう、だっただけだよ。だった、わけじゃない」
「知らんし!」
 なら言うなよ、とアタシは苦笑してしまう。
「とにかくさチトセ、アタシ今から用事で出るからさ。オマエの相手は帰ってきてからしてやるよ」
 アタシはまだなにか喚いているスマホの終話アイコンを人差し指でトンッとついてお構いなしに通話を終了させた。
「まったく」
 あの優柔不断もお節介焼きもアタシの気持ちはまるで考えていない。
 少しはそっとしておけよ。
 そんな気持ちを乗せたかの様に、アタシはスマホを助手席のシートに放り投げ、車をゆっくりと発進させた。
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