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オーボエ王国編
第26話 【剣の声】
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世界最強の兵器はここに!?26
著者:pirafu doria
作画:pirafu doria
第26話
【剣の声】
凍えるほどの低温。壁や天井には氷が張り付き、至る所に氷柱が出来ている。
薄暗い倉庫にパトとヤマブキは閉じ込められていた。
倉庫は長く両脇には牢屋が設置されている。パト達のいる入り口は氷の壁により出ることは不可能。
残りはアングレラ帝国で唯一魔法を使うことを許された賢者の役職を与えられた特別な人物。クリスタ・L・リードレアームが立つ倉庫の奥に存在する。
「ヤマブキさんはここで待っててください」
パトはヤマブキに着ていた上着を被せる。上着を貰ったヤマブキは何も言わずにそれを頭から羽織った。
上着を脱いだことにより、半袖になり身体が震える。それでも気合いで剣を握った。
クリスタが身体を動かすたびに冷気が発せられ、温度がみるみるうちに下がっていく。
長期戦になればなるほど不利になる。しかし、パトは戦闘用の魔法を使うことはできない。武器になるのは手に持つこの剣だけだ。
パトはクリスタに向き合うが、相手との距離はかなり離れている。数字にすると約20メートルくらいだろうか。
それだけ離れた距離がある状況、相手からしても冷気は届いているが、それ以外に攻撃をする手段はないだろう。パトはそう考えていた。しかし、
クリスタが扇で小さな円を描くと、そこに白い粉が線を作って集まり、やがてツララが出来上がった。
ツララは縦に伸びているのではなく、パトに向けて槍のような方向に伸びている。
「さぁ踊れェ!」
扇を振るとツララがパトへ目掛けて一直線に飛んでくる。
速度は速いわけではない。それに一直線に飛んでくるということもあって、簡単に避けることができた。
遠距離攻撃があることには驚いた。しかし、避けられない攻撃ではない。どうにか距離を詰めて、攻撃、出来ることなら無傷で捕縛したい。
そう考えていたパトであったが、その考えはすぐに不可能であったということを知らしめられる。
クリスタが扇で円を描くと、続々とツララが出来上がる。そしてそれをパトに向けて連続で放ってきた。
一発一発の速度が遅くても、数が多くなれば避けるのが難しくなる。パトは近づくことすらできず、入り口のそばでツララを避けるので精一杯になってしまう。
身体を上下左右に動かして、必死にツララを避け続ける。倉庫の温度も下がりつつある。これ以上長期戦になるのは危険だ。
パトに焦り見え始める。しかし、それはクリスタも同様であった。
クリスタはこの倉庫周辺の奴隷の管理を任せられた人物である。
上司であるジェイのから奴隷を解放している人物がいると報告受けて、見回りを兼ねてこの倉庫にやってきた。そこで奴隷を解放する反逆者に出会ったのだ。
鍵を持っていた侵入者はこの倉庫に閉じ込めた。鍵を取り戻し、事情を聞いたのちに他の奴隷も捕獲すれば良い。
だが、そうではないことに今更気がつく。
倉庫が暗く目が慣れるまで時間がかかったため、やっと侵入者の二人の姿や服装を見ることができた。
そこで今戦っている人物の影に隠れ震えている女性。彼女の服装に見覚えを感じる。
色やデザインは違う。しかし、珍しい服装という点が彼女の中である人物を連想させた。
──リュウガ様の側近の──
フルート王国が存在した頃、クリスタは食糧を保存する冷凍保存場で働いていた。魔法で食料を凍らせて、長期間保存する。
魔法の使用が制限される前の時代だ。社員も全員魔法を使って冷凍をしていた。そんな会社で一番優秀であったのがクリスタである。しかし、彼女は女性であるという理由から、出世が許されずにずっと冷凍の作業をやらされていた。
だが、ある時王国が滅んだ。そしてクリスタの元に英雄が現れる。彼は新たな国の王を名乗り、自ら足を運んで各地で優秀な人材を集めた。
その中にクリスタはいたのだ。
初めて自分を認めてくれる人間。性別や種族では判断しない。彼こそこの国の王で相応しい。
その彼の側近に似た服装の人物。彼の隣によくいる女。大賢者エンド。彼女の素性は謎だ。一つ分かるのはリュウガ様と共に王国にやってきたということ。
