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のらりくらり魔女問答
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「ふぅん」おばばは鼻白んだ。「とてもいい話だ」
──でも、それだけだ
どこからともなく蛇が男の首に忍び寄り、首輪のように巻きついた。男は引きつった悲鳴を上げた。
「安心しな、その子はとても良い子だ、あんたを絞め殺したりしないよ」
蛇の舌は先が二つに割れている。
「お前さんも魔女と恋をしたなら知っているだろう、いつわる魔法はあっても、魔法にいつわりはないんだよ」
男の昔の恋と、美花と瑠衣を撮った理由に関連性はない。
「だ、だからっ、彼女を探しててっ、この通りを見つけて、もしかしたらいるかもしれないって思って……そしたら町並みが見事だったからついカメラを……あ、ああそうだ!あの子達と町の風景はとても絵になってたんだ、カメラをかじった奴なら撮らずにいられるもんか!できあがったら必ず見せる!だからっ……」
「なあ、魔女の店通りは意外と広いんだ、そろそろ疲れたろう?」老婆は男の耳元でひんやりとささやいた。「昼寝に最適な店がある、本業は帽子屋なんだが──双子の魔法使いの趣味でな、大丈夫だ、ちゃんと歓迎してくれる、いい匂いのする部屋だ、心地良い枕もある、そこでゆっくり眠って、全部忘れな」
男の舌はもう回らなかった。のろのろと立ち上がると覚束ない足取りで歩き始めた。男は道案内せずとも、ちゃんと帽子屋にたどりつくと、魔女たちは知っている。
一度だけ人に命令することができる、おばばの魔法だ。
「ありゃあオカルト雑誌の記者だ、あることないこと大袈裟に書くだけのつまらん三流雑誌、未知へのロマンも哲学も怪異への憧れも畏れもありゃしない、しかも、わしに取材の許可も取ってない礼儀知らずときたもんだ」
「おばば、オカルト雑誌なんて読んでるの?」
「こら、なんちゅうツラだ、美花は苦手か?なかなか面白いぞ」
生のゴーヤを噛み砕いているような表情の美花に、忌々しげに男の背中を睨む他の魔女。おばばも苦笑いするしかなかった。
「ちなみにおぬしら、オカルト雑誌のことどう思っている?」
「インチキ」「うさんくさい」「定期的に世界滅亡を特集する」「アルファベットや変わった絵柄をすぐ暗号にさせる」「あることないこと書くからインタビューの意味なし」「魔女と聞くとすぐ火炙りの時代の質問してくる」「魔法を見せてくれないかって気安く言う」
「言いたい放題だな」
「あっちがやりたい放題だからね」
瑠衣も通りを取材に来た記者に無礼な態度を取られたことがあるので、魔女たちの呪詛には同意しかない。
雑誌の記者。隠し撮り。なるほど、魔女の店通りなんてネタにはもってこいなのだ。だとしたらさっきの恋物語も、見つかった際の言い訳として準備しておいた作り話だろう。
案の定、孫娘達はうっとりと男の物語に夢中になってしまった。魔女と男の逢瀬に胸躍らせて、別れに涙して、こんな一途なひとを捕まえようとするおばばを憎くなってしまった。
わたしたちは、すっかり記者の手の内だった。
「あんたたちは真に受けていいんだよ」
おばばは言う。
「疑り深いのは年寄りの性なんだからな」
「でも、あの記者さんは本当にただのうそつきだったのかしら」
美花が呟いた。
「オカルト雑誌なんて魔女捜しには好都合だわ、もしかしたら記憶を改ざんする魔法を使う魔女が、いいようにあのひとを騙していたのかも」
いつわる魔法はあるのだ。偽物の恋の記憶を植えつけることだって、できる。
わるいことに利用しようと思えば、いくらだって悪事はできてしまえる。
「おや、魔女問答か?」
魔女問答とは、魔女同士が魔女について論じ合うことだ。論ずるといっても具体的なルールはない。うんちくでも、法螺でも構わない。不真面目にはじまり不真面目に終わる井戸端会議。魔女たちの慰みだ。
「あの記者の証言しかないんだから判断できないよ」
「そもそも偽の恋を植えつけたならそのまま付き合ってればよかったじゃない」
「そういえば、女神に仕組まれて恋に落とされた魔女もいるわよね」
「えぇっと、だ、誰だっけ?」
「ギリシャ神話のコルキス王の娘、メディアだ」おばばが教えた。「女神相手じゃ魔女も敵わないさ」
「黒幕が女神様?」
「でも、今回の件に女神様はいないと思うなあ」
「魔女がいるかいないかだって不明だよ」
「おばば、あの記者に魔法で自白させればよかったのに」
「あのなあ、恋が事実だったとしても馬に蹴られる趣味はないし、出鱈目だったら魔法の使い損だ、追っ払う方が合理的だ」
おばばはにやりと歯を出して口元を弧に引いた。
「それとも、こっそり写真を撮ってほしかったかい?」
「イヤよ!」
魔女たちの心は全員一致だ。
隠し撮りなんて、どんな目的で利用されるかわからない。不審者にはこの通りに二度と足を踏み入れてほしくない。
「神話でも童話でも魔女の恋はロクなことにならんもんだ」
「理不尽な役回りね」
「あら、最近の映画では、そうでもない役もあるわよ」
「もし、本当に恋人を捜していたのなら、ここじゃなく、別の店通りに男の恋人が隠れていたんだったら、わしは再会のきっかけを引き裂いた意地悪婆ァってことさ」
