3 / 4
磯貝友梨・第二章 独白
しおりを挟む
日曜の朝。
なんとも希望と喜びに満ち満ちた朝であるが、日の陰る頃になると気が滅入ってくるという複雑な曜日である。
アタシはベットの上に座り、寝起きの頭をフラフラさせながら、どうにも開ききらないまぶたと格闘していた。
どういう訳だか、今日の午後に成瀬イゾルテと、会う運びとなった。
なんでも、占いの様な、まじないの様なとにかくそんなスピリチュアルな商売で生計を立てているらしい。
元々、そんなモノに興味のないアタシは丁重にお断りしたのだが、丁寧に押し切られて、断れなくなった。
めんどくせぇな、といとも簡単に成瀬イゾルテの圧に負けてしまった昨日の自分を恨みながら、モソモソとベッドから這い出る。
大きな欠伸を、一つ。
背伸びをしながらコーヒーを淹れにキッチンへ向かう。
途中、何故だか床に落ちていたスマホをサルベージする。
キッチンに到着したアタシは、戸棚からジェズヴェを取り出す。
別名イブリックとも呼ばれるこの小さな手鍋は、トルココーヒーを淹れるための器具。
別にコーヒーにこだわりはないのだけれど、ハタチの頃に付き合っていたトルコかぶれの男が飲んでいたものが、たまたまアタシの口に合った。
以来、アタシはこの一見すれば唯のズボラとしか思えない淹れ方のコーヒーを愛してやまない女になった。
さて。
と、ティースプーンに山盛り一杯にすくい上げた細かく挽かれたコーヒーをジェズヴェに放り込む。
そしてアタシはデミタスカップにウォーターサーバーの水を注ぐ。
その水をジェズヴェに注意深く注ぐ。
この時、水は多すぎてはいけない。
約100ml。
そして、それを中火のコンロにかける。
順調にジェズヴェが熱されているのを確認して、アタシはキッチンカウンターに手をつき、腰を預ける。
カウンターの上に置いたスマホを手に取とる。
LINE十五件。
着信八件。
アタシは左の掌で目を覆う。
そのまま、顔を上げて親指と中指で両のコメカミをもみだす。
参った時のアタシのクセ。
そういや、おっさんくさいってよく注意されたな。
「うぜえ……」
そう呟いて、アタシはスマホをまたカウンターの上に戻した。
トルココーヒーの苦味とコクが、アタシの頭をシャッキリとさせてくれた。
時計を見る。
午前九時十二分。
成瀬イゾルテとの約束は十三時。
家を出るにはまだ二時間近く余裕がある。
テレビをつけて、一通りチャンネルを巡ってみたが、さすが日曜日。
つまらないのでテレビを消す。
ふと、カウンターの上のスマホがアタシの目の端にチラついた。
「アンタは不便で身勝手な機械だわ」
と斜に構えたような事をスマホ呟きながら、手を伸ばして手に取った。
元彼からのLINE。
十五件。
暇で必死かよ、とあの柔和な顔を頭に描く。
男らしくなんてそんな事はそうそう求めてないのだけれど、上下右左前後くらいは明確にして、アタシの腕を引っ張ってくれていれば、それで良かったんだけどね。
アタシがアンタの腕を掴んで引っ張ってたよね。
アンタ幸せそうに苦笑いしてたけど。
いつも引っ張られて、アンタが後ろから見てたアタシの背中はね、いつの頃からか寒々としてたのよ。
LINEのメッセージを開く。
そしてアタシは目を閉じる。
アタシへの愛の言葉と、アタシに憐憫を促そうとする言葉。
そうじゃないんだよ。
そんなのは求めてない。
今アンタが目の前に座ってたなら、アタシはアンタを引っ叩いてるよ。
メッセージを読み連ねていく。
そして、元彼からの最後のメッセージにたどり着く。
『俺に悪いところがあるんなら、努力する。だから、最後にもう一度だけ話がしたい。友梨と話をするチャンスを!』
そういうとこだよ!
卑屈になるんじゃないって。
話があるから出てこい、とは言えない元彼を焦ったく思いながら、アタシはスマホをリビングのテーブルに放り投げた。
会うかよ。
と、右手で頬杖をついて、アタシは窓の外の空を見る。
だいたい。
アンタは悪くない。
身勝手でワガママなアタシをアンタは受け入れてくれたのに、気立の良い優柔不断なアンタにイラついてたアタシが悪い。
そんなのはわかっている。
でも、アンタが思ってる以上にアタシはか細いんだよ。
でも、そんなか細いアタシが寄り掛かろうにも、柳の枝みたいにゆらゆらしてしなるばかりのアンタじゃ不安になる。
アタシは尻に敷きたいタイプじゃないの。
そっと寄り添って、アナタを支える添木の様な女でいたいの。
でもね、それもワガママなのかなって思う。
アンタみたいな優しい人、そうはいない。
アンタみたいにアタシを包んでくれた人はいなかった。
アタシはアンタに甘えてた。
ギャーギャー喚いてアンタに甘えてたんだ。
それすらかわいいって言ってくれてたのにね。
目と目の間が熱くなり、視界が歪みだした。
泣いている。
と気づいたが、アタシは溢れる涙を拭おうともせず、空を見つめる。
雲ひとつない秋の高い空は、優しい光で世界を照らしている。
アタシは、未だ元彼が好きだ。
おそらくは、大好きだ。
でも、好きだけでなんともならないことも分かっている。
アンタは甘やかして、アタシをそれに甘えてしまう。
それは正常な人と人の関係とはいえない。
だから、アナタとはもう居れない。
もう、会えない。
会ってしまえば。
次はもうアナタを誰かに取られたくなくなる。
だって、もうこんなに会いたいの……。
そしてアタシは、顔を覆って泣き出した。