リュウガ様は彼女を大いに信頼していると聞く。しかし、彼女が反旗を起こそうと考えていたらどうだろうか。
確証はない。しかし、服装が似ている。そのことがクリスタにとって最悪な事態を想像させた。
──そんなはずはないはずじゃ。じゃが──
帝国では奴隷の使用が認められている。しかし、奴隷にも最低限の衣食住を与える事が義務付けられており、奴隷に危害を加えることは許されていない。
それは帝国が魔法を失ったから代わりに人力に貸した権利。
クリスタはアングレラ帝国で唯一魔法の使用を許された人物。彼女が賢者になったのは奴隷を守るため、そしてリュウガの正義を信じたため。
リュウガは人間は人間である。それを最低限守っている。だから、侵入者以外は傷つけないように倉庫の外に出した。そして戦意のない相手には攻撃をしない。
この戦闘において、クリスタは一度もヤマブキを狙うことはなかった。
だが、服装を見た時彼女の手元が狂った。一発のツララが真っ直ぐに無防備な状態のヤマブキへと飛んでいく。
狙ったわけではない。もしもエンドと関係があるなら捕らえてから事情を吐かせれば良い。しかし、一つ彼女には心の揺らぎがあった。
帝国の王であるリュウガは、どれだけ出世しようと遠い存在だ。彼女にとっては自分を認めてくれた人物。憧れと尊敬がある。
だが、それと同時に常にあのお方の近くにいるあの女が憎く感じていた。
顔も声にも出さない。心の奥に秘めた気持ち。だが、この戦闘のほんの一瞬にその感情が牙を剥いた。
クリスタは小さく「あ……」と声を溢すが、飛ばしてしまったツララは彼女にはどうすることもできない。
賢者になってから彼女は好みの男性を捕まえて、ちょっとした悪戯をすることが多かった。若い男や体つきの良い男に意地悪をするのが彼女に密かな楽しみだ。
だが、他の侵入者や盗賊と戦闘になることは何度もあった。それでも殺人はしたことはなかった。
剣を持つ少年を狙ったツララだって、急所は狙っていない。足や腕を中心に狙い、動きを封じるのが狙いである。
だが、青髪の少女に放たれたツララは身体の中心である胸を目掛けて飛んでいった。
丁度そこには少女は蒼の宝石を付けている。
そのツララが当たったのならば、宝石は砕け散り、少女の身体にツララは刺さるだろう。
クリスタは胸を締め付けられるような、苦しい感覚に陥る。
ツララの一つがヤマブキに向かって飛んでいくことに気がついたパトは、自身を狙うツララのことすら忘れ、ヤマブキを庇おうと動いた。
パトはお人好しである。だが、無条件で人を助けるヒーローではない。
彼にだって、助ける優先順位が存在する。
家族や友人、村の人々。彼にとって何よりも大事なものだ。
そしてヤマブキはすでに彼の中で仲間であり、同じ村に住む住民である。
彼にとって助ける存在だ。それは自分を犠牲にしたとしても……。
鞘から出した剣を振り、向かう途中に飛んでくるツララを弾いていく。完璧には防ぎ切れず、彼の身体に破片が刺さるがそんなことは関係ない。
急いでヤマブキの元へと向かう。
ヤマブキとの距離はあと少し。だが、ツララはもうそこまで来ていた。
あと一歩、だが、この一歩を踏み出す余裕がない。
パトは剣を振り、一か八かツララを破壊しようとする。しかし、剣は届くことはなく。ツララに剣先が当たったのみで砕くことができなかった。
パトの汗が凍りつく。その時、パトの頭の中に聞き覚えのない女性の声が聞こえてくる。
それは音として聞こえると言うよりも、直接頭の中に語りかけてくるような感覚。
──諦めないで、まだ助けられる──
その声はその言葉だけ。だが、その声が頭の中で再生されている間。ほんの一瞬、時間が止まったような感覚がした。
声の直後。剣から突如の刃に異変が起きる。
突如として熱気を発し出し、剣先の当たったツララは一瞬にして水へと変換される。
急激な温度の変化で倉庫の中は蒸気に覆われる。白い煙が倉庫一帯を包み込み、冷たく凍えるような状態であった倉庫は、外とさほど変わらない温度へと変化した。
これを引き起こしたのは、オルガから貰った剣。
剣は熱を発し、倉庫の温度を急激に上げた。だが、それだけの高温でありながら、パトやヤマブキは火傷などはしていない。
しかし、ひとつだけ理解したことがある。
ヤマブキが無傷なことを確認したパトは剣を握りしめて、クリスタと向かい合った。
「これなら魔法に対抗できる」