おばばは、それこそ、お伽噺で毒林檎をこしらえた魔女のように、双子をお菓子の家に閉じ込めた魔女のように、
「イヒヒ」
と、笑った。
──でも、それだけだ
どこからともなく蛇が男の首に忍び寄り、首輪のように巻きついた。男は引きつった悲鳴を上げた。
「安心しな、その子はとても良い子だ、あんたを絞め殺したりしないよ」
蛇の舌は先が二つに割れている。
「お前さんも魔女と恋をしたなら知っているだろう、いつわる魔法はあっても、魔法にいつわりはないんだよ」
男の昔の恋と、美花と瑠衣を撮った理由に関連性はない。
「だ、だからっ、彼女を探しててっ、この通りを見つけて、もしかしたらいるかもしれないって思って……そしたら町並みが見事だったからついカメラを……あ、ああそうだ!あの子達と町の風景はとても絵になってたんだ、カメラをかじった奴なら撮らずにいられるもんか!できあがったら必ず見せる!だからっ……」
「なあ、魔女の店通りは意外と広いんだ、そろそろ疲れたろう?」老婆は男の耳元でひんやりとささやいた。「昼寝に最適な店がある、本業は帽子屋なんだが──双子の魔法使いの趣味でな、大丈夫だ、ちゃんと歓迎してくれる、いい匂いのする部屋だ、心地良い枕もある、そこでゆっくり眠って、全部忘れな」
男の舌はもう回らなかった。のろのろと立ち上がると覚束ない足取りで歩き始めた。男は道案内せずとも、ちゃんと帽子屋にたどりつくと、魔女たちは知っている。
一度だけ人に命令することができる、おばばの魔法だ。
「ありゃあオカルト雑誌の記者だ、あることないこと大袈裟に書くだけのつまらん三流雑誌、未知へのロマンも哲学も怪異への憧れも畏れもありゃしない、しかも、わしに取材の許可も取ってない礼儀知らずときたもんだ」
「おばば、オカルト雑誌なんて読んでるの?」
「こら、なんちゅうツラだ、美花は苦手か?なかなか面白いぞ」
生のゴーヤを噛み砕いているような表情の美花に、忌々しげに男の背中を睨む他の魔女。おばばも苦笑いするしかなかった。
「ちなみにおぬしら、オカルト雑誌のことどう思っている?」
「インチキ」「うさんくさい」「定期的に世界滅亡を特集する」「アルファベットや変わった絵柄をすぐ暗号にさせる」「あることないこと書くからインタビューの意味なし」「魔女と聞くとすぐ火炙りの時代の質問してくる」「魔法を見せてくれないかって気安く言う」
「言いたい放題だな」
「あっちがやりたい放題だからね」
瑠衣も通りを取材に来た記者に無礼な態度を取られたことがあるので、魔女たちの呪詛には同意しかない。
雑誌の記者。隠し撮り。なるほど、魔女の店通りなんてネタにはもってこいなのだ。だとしたらさっきの恋物語も、見つかった際の言い訳として準備しておいた作り話だろう。
案の定、孫娘達はうっとりと男の物語に夢中になってしまった。魔女と男の逢瀬に胸躍らせて、別れに涙して、こんな一途なひとを捕まえようとするおばばを憎くなってしまった。
わたしたちは、すっかり記者の手の内だった。
「あんたたちは真に受けていいんだよ」
おばばは言う。
「疑り深いのは年寄りの性なんだからな」
「でも、あの記者さんは本当にただのうそつきだったのかしら」
美花が呟いた。
「オカルト雑誌なんて魔女捜しには好都合だわ、もしかしたら記憶を改ざんする魔法を使う魔女が、いいようにあのひとを騙していたのかも」
いつわる魔法はあるのだ。偽物の恋の記憶を植えつけることだって、できる。
わるいことに利用しようと思えば、いくらだって悪事はできてしまえる。
「おや、魔女問答か?」
魔女問答とは、魔女同士が魔女について論じ合うことだ。論ずるといっても具体的なルールはない。うんちくでも、法螺でも構わない。不真面目にはじまり不真面目に終わる井戸端会議。魔女たちの慰みだ。
「あの記者の証言しかないんだから判断できないよ」
「そもそも偽の恋を植えつけたならそのまま付き合ってればよかったじゃない」
「そういえば、女神に仕組まれて恋に落とされた魔女もいるわよね」
「えぇっと、だ、誰だっけ?」
「ギリシャ神話のコルキス王の娘、メディアだ」おばばが教えた。「女神相手じゃ魔女も敵わないさ」
「黒幕が女神様?」
「でも、今回の件に女神様はいないと思うなあ」
「魔女がいるかいないかだって不明だよ」
「おばば、あの記者に魔法で自白させればよかったのに」
「あのなあ、恋が事実だったとしても馬に蹴られる趣味はないし、出鱈目だったら魔法の使い損だ、追っ払う方が合理的だ」
おばばはにやりと歯を出して口元を弧に引いた。
「それとも、こっそり写真を撮ってほしかったかい?」
「イヤよ!」
魔女たちの心は全員一致だ。
隠し撮りなんて、どんな目的で利用されるかわからない。不審者にはこの通りに二度と足を踏み入れてほしくない。
「神話でも童話でも魔女の恋はロクなことにならんもんだ」
「理不尽な役回りね」
「あら、最近の映画では、そうでもない役もあるわよ」
「もし、本当に恋人を捜していたのなら、ここじゃなく、別の店通りに男の恋人が隠れていたんだったら、わしは再会のきっかけを引き裂いた意地悪婆ァってことさ」
おばばは、それこそ、お伽噺で毒林檎をこしらえた魔女のように、双子をお菓子の家に閉じ込めた魔女のように、
「イヒヒ」
と、笑った。
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