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転写の魔法
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「うーん、でも、美花はともかく私まで撮る必要あったかなあ」
男が写真を撮った理由を思い出しながら、瑠衣は呟いた。
記者の世辞なのだろうが、あんなストレートに褒められると恥ずかしい。
「瑠衣は魅力的よ」
美花が言った。
「バレーのプレーにも魅入っちゃう」
羽ばたきがして、鴉が瑠衣の肩に乗った。「どうしたの、シュロ、珍しいね」瑠衣は鴉を指先で撫でてやった。
使い魔の鴉は主の指にすり寄る。自宅でのじゃれあいと同じ仕草だった。
「シュロも瑠衣は素敵だって言いたかったんじゃないの?」
「ええ、そうなの?シュロ」
シュロはぷいとそっぽ向いて、肩から離れてしまった。
「照れちゃったかしら」
「あれはもう、しばらく戻ってこないや」
瑠衣と美花はほうきに乗り、上空から店通りを見下ろした。
真っ直ぐ伸びる一本道に、いくつかの曲がり道。赤い屋根、黒い瓦屋根、平たい屋根は【シャンベルタン】だ。屋根にまで蔦が浸食している裏の店。きっちりとした四角形の天窓。屋根裏部屋の小さな丸窓。花模様のステンドグラスの窓。
屋根も窓も通り過ぎて、三角帽子の先端がふらふら揺れ、ほうきがちらちらと行き来する。
店と店の間を伸びる、筆で引いたような一本道。
道の果ては蒼穹と地平線が曖昧になっている。
瑠衣は両の手のひとさし指と親指をぴんとのばした。
左の親指と右のひとさし指、左の人さし指と右の親指の先を重ねて、世界を囲う。
「 」
呪文を唱えると、ひらりと紙が一枚空から降ってきた。
美花が近づいてきて、紙を覗き込む。
小さな紙には、店の屋根と、青空と、ほうきや魔女の靴、それから青空で遊ぶ妖精たちがまざっている。
魔法は大きく二つに分けられる。ほうきで空を飛ぶような誰でも使うことができる魔法と、ひとりの魔女がたったひとつ授かる唯一の魔法。
指で囲った世界を写し取る。
これが瑠衣だけの魔法だ。
「魔法の精度が上がれば、妖精もはっきり写るようになるんだけど、まだまだだなあ」
妖精は人型だったり、木彫りの人形のようだったり、羽が生えていたりと多様だ。
瑠衣の魔法の紙にはぼんやりと、かろうじて輪郭がわかるていどの薄い影のようにしか写っていない。
「ね、瑠衣、これちょうだい」
「いいよ」
美花は瑠衣から紙を貰うと、大切そうに懐にしまった。「そろそろアルバム増やさなきゃ」美花は瑠衣の魔法の紙専用アルバムを持っている。今、何冊目かは聞いていない。
家の庭や、近所の電柱など、練習としててきとうに転写した紙も欲しがる美花に、瑠衣はみっともないから勘弁してくれと懇願したこともある。
美花は瑠衣が本当にいやがることはしない。
道端で歩くだけでも美花は絵になるが、どうせなら踊る姿を撮ればいいのに。きっとあの男も、一目で
「うふふ」
美花が突然笑い出した。
「ごめんね、昔のこと思い出しちゃった」
「うー……」
美花が何を思い出したのか、瑠衣にも察しがついた。
まだ美花が群舞役で踊っていた頃だ。
群舞はその整然とした、乱れのない集団の踊りが美しく迫力を生み出す。個の存在感より一体感からの昂揚が、舞台に波を与える。
それでも、瑠衣は群舞の中からすぐに美花を見つけた。
彼女がステージで飛ぶ姿は、散る桜のようだった。風に翻弄されているようで、自由に宙を遊び、花びら一枚であっても人の目を引きつけてやまない。
世界から切り取らずにはいられなかった。
舞台は撮影禁止だというのに勝手に写し取ってしまった罪悪感に耐えきれず、数日後に美花に白状したのだ。
「ごめん、あまりにも美花がキレイだったから、つい……」
「瑠衣は悪さなんてしないでしょ?」
「悪さ?」
「これをどこかに売ったり、私の個人情報を書き込んでネットに載せるとか」
「するわけないでしょ!」
「ならいいじゃない」美花は悪戯っ子のように歯をみせて笑い「ナイショね」ひと差し指を唇の前で立てた。
はっきりと思い出し、瑠衣は頭を抱えた。
「うー……」
「私、瑠衣に切り取られてとってもうれしかったのよ、誇らしくもあったの」
別に魔法を必ずなりわいにしなければいけないわけではない。
瑠衣だってプロの写真家を目指しているわけではない。
写真を撮りたければスマホで十分だ。そもそもこれは現を転写しているのだし、妖精を幽霊と間違われたりしたら癪に障る。
瑠衣がこの魔法の腕を磨きたいのは、踊る美花をもっともっと美しく切り取りたいからだ。
いかがわしく、淫蕩で、清廉で、スポットライトを浴びるわるい魔女。