理由は分からないし、どんな力なのかも分からない。魔法なのか、それとも別の力なのか。
だが、この剣の力があれば村人を救うことができる。
辺りの氷も溶け、身体も温まり始めた。
パトは剣を手にクリスタへと走り出す。
温度が上がったとはいえ、扉の氷は溶けていない。この倉庫から脱出するためにはクリスタを倒し、奥にある扉から外に出る必要がある。
突然の温度の変化に驚いていたクリスタだが、パトが近づいてきていることに気づく。
あの少年にはこれだけの力はないと予想していた。しかし、現状を引き起こしたのならば、近づかれるのはまずい。
クリスタは扇を振り、大量のツララを生成すると、パトに向かって次々と飛ばしていく。
パトは剣を振り、ツララを払っていく。だが、ツララを切ったり砕いているのとは違う。ツララは県にぶつかると同時に溶けて消えている。
クリスタは自身の攻撃が全く効いていないことに気づき、焦りを見せ始める。
それをチャンスとばかりに一気に距離を詰め、ついに倉庫の反対側のクリスタの元へと辿り着いた。
「なんなんじゃ……何が起こっておるんじゃァァァ!」
クリスタは焦り叫ぶが、パトにもこの剣の力について理解できていない。説明をすることはできない。
ついに間合いに入ったパトは力一杯に剣を振る。
横薙ぎに振られた剣の刃はクリスタを目の前にとらえる。しかし、もう少しでクリスタの身体に当たるというところで剣の動きが止まった。
いや、正確には止められた。
「氷の巨壁(ファレーズ・グラース)」
クリスタは寸前で氷の壁を生成に剣を防いだ。急いでいたと言うこともあり、分厚い壁ではない。しかし、クリスタの全身全霊の魔力を込めたことで、熱を帯びた剣であっても簡単に溶けることはなかった。
剣は氷の壁に突き刺さり、ピクリとも動かなくなる。パトは剣を振った体制のまま、その場に固まる。
氷の壁に剣が挟まり動けなくなったパトを見て、クリスタがニヤリと笑った。
「こ、小ネズミが……。妾を驚かせおって……」
そしてクリスタはパトを囲むようにツララを生成する。四方八方を氷の槍に覆われたパトにはもう逃げ場がない。
「じゃが、ここまでの功績は認めよう。お主は特別に妾直属の奴隷にしてやろうぞ。感謝するが良い」
十本以上のツララがパトに向かって発射される。ほぼゼロ距離からの攻撃。どこに逃げようが避けることはできない。そう、逃げようとするのなら……。
──逃げるな。前に進め! ──
今度は頭の中に直接、男の人の声が聞こえてくる。
その声の持ち主は優しい声をしている。しかし、その声のイメージとは裏腹に怒っているような、そんなイメージを持つ言い方をした。
パトは声に後押しされるように剣を強く握る。そして氷の壁にさらに剣を捻じ曲げるように力を入れた。
分厚い氷の壁は今まで通りならびくともしなかっただろう。
だが、剣に変化が起きる。
熱を帯びていた剣の温度がさらに高まり、剣の先に火花が散り始める。そして辺りの氷を溶かしながら、剣は真っ赤な炎を帯びた。
剣は分厚かった氷の壁すらも溶かす。氷の壁が溶けたことで切断され、クリスタとパトは対面する。
「小ネズミがァァァ!」
焦ったクリスタはパトの周囲に生成したツララを発射させるが、パトは燃える剣を手に身体を回転させて、向かってくるツララを溶かした。
そしてその勢いのまま、クリスタへと切りかかる。しかし、刃がクリスタへと接触しようとした時、剣先が爆発し、二人はお互いに反対方向へと吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされた二人は壁に激突し、背中を強打。パトがどうにか意識を失うことはなかったが、壁に激闘したときの衝撃で、景色がくらくらする。
同じように吹っ飛ばされたクリスタは反対側の壁で意識を失いぐったりしている。
爆発した剣の先は、何事もなかったかのように無事である。何が起きたのか理解はできないが、とりあえずは危機を脱することができたようだ。
クリスタが意識を失った影響か、倉庫の冷気は消えて、入り口を塞いでいた氷の壁はなくなる。
著者:pirafu doria
作画:pirafu doria
第26話
【剣の声】
凍えるほどの低温。壁や天井には氷が張り付き、至る所に氷柱が出来ている。
薄暗い倉庫にパトとヤマブキは閉じ込められていた。
倉庫は長く両脇には牢屋が設置されている。パト達のいる入り口は氷の壁により出ることは不可能。