なんとも希望と喜びに満ち満ちた朝であるが、日の陰る頃になると気が滅入ってくるという複雑な曜日である。
アタシはベットの上に座り、寝起きの頭をフラフラさせながら、どうにも開ききらないまぶたと格闘していた。
どういう訳だか、今日の午後に成瀬イゾルテと、会う運びとなった。
なんでも、占いの様な、まじないの様なとにかくそんなスピリチュアルな商売で生計を立てているらしい。
元々、そんなモノに興味のないアタシは丁重にお断りしたのだが、丁寧に押し切られて、断れなくなった。
めんどくせぇな、といとも簡単に成瀬イゾルテの圧に負けてしまった昨日の自分を恨みながら、モソモソとベッドから這い出る。
大きな欠伸を、一つ。
背伸びをしながらコーヒーを淹れにキッチンへ向かう。
途中、何故だか床に落ちていたスマホをサルベージする。
キッチンに到着したアタシは、戸棚からジェズヴェを取り出す。
別名イブリックとも呼ばれるこの小さな手鍋は、トルココーヒーを淹れるための器具。
別にコーヒーにこだわりはないのだけれど、ハタチの頃に付き合っていたトルコかぶれの男が飲んでいたものが、たまたまアタシの口に合った。
以来、アタシはこの一見すれば唯のズボラとしか思えない淹れ方のコーヒーを愛してやまない女になった。
さて。
と、ティースプーンに山盛り一杯にすくい上げた細かく挽かれたコーヒーをジェズヴェに放り込む。
そしてアタシはデミタスカップにウォーターサーバーの水を注ぐ。
その水をジェズヴェに注意深く注ぐ。
この時、水は多すぎてはいけない。
約100ml。
そして、それを中火のコンロにかける。
順調にジェズヴェが熱されているのを確認して、アタシはキッチンカウンターに手をつき、腰を預ける。
カウンターの上に置いたスマホを手に取とる。
LINE十五件。
着信八件。
アタシは左の掌で目を覆う。
そのまま、顔を上げて親指と中指で両のコメカミをもみだす。
参った時のアタシのクセ。
そういや、おっさんくさいってよく注意されたな。
「うぜえ……」
そう呟いて、アタシはスマホをまたカウンターの上に戻した。
トルココーヒーの苦味とコクが、アタシの頭をシャッキリとさせてくれた。
時計を見る。
午前九時十二分。
成瀬イゾルテとの約束は十三時。
家を出るにはまだ二時間近く余裕がある。
テレビをつけて、一通りチャンネルを巡ってみたが、さすが日曜日。
つまらないのでテレビを消す。
ふと、カウンターの上のスマホがアタシの目の端にチラついた。
「アンタは不便で身勝手な機械だわ」
と斜に構えたような事をスマホ呟きながら、手を伸ばして手に取った。
元彼からのLINE。
十五件。
暇で必死かよ、とあの柔和な顔を頭に描く。
男らしくなんてそんな事はそうそう求めてないのだけれど、上下右左前後くらいは明確にして、アタシの腕を引っ張ってくれていれば、それで良かったんだけどね。
アタシがアンタの腕を掴んで引っ張ってたよね。
アンタ幸せそうに苦笑いしてたけど。
いつも引っ張られて、アンタが後ろから見てたアタシの背中はね、いつの頃からか寒々としてたのよ。
LINEのメッセージを開く。
そしてアタシは目を閉じる。
アタシへの愛の言葉と、アタシに憐憫を促そうとする言葉。
そうじゃないんだよ。
そんなのは求めてない。
今アンタが目の前に座ってたなら、アタシはアンタを引っ叩いてるよ。
メッセージを読み連ねていく。
そして、元彼からの最後のメッセージにたどり着く。
『俺に悪いところがあるんなら、努力する。だから、最後にもう一度だけ話がしたい。友梨と話をするチャンスを!』
そういうとこだよ!
卑屈になるんじゃないって。
話があるから出てこい、とは言えない元彼を焦ったく思いながら、アタシはスマホをリビングのテーブルに放り投げた。
会うかよ。
と、右手で頬杖をついて、アタシは窓の外の空を見る。
だいたい。
アンタは悪くない。
身勝手でワガママなアタシをアンタは受け入れてくれたのに、気立の良い優柔不断なアンタにイラついてたアタシが悪い。
そんなのはわかっている。
でも、アンタが思ってる以上にアタシはか細いんだよ。
でも、そんなか細いアタシが寄り掛かろうにも、柳の枝みたいにゆらゆらしてしなるばかりのアンタじゃ不安になる。
アタシは尻に敷きたいタイプじゃないの。
そっと寄り添って、アナタを支える添木の様な女でいたいの。
でもね、それもワガママなのかなって思う。
アンタみたいな優しい人、そうはいない。
アンタみたいにアタシを包んでくれた人はいなかった。
アタシはアンタに甘えてた。
ギャーギャー喚いてアンタに甘えてたんだ。
それすらかわいいって言ってくれてたのにね。
目と目の間が熱くなり、視界が歪みだした。
泣いている。
と気づいたが、アタシは溢れる涙を拭おうともせず、空を見つめる。
雲ひとつない秋の高い空は、優しい光で世界を照らしている。
アタシは、未だ元彼が好きだ。
おそらくは、大好きだ。
でも、好きだけでなんともならないことも分かっている。
アンタは甘やかして、アタシをそれに甘えてしまう。
それは正常な人と人の関係とはいえない。
だから、アナタとはもう居れない。
もう、会えない。
会ってしまえば。
次はもうアナタを誰かに取られたくなくなる。
だって、もうこんなに会いたいの……。
そしてアタシは、顔を覆って泣き出した。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる