魔女の店通りの歩き方

川坂千潮

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魔女と恋した男

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 美花は鞄から三角帽子を取り出してかぶった。墨のように真っ黒で、赤いリボンが結ばれている。シンプルだからこそ、美花の髪がよく映えた。
 ほうきを持って歩いていると、空から声をかけられた。

「ねえねえ、飛ばないの?」

 十二、三歳ほどの少女だった。
 頭のサイズより大きめの、ぶかぶかな三角帽子に紺色のローブを羽織っている。ほうきにはアニメのキャラクターのぬいぐるみや、貝がらやイルカなど海をモチーフにしたチャームがいくつもぶら下がっていた。飾りの重みとほうきとのバランスを取るのがまだ難しいのだろう、ふらふらと小さく揺れていた。
 ほうきに一緒に乗っている使い魔であろうねずみが、二人に申し訳なさそうな表情を浮かべていた。止める間もなく少女は先輩に突撃してしまったのだろう。
 瑠衣も美花も顔を見合わせて笑った。
 魔女の先輩らしく、後輩の質問にはきちんと答えてやらねば。

「今は歩きたい気分なの」
「手も繋げるしね」
「そっかあ」
 後輩は納得したのか上昇していった。魔法が使えるからといって、必ず使わなければならないというわけではないのだ。歩くのも、飛ぶのも、魔法も、自由に選ぶ。選べるようになる為に修行するのだ。きっと、後輩はまだそこまで理解していない。魔法を使うことが楽しい時期だろう。
「他の魔女とぶつからないようにね!」
「はーい!」

 美花の叫びと重なって、別の音がした。
 羽音にも似た、機械の音。
 おしゃべりに夢中だったら聞き逃してしまうであろう小さな小さな音も、魔女の耳にははっきり届いた。
 シャッター音に瑠衣と美花が振り返ったと同時に、空からもいっせいに視線が一点へと集中した。もちろん新米魔女も同じ方向を見つめている。
 魔女の目に囲まれ、つき刺され、カメラを持った男は小さく悲鳴をあげた。
 カジュアルな格好の男だ。髪は短く刈り上げ、服の上からも鍛えられた体格が浮き彫りだった。
「誰?」「なに?」「カメラ?」「カメラだよ、フラッシュはなかったけど」「あの子を撮ったわ」「あたしも見た」「聞こえたよ」「他に誰か聞こえた?」「見た人は?」「うん」「私も」「俺も」「あたしも」「僕も」「あたしも」
 男へ渦巻く疑念と警戒心。瑠衣と美花もきつく手を握り、男をねめつけた。

「やれやれ、騒がしいねえ」

 深緑の着物に黒いコートを羽織った老婆がゆっくりと前に出た。

「おばばさま!」

 魔女達はさっと老婆へ道を譲り、空を飛んでいた魔女も空に留まり途端に静まりかえった。
老婆は眼光が鋭いわけでもなく、特別美麗でも、おどろおどろしい容姿でもなく、足取りに威厳があるわけでもない。
 ただ淡々と男へと近づいてゆく。
だというのに、老婆には男がたじろいでしまう威圧感が、魔女達からの圧倒的な信頼と敬意あった。

「わしはこの店通りを取り仕切ってるんだが、わしの孫に何か用かい?」

 おばばは穏やかに、しかし嘘は許さないと無言で念を押しながら尋ねた。
 おばばにとって成人していない魔女はみんな孫だし、成人していない魔女にとっても、おばばは親しく、ちょっとこわいおばばであった。
 おばばは男のカメラに視線を向け、「隠し撮りかい?良い度胸しとる」鼻で笑った。
 ざわりと、男の肌が粟立った。このままでは自分は火あぶりにされてしまう。とらわれ、封じられてしまう。
 危険な現場は何度も踏み込んできた。流石に殺されそうになった経験は一度もないが、これが殺意なのだと全身に叩き込まれる。
 逃げたい、逃げなくては、魔女から、老婆から、この街道から。
 心は急いているのに足は動かず、息もままならない。下肢に、腹に、首に、手首に、なまめかしく絡みつかれているようだった。そのまま奈落に突き落とされてしまいそうな不安と恐怖がふくらんでくる。

「ち、ちが、違うんだ!僕は魔女を探してるんだッ」
 男は自棄気味に叫んだ。
「……は?」
 魔女も魔女の長もその理由は想定外だったようで、ぽかんとした。
 魔女からのえぐられるような殺意が散り、余裕ができた男はまくしたてた。

 娘とは学生時代に出逢い、男が告白した。娘は自分が魔女だと明かしたが、そんなこと男には関係なかった。魔女だろうが魔女でなかろうが、娘が好きだった。しあわせだった。ただ一緒にいるだけで満たされていた。卒業してもずっと二人の関係は変わらないと信じていた。男は疑わなかった。しかし恋人はいなくなった。連絡もつかず、友人たちも居所を知らなかった。
 男は娘のことを忘れようとした。確かに彼女を好きではあったが魔女との恋愛に酔っていたのだ、魔女だという娘を受け入れている自分にのぼせていたのだ、青かったのだ。
 そう割り切ろうとして、夜も眠らずに自分に言い聞かせてきた。娘は一度だけ魔法をみせてくれた。人さし指を立てて軽く振る。すると指先に小さな水の球が生み出された。あれは手品などではなかった。無の空間から水が生まれ、娘の指の動きにつてくるように水は流れ、やがて水流の端は繋がり、重ね合った。魔法に純粋に驚く男に安心したような娘の表情が、ずっとずっと焼きついている。
 男は浪漫チックに、やけどしそうな情熱と光沢ある切なさを込めて、落ちた恋を語った。
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