魔女の店通りの歩き方

川坂千潮

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帽子屋【ねむりひめ】

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 帽子屋【ねむりひめ】は、双子の翁が営む店だ。
 三角帽子をかぶった少女の横顔のステンドグラスがはめ込まれた扉を開けると、双子の翁が受付に座っていた。

「いらっしゃい」
「お待ちしてましたよ」

 若い頃から瓜二つの兄弟だったが、老いた今でも顔や体つきはそっくりで見分けがつかない。顔や指、首の皺の位置や数、髪は長さだけでなく、白くなった毛の色合いも同じ。兄は洋装を、弟は和装を好んで着ている。

「おねがいします」

 瑠衣は兄に帽子を渡した。
 魔女の伝統帽子である、つばのひろい大きな三角帽子。
 魔女のたまごたちはかぶるだけで魔女らしくなれるので、修行だけでなく遊ぶ時にも帽子も身につけることが多い。
 帽子は黒色、紺色、藍色といった暗めの色で、リボンが結ばれたものや、花や蝶、幾何学模様など刺繍を施されたものが人気だ。
 瑠衣の帽子は、十三歳の誕生日につかさからプレゼントしてもらったものだ。
 つかさが直にデザインして【ねむりひめ】で作った帽子だ。
 黒い帽子にラメが縫いつけられており、日の光や月の光を反射して星の川のようにまばたく。
 瑠衣はつかさに頼んで帽子に魔法をかけてもらった。少し高めの初老の女性の声が、中学校に入学したばかりだった瑠衣に祝いを述べてくれた。
 帽子ははさみや櫛のようにおしゃべりでなかったが、あいさつを欠かさなかった。
 おはよう、いってらっしゃい、おかえりなさい、おつかれさま、おやすみなさい。
 友達と喧嘩してしまった時も、魔法に悩んでいる時も、部活の練習でくたくたになった時も、老婆の声が耳にこだますると、ささくれ立った心がやわく、まろくなる。
 母や祖母にも相談できない悩みも打ち明けることができた。
 丁寧に、こわさないようにかぶっているが、やはり月日が経つとくたびれてしまう。
 新しい帽子に取り替える気はない。何度も補修してもらっている。
 受付を済ませると、瑠衣と美花は羊のステンドグラスがはめ込まれた扉から、休憩室に入った。
 部屋はぬいぐるみで埋め尽くされている。ふわふわした真っ白なうさぎ。もこもことやわらかな感触のくま。つるつるした素材の、やけに腹がまるいさかな。
 瑠衣は大きなねこのぬいぐるみを、美花はいぬのぬいぐるみをそれぞれ抱え、寝転がった。
 室内に焚かれたバニラのような甘い香が窓から差し込む日差しに溶け、少女たちを蕩けさせた。

「瑠衣ちゃん、瑠衣ちゃん、起きて」
 呼ばれて瑠衣は目を覚ました。美花が頭上から覗き込んで微笑んでいた。
「おはよう、美花」
「おはよう、帽子できたって」

 甘い匂いはすっかり消え、窓から風が吹き込んでいる。ハーブと糸と草の入り交じった匂い。魔女の街の匂い。

「おはよう」

 受付に戻ると、双子の翁が待っていた。

「お、おはようございます、すみません、すっかり寝ちゃって」
「その為にしつらえた部屋だもの」兄の翁が言った。「そうそう、ゆっくり休んでもらえるとは、私達の腕もそう落ちてないね」弟が続けた。

 ぬいぐるみにねむり魔法をかけて、抱き枕にしてもらう。ハーブ屋からリラックス効果のあるハーブも取り寄せ、休憩室は快い場所となる。帽子屋たちも魔法使いだ。
 兄が縫ったぬいぐるみに、弟が安眠を誘う魔法をかける。寝ぼけまなこで起きたとしても、兄が魔法で覚醒させてくれるので、居眠りほうき飛行はまぬがれる。
 もちろん眠りたくない客の為の部屋も用意してある。そこにはクッキーやチョコレートなどお菓子が用意されている。ゆったりとしたソファに、魔法はかかっていないが、ぬいぐるみもころころと置かれている。

「はい、お受け取りください」

 瑠衣は弟から帽子を手渡された。欠けたビーズを新しく装着し、ほつれた部分を繕い、汚れた箇所はきれいに洗われている。夜の天の川がよみがえる。

「ありがとうございました」
「よい一日を」
 瑠衣は、ごきげんな帽子をかぶり、美花と手を繋いで通りを歩く。
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