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オヤドリ
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ブリッピングを伴いながら、シフトダウンをする鋭いエキゾーストの鋭い音が、こだまする。
目にも鮮やかなオレンジ色にカラーリングされた大型のバイクが蔡達の眼下を通り過ぎる。
現れたバイクに蔡は銃口を向け、引鉄に軽く右手の人差し指を添える。
ーー女か?
タイトなレザーのライダースーツがなぞるボディラインの曲線美。
ただのツーリング中のライダーかと蔡がトリガーにかけた指を緩めかけたその時、鄧が後ろからささやいた。
「銃を持ってますね」
通り過ぎるバイクを目で追いながら、蔡は目を凝らす。
「ホラ、左の脇腹あたり。そんな大きくないですが、三八口径くらいのを持ってます」
鄧はそう続けるが、蔡にはわからない。
「そうか」
鄧が言うなら間違いない。
蔡はこの飄々とした部下の観察眼と動体視力に幾度もたすけられている。
疑う余地もなく、再びトリガーに指をかけた。
煙を上げている車から二〇〇メートルも離れたあたりだろうか?
オレンジ色のバイクはゆるやかに停車した。
「来るな」
「どうします?」
鄧もいつのまにか右手に銃を握っている。
「逃げる」
蔡はそう言い放つと、さらに上へと断崖を登り始めた。
「あら? お姉さまらしくない」
鄧はクスッと微笑って蔡の後に続いた。
「撃ち殺してもいいがな、DAP92などすぐ足が付く」
DAP92とは中国で開発された拳銃用徹甲弾ある。
「徹甲弾ですから貫通してしまいますよ。それに、さっき二十発も発砲したんですから、今更です」
「人と車では訳が違う」
蔡はそう答えながら、膝丈のスカートの裾をつかみ、縫い目に合わせてスリットのように引き裂いた。
当たり前だがスカートではいかんせん、山を登るのには不向きである。
「ああ、アルマーニなのに……、そのスカート」
恨めしそうに呟く鄧をヨソに、太腿の制約のとけた蔡は、カモシカのような身軽さで山を登っていった。
松山は首を傾げ、二百メートルほど離れた場所にあるボンネットの隙間から蒸気の立ち上る黒いセダンを見ていた。
何があった? と。
隼のエキゾーストサウンドと、防音されたヘルメットを被っていた松山にも、その雷鳴のような銃声は耳に届いていた。
拳銃や小銃といった類の音ではない?
もっと大口径の、たとえば対物ライフルのような轟音。
それも二回。
この日本でそのような銃が発砲されるようなことがあろうとは。
松山はフルフェイスのヘルメットを脱ぎ、うなじが見えるほどに刈り込まれた赤みがかったショートシャギーの前髪をかき上げた。
ふっ、とため息を一つ吐いて、松山はホルスターからP230JPを抜いた。
スイス製で日本のSPが正式採用している中型の自動拳銃である。
.380ACP弾ではなく、低威力の.32ACP弾を使用している辺りは日本のSPらしい。
さりとて、コストも安く信頼性もある銃弾ではあるので、護身用の拳銃としては長きに渡り使用されてきた実績を持つ。
さて、松山。
右耳に差し込まれたイヤホンに右手の人差し指を当てる。
「こちらヒナドリ。オヤドリ応答願います」
符牒のような言葉を口にして、松山は開いた回線に囁くように言う。
少しの間を空けて、イヤホンのスピーカーから応答がある。
『こちらオヤドリ』
やや高い、男の声が答える。
「羽をもがれたハチドリは山に姿を消したようです。追いますか?」
『放っておけ。君が追うべきはヒクイドリとそのヒナだ』
オヤドリが答えた。
「民間に被害が出ています。早めにハチドリの群れを狩った方が良いのでは?」
ハチドリの群れ、すなわち中国特殊部隊の事である。
松山は福井市街での壮絶なカーチェイスで民間人が多数巻き込まれているのを、その目で見ている。
このまま捨て置くと、更なる被害が民間に及ぶのでは無いか? と危惧している。
『ふむ。警察官らしい真っ当な意見だ。……しかし』
オヤドリは一呼吸おいて、そして言葉を続けた。
『今回、そこは君の仕事に含まれてはいない。第一、君がどうこうしたところで、特殊部隊相手に何ができる? 殺されにいくようなもんだ』
確かにそうだが、と松山は下唇を噛む。
『その件は警察に任せればいい。SATでもなんでも投入すればなんとかなるだろう。んー、ならんか?』
言葉尻に嘲笑をまじえたように、オヤドリは言った。
私たちも警察なんだが、と松山は口には出さず、拳に力が入るのを覚えた。
『まあ、とにかくだ。君が捉えるべきはヒクイドリのヒナだ。あれは我が国のものだ。海外に出してはならん』
「‥‥了解いたしました。追跡を続けます」
そう答えて、松山は回線を閉じた。
オヤドリが何か言おうとしていたが、聞きたくも無い。
「くそっ!」
そう呟いて、松山はホルスターに拳銃を差し込んだ。
目にも鮮やかなオレンジ色にカラーリングされた大型のバイクが蔡達の眼下を通り過ぎる。
現れたバイクに蔡は銃口を向け、引鉄に軽く右手の人差し指を添える。
ーー女か?
タイトなレザーのライダースーツがなぞるボディラインの曲線美。
ただのツーリング中のライダーかと蔡がトリガーにかけた指を緩めかけたその時、鄧が後ろからささやいた。
「銃を持ってますね」
通り過ぎるバイクを目で追いながら、蔡は目を凝らす。
「ホラ、左の脇腹あたり。そんな大きくないですが、三八口径くらいのを持ってます」
鄧はそう続けるが、蔡にはわからない。
「そうか」
鄧が言うなら間違いない。
蔡はこの飄々とした部下の観察眼と動体視力に幾度もたすけられている。
疑う余地もなく、再びトリガーに指をかけた。
煙を上げている車から二〇〇メートルも離れたあたりだろうか?
オレンジ色のバイクはゆるやかに停車した。
「来るな」
「どうします?」
鄧もいつのまにか右手に銃を握っている。
「逃げる」
蔡はそう言い放つと、さらに上へと断崖を登り始めた。
「あら? お姉さまらしくない」
鄧はクスッと微笑って蔡の後に続いた。
「撃ち殺してもいいがな、DAP92などすぐ足が付く」
DAP92とは中国で開発された拳銃用徹甲弾ある。
「徹甲弾ですから貫通してしまいますよ。それに、さっき二十発も発砲したんですから、今更です」
「人と車では訳が違う」
蔡はそう答えながら、膝丈のスカートの裾をつかみ、縫い目に合わせてスリットのように引き裂いた。
当たり前だがスカートではいかんせん、山を登るのには不向きである。
「ああ、アルマーニなのに……、そのスカート」
恨めしそうに呟く鄧をヨソに、太腿の制約のとけた蔡は、カモシカのような身軽さで山を登っていった。
松山は首を傾げ、二百メートルほど離れた場所にあるボンネットの隙間から蒸気の立ち上る黒いセダンを見ていた。
何があった? と。
隼のエキゾーストサウンドと、防音されたヘルメットを被っていた松山にも、その雷鳴のような銃声は耳に届いていた。
拳銃や小銃といった類の音ではない?
もっと大口径の、たとえば対物ライフルのような轟音。
それも二回。
この日本でそのような銃が発砲されるようなことがあろうとは。
松山はフルフェイスのヘルメットを脱ぎ、うなじが見えるほどに刈り込まれた赤みがかったショートシャギーの前髪をかき上げた。
ふっ、とため息を一つ吐いて、松山はホルスターからP230JPを抜いた。
スイス製で日本のSPが正式採用している中型の自動拳銃である。
.380ACP弾ではなく、低威力の.32ACP弾を使用している辺りは日本のSPらしい。
さりとて、コストも安く信頼性もある銃弾ではあるので、護身用の拳銃としては長きに渡り使用されてきた実績を持つ。
さて、松山。
右耳に差し込まれたイヤホンに右手の人差し指を当てる。
「こちらヒナドリ。オヤドリ応答願います」
符牒のような言葉を口にして、松山は開いた回線に囁くように言う。
少しの間を空けて、イヤホンのスピーカーから応答がある。
『こちらオヤドリ』
やや高い、男の声が答える。
「羽をもがれたハチドリは山に姿を消したようです。追いますか?」
『放っておけ。君が追うべきはヒクイドリとそのヒナだ』
オヤドリが答えた。
「民間に被害が出ています。早めにハチドリの群れを狩った方が良いのでは?」
ハチドリの群れ、すなわち中国特殊部隊の事である。
松山は福井市街での壮絶なカーチェイスで民間人が多数巻き込まれているのを、その目で見ている。
このまま捨て置くと、更なる被害が民間に及ぶのでは無いか? と危惧している。
『ふむ。警察官らしい真っ当な意見だ。……しかし』
オヤドリは一呼吸おいて、そして言葉を続けた。
『今回、そこは君の仕事に含まれてはいない。第一、君がどうこうしたところで、特殊部隊相手に何ができる? 殺されにいくようなもんだ』
確かにそうだが、と松山は下唇を噛む。
『その件は警察に任せればいい。SATでもなんでも投入すればなんとかなるだろう。んー、ならんか?』
言葉尻に嘲笑をまじえたように、オヤドリは言った。
私たちも警察なんだが、と松山は口には出さず、拳に力が入るのを覚えた。
『まあ、とにかくだ。君が捉えるべきはヒクイドリのヒナだ。あれは我が国のものだ。海外に出してはならん』
「‥‥了解いたしました。追跡を続けます」
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