リーベストランクの処方箋

柊四十郎

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磯貝友梨・第二章 独白

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 日曜の朝。
 なんとも希望と喜びに満ち満ちた朝であるが、日の陰る頃になると気が滅入ってくるという複雑な曜日である。
 アタシはベットの上に座り、寝起きの頭をフラフラさせながら、どうにも開ききらないまぶたと格闘していた。
 どういう訳だか、今日の午後に成瀬イゾルテと、会う運びとなった。
 なんでも、占いの様な、まじないの様なとにかくそんなスピリチュアルな商売で生計を立てているらしい。
 元々、そんなモノに興味のないアタシは丁重にお断りしたのだが、丁寧に押し切られて、断れなくなった。
 めんどくせぇな、といとも簡単に成瀬イゾルテの圧に負けてしまった昨日の自分を恨みながら、モソモソとベッドから這い出る。
 大きな欠伸を、一つ。
 背伸びをしながらコーヒーを淹れにキッチンへ向かう。
 途中、何故だか床に落ちていたスマホをサルベージする。
 キッチンに到着したアタシは、戸棚からジェズヴェを取り出す。
 別名イブリックとも呼ばれるこの小さな手鍋は、トルココーヒーを淹れるための器具。
 別にコーヒーにこだわりはないのだけれど、ハタチの頃に付き合っていたトルコかぶれの男が飲んでいたものが、たまたまアタシの口に合った。
 以来、アタシはこの一見すれば唯のズボラとしか思えない淹れ方のコーヒーを愛してやまない女になった。
 さて。
 と、ティースプーンに山盛り一杯にすくい上げた細かく挽かれたコーヒーをジェズヴェに放り込む。
 そしてアタシはデミタスカップにウォーターサーバーの水を注ぐ。
 その水をジェズヴェに注意深く注ぐ。
 この時、水は多すぎてはいけない。
 約100ml。
 そして、それを中火のコンロにかける。
 順調にジェズヴェが熱されているのを確認して、アタシはキッチンカウンターに手をつき、腰を預ける。
 カウンターの上に置いたスマホを手に取とる。
 LINE十五件。
 着信八件。
 アタシは左の掌で目を覆う。
 そのまま、顔を上げて親指と中指で両のコメカミをもみだす。
 参った時のアタシのクセ。
 そういや、おっさんくさいってよく注意されたな。
「うぜえ……」
 そう呟いて、アタシはスマホをまたカウンターの上に戻した。

 トルココーヒーの苦味とコクが、アタシの頭をシャッキリとさせてくれた。
 時計を見る。
 午前九時十二分。
 成瀬イゾルテとの約束は十三時。
 家を出るにはまだ二時間近く余裕がある。
 テレビをつけて、一通りチャンネルを巡ってみたが、さすが日曜日。
 つまらないのでテレビを消す。
 ふと、カウンターの上のスマホがアタシの目の端にチラついた。
「アンタは不便で身勝手な機械だわ」
 と斜に構えたような事をスマホ呟きながら、手を伸ばして手に取った。
 彼からのLINE。
 十五件。
 暇で必死かよ、とあの柔和な顔を頭に描く。
 男らしくなんてそんな事はそうそう求めてないのだけれど、上下右左前後くらいは明確にして、アタシの腕を引っ張ってくれていれば、それで良かったんだけどね。
 アタシがアンタの腕を掴んで引っ張ってたよね。
 アンタ幸せそうに苦笑いしてたけど。
 いつも引っ張られて、アンタが後ろから見てたアタシの背中はね、いつの頃からか寒々としてたのよ。
 LINEのメッセージを開く。
 そしてアタシは目を閉じる。
 アタシへの愛の言葉と、アタシに憐憫を促そうとする言葉。
 そうじゃないんだよ。
 そんなのは求めてない。
 今アンタが目の前に座ってたなら、アタシはアンタを引っ叩いてるよ。
 メッセージを読み連ねていく。
 そして、彼からの最後のメッセージにたどり着く。
『俺に悪いところがあるんなら、努力する。だから、最後にもう一度だけ話がしたい。友梨と話をするチャンスを!』
 そういうとこだよ!
 卑屈になるんじゃないって。
 話があるから出てこい、とは言えない彼を焦ったく思いながら、アタシはスマホをリビングのテーブルに放り投げた。
 会うかよ。
 と、右手で頬杖をついて、アタシは窓の外の空を見る。
 だいたい。
 アンタは悪くない。
 身勝手でワガママなアタシをアンタは受け入れてくれたのに、気立の良い優柔不断なアンタにイラついてたアタシが悪い。
 そんなのはわかっている。
 でも、アンタが思ってる以上にアタシはか細いんだよ。
 でも、そんなか細いアタシが寄り掛かろうにも、柳の枝みたいにゆらゆらしてしなるばかりのアンタじゃ不安になる。
 アタシは尻に敷きたいタイプじゃないの。
 そっと寄り添って、アナタを支える添木の様な女でいたいの。
 でもね、それもワガママなのかなって思う。
 アンタみたいな優しい人、そうはいない。
 アンタみたいにアタシを包んでくれた人はいなかった。
 アタシはアンタに甘えてた。
 ギャーギャー喚いてアンタに甘えてたんだ。
 それすらかわいいって言ってくれてたのにね。
 目と目の間が熱くなり、視界が歪みだした。
 泣いている。
 と気づいたが、アタシは溢れる涙を拭おうともせず、空を見つめる。
 雲ひとつない秋の高い空は、優しい光で世界を照らしている。
 アタシは、未だ彼が好きだ。
 おそらくは、大好きだ。
 でも、好きだけでなんともならないことも分かっている。
 アンタは甘やかして、アタシをそれに甘えてしまう。
 それは正常な人と人の関係とはいえない。
 だから、アナタとはもう居れない。
 もう、会えない。
 会ってしまえば。
 次はもうアナタを誰かに取られたくなくなる。
 だって、もうこんなに会いたいの……。
 そしてアタシは、顔を覆って泣き出した。
 
 
 
 
 
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