他のカメラの方が美花の魅力を引き出すなんて悔しいじゃないか。
男が写真を撮った理由を思い出しながら、瑠衣は呟いた。
記者の世辞なのだろうが、あんなストレートに褒められると恥ずかしい。
「瑠衣は魅力的よ」
美花が言った。
「バレーのプレーにも魅入っちゃう」
羽ばたきがして、鴉が瑠衣の肩に乗った。「どうしたの、シュロ、珍しいね」瑠衣は鴉を指先で撫でてやった。
使い魔の鴉は主の指にすり寄る。自宅でのじゃれあいと同じ仕草だった。
「シュロも瑠衣は素敵だって言いたかったんじゃないの?」
「ええ、そうなの?シュロ」
シュロはぷいとそっぽ向いて、肩から離れてしまった。
「照れちゃったかしら」
「あれはもう、しばらく戻ってこないや」
瑠衣と美花はほうきに乗り、上空から店通りを見下ろした。
真っ直ぐ伸びる一本道に、いくつかの曲がり道。赤い屋根、黒い瓦屋根、平たい屋根は【シャンベルタン】だ。屋根にまで蔦が浸食している裏の店。きっちりとした四角形の天窓。屋根裏部屋の小さな丸窓。花模様のステンドグラスの窓。
屋根も窓も通り過ぎて、三角帽子の先端がふらふら揺れ、ほうきがちらちらと行き来する。
店と店の間を伸びる、筆で引いたような一本道。
道の果ては蒼穹と地平線が曖昧になっている。
瑠衣は両の手のひとさし指と親指をぴんとのばした。
左の親指と右のひとさし指、左の人さし指と右の親指の先を重ねて、世界を囲う。
「 」
呪文を唱えると、ひらりと紙が一枚空から降ってきた。
美花が近づいてきて、紙を覗き込む。
小さな紙には、店の屋根と、青空と、ほうきや魔女の靴、それから青空で遊ぶ妖精たちがまざっている。
魔法は大きく二つに分けられる。ほうきで空を飛ぶような誰でも使うことができる魔法と、ひとりの魔女がたったひとつ授かる唯一の魔法。
指で囲った世界を写し取る。
これが瑠衣だけの魔法だ。
「魔法の精度が上がれば、妖精もはっきり写るようになるんだけど、まだまだだなあ」
妖精は人型だったり、木彫りの人形のようだったり、羽が生えていたりと多様だ。
瑠衣の魔法の紙にはぼんやりと、かろうじて輪郭がわかるていどの薄い影のようにしか写っていない。
「ね、瑠衣、これちょうだい」
「いいよ」
美花は瑠衣から紙を貰うと、大切そうに懐にしまった。「そろそろアルバム増やさなきゃ」美花は瑠衣の魔法の紙専用アルバムを持っている。今、何冊目かは聞いていない。
家の庭や、近所の電柱など、練習としててきとうに転写した紙も欲しがる美花に、瑠衣はみっともないから勘弁してくれと懇願したこともある。
美花は瑠衣が本当にいやがることはしない。
道端で歩くだけでも美花は絵になるが、どうせなら踊る姿を撮ればいいのに。きっとあの男も、一目で
「うふふ」
美花が突然笑い出した。
「ごめんね、昔のこと思い出しちゃった」
「うー……」
美花が何を思い出したのか、瑠衣にも察しがついた。
まだ美花が群舞役で踊っていた頃だ。
群舞はその整然とした、乱れのない集団の踊りが美しく迫力を生み出す。個の存在感より一体感からの昂揚が、舞台に波を与える。
それでも、瑠衣は群舞の中からすぐに美花を見つけた。
彼女がステージで飛ぶ姿は、散る桜のようだった。風に翻弄されているようで、自由に宙を遊び、花びら一枚であっても人の目を引きつけてやまない。
世界から切り取らずにはいられなかった。
舞台は撮影禁止だというのに勝手に写し取ってしまった罪悪感に耐えきれず、数日後に美花に白状したのだ。
「ごめん、あまりにも美花がキレイだったから、つい……」
「瑠衣は悪さなんてしないでしょ?」
「悪さ?」
「これをどこかに売ったり、私の個人情報を書き込んでネットに載せるとか」
「するわけないでしょ!」
「ならいいじゃない」美花は悪戯っ子のように歯をみせて笑い「ナイショね」ひと差し指を唇の前で立てた。
はっきりと思い出し、瑠衣は頭を抱えた。
「うー……」
「私、瑠衣に切り取られてとってもうれしかったのよ、誇らしくもあったの」
別に魔法を必ずなりわいにしなければいけないわけではない。
瑠衣だってプロの写真家を目指しているわけではない。
写真を撮りたければスマホで十分だ。そもそもこれは現を転写しているのだし、妖精を幽霊と間違われたりしたら癪に障る。
瑠衣がこの魔法の腕を磨きたいのは、踊る美花をもっともっと美しく切り取りたいからだ。
いかがわしく、淫蕩で、清廉で、スポットライトを浴びるわるい魔女。
他のカメラの方が美花の魅力を引き出すなんて悔しいじゃないか。
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