残りはアングレラ帝国で唯一魔法を使うことを許された賢者の役職を与えられた特別な人物。クリスタ・L・リードレアームが立つ倉庫の奥に存在する。
「ヤマブキさんはここで待っててください」
パトはヤマブキに着ていた上着を被せる。上着を貰ったヤマブキは何も言わずにそれを頭から羽織った。
上着を脱いだことにより、半袖になり身体が震える。それでも気合いで剣を握った。
クリスタが身体を動かすたびに冷気が発せられ、温度がみるみるうちに下がっていく。
長期戦になればなるほど不利になる。しかし、パトは戦闘用の魔法を使うことはできない。武器になるのは手に持つこの剣だけだ。
パトはクリスタに向き合うが、相手との距離はかなり離れている。数字にすると約20メートルくらいだろうか。
それだけ離れた距離がある状況、相手からしても冷気は届いているが、それ以外に攻撃をする手段はないだろう。パトはそう考えていた。しかし、
クリスタが扇で小さな円を描くと、そこに白い粉が線を作って集まり、やがてツララが出来上がった。
ツララは縦に伸びているのではなく、パトに向けて槍のような方向に伸びている。
「さぁ踊れェ!」
扇を振るとツララがパトへ目掛けて一直線に飛んでくる。
速度は速いわけではない。それに一直線に飛んでくるということもあって、簡単に避けることができた。
遠距離攻撃があることには驚いた。しかし、避けられない攻撃ではない。どうにか距離を詰めて、攻撃、出来ることなら無傷で捕縛したい。
そう考えていたパトであったが、その考えはすぐに不可能であったということを知らしめられる。
クリスタが扇で円を描くと、続々とツララが出来上がる。そしてそれをパトに向けて連続で放ってきた。
一発一発の速度が遅くても、数が多くなれば避けるのが難しくなる。パトは近づくことすらできず、入り口のそばでツララを避けるので精一杯になってしまう。
身体を上下左右に動かして、必死にツララを避け続ける。倉庫の温度も下がりつつある。これ以上長期戦になるのは危険だ。
パトに焦り見え始める。しかし、それはクリスタも同様であった。
クリスタはこの倉庫周辺の奴隷の管理を任せられた人物である。
上司であるジェイのから奴隷を解放している人物がいると報告受けて、見回りを兼ねてこの倉庫にやってきた。そこで奴隷を解放する反逆者に出会ったのだ。
鍵を持っていた侵入者はこの倉庫に閉じ込めた。鍵を取り戻し、事情を聞いたのちに他の奴隷も捕獲すれば良い。
だが、そうではないことに今更気がつく。
倉庫が暗く目が慣れるまで時間がかかったため、やっと侵入者の二人の姿や服装を見ることができた。
そこで今戦っている人物の影に隠れ震えている女性。彼女の服装に見覚えを感じる。
色やデザインは違う。しかし、珍しい服装という点が彼女の中である人物を連想させた。
──リュウガ様の側近の──
フルート王国が存在した頃、クリスタは食糧を保存する冷凍保存場で働いていた。魔法で食料を凍らせて、長期間保存する。
魔法の使用が制限される前の時代だ。社員も全員魔法を使って冷凍をしていた。そんな会社で一番優秀であったのがクリスタである。しかし、彼女は女性であるという理由から、出世が許されずにずっと冷凍の作業をやらされていた。
だが、ある時王国が滅んだ。そしてクリスタの元に英雄が現れる。彼は新たな国の王を名乗り、自ら足を運んで各地で優秀な人材を集めた。
その中にクリスタはいたのだ。
初めて自分を認めてくれる人間。性別や種族では判断しない。彼こそこの国の王で相応しい。
その彼の側近に似た服装の人物。彼の隣によくいる女。大賢者エンド。彼女の素性は謎だ。一つ分かるのはリュウガ様と共に王国にやってきたということ。
リュウガ様は彼女を大いに信頼していると聞く。しかし、彼女が反旗を起こそうと考えていたらどうだろうか。
確証はない。しかし、服装が似ている。そのことがクリスタにとって最悪な事態を想像させた。
──そんなはずはないはずじゃ。じゃが──
帝国では奴隷の使用が認められている。しかし、奴隷にも最低限の衣食住を与える事が義務付けられており、奴隷に危害を加えることは許されていない。
それは帝国が魔法を失ったから代わりに人力に貸した権利。
クリスタはアングレラ帝国で唯一魔法の使用を許された人物。彼女が賢者になったのは奴隷を守るため、そしてリュウガの正義を信じたため。
リュウガは人間は人間である。それを最低限守っている。だから、侵入者以外は傷つけないように倉庫の外に出した。そして戦意のない相手には攻撃をしない。
この戦闘において、クリスタは一度もヤマブキを狙うことはなかった。
だが、服装を見た時彼女の手元が狂った。一発のツララが真っ直ぐに無防備な状態のヤマブキへと飛んでいく。
狙ったわけではない。もしもエンドと関係があるなら捕らえてから事情を吐かせれば良い。しかし、一つ彼女には心の揺らぎがあった。
帝国の王であるリュウガは、どれだけ出世しようと遠い存在だ。彼女にとっては自分を認めてくれた人物。憧れと尊敬がある。
だが、それと同時に常にあのお方の近くにいるあの女が憎く感じていた。
顔も声にも出さない。心の奥に秘めた気持ち。だが、この戦闘のほんの一瞬にその感情が牙を剥いた。
クリスタは小さく「あ……」と声を溢すが、飛ばしてしまったツララは彼女にはどうすることもできない。
賢者になってから彼女は好みの男性を捕まえて、ちょっとした悪戯をすることが多かった。若い男や体つきの良い男に意地悪をするのが彼女に密かな楽しみだ。
だが、他の侵入者や盗賊と戦闘になることは何度もあった。それでも殺人はしたことはなかった。
剣を持つ少年を狙ったツララだって、急所は狙っていない。足や腕を中心に狙い、動きを封じるのが狙いである。
だが、青髪の少女に放たれたツララは身体の中心である胸を目掛けて飛んでいった。
丁度そこには少女は蒼の宝石を付けている。
そのツララが当たったのならば、宝石は砕け散り、少女の身体にツララは刺さるだろう。
クリスタは胸を締め付けられるような、苦しい感覚に陥る。
ツララの一つがヤマブキに向かって飛んでいくことに気がついたパトは、自身を狙うツララのことすら忘れ、ヤマブキを庇おうと動いた。
パトはお人好しである。だが、無条件で人を助けるヒーローではない。
彼にだって、助ける優先順位が存在する。
家族や友人、村の人々。彼にとって何よりも大事なものだ。
そしてヤマブキはすでに彼の中で仲間であり、同じ村に住む住民である。
彼にとって助ける存在だ。それは自分を犠牲にしたとしても……。
鞘から出した剣を振り、向かう途中に飛んでくるツララを弾いていく。完璧には防ぎ切れず、彼の身体に破片が刺さるがそんなことは関係ない。
急いでヤマブキの元へと向かう。
ヤマブキとの距離はあと少し。だが、ツララはもうそこまで来ていた。
あと一歩、だが、この一歩を踏み出す余裕がない。
パトは剣を振り、一か八かツララを破壊しようとする。しかし、剣は届くことはなく。ツララに剣先が当たったのみで砕くことができなかった。
パトの汗が凍りつく。その時、パトの頭の中に聞き覚えのない女性の声が聞こえてくる。
それは音として聞こえると言うよりも、直接頭の中に語りかけてくるような感覚。
──諦めないで、まだ助けられる──
その声はその言葉だけ。だが、その声が頭の中で再生されている間。ほんの一瞬、時間が止まったような感覚がした。
声の直後。剣から突如の刃に異変が起きる。
突如として熱気を発し出し、剣先の当たったツララは一瞬にして水へと変換される。
急激な温度の変化で倉庫の中は蒸気に覆われる。白い煙が倉庫一帯を包み込み、冷たく凍えるような状態であった倉庫は、外とさほど変わらない温度へと変化した。
これを引き起こしたのは、オルガから貰った剣。
剣は熱を発し、倉庫の温度を急激に上げた。だが、それだけの高温でありながら、パトやヤマブキは火傷などはしていない。
しかし、ひとつだけ理解したことがある。
ヤマブキが無傷なことを確認したパトは剣を握りしめて、クリスタと向かい合った。
「これなら魔法に対抗できる」
理由は分からないし、どんな力なのかも分からない。魔法なのか、それとも別の力なのか。
だが、この剣の力があれば村人を救うことができる。
辺りの氷も溶け、身体も温まり始めた。
パトは剣を手にクリスタへと走り出す。
温度が上がったとはいえ、扉の氷は溶けていない。この倉庫から脱出するためにはクリスタを倒し、奥にある扉から外に出る必要がある。
突然の温度の変化に驚いていたクリスタだが、パトが近づいてきていることに気づく。
あの少年にはこれだけの力はないと予想していた。しかし、現状を引き起こしたのならば、近づかれるのはまずい。
クリスタは扇を振り、大量のツララを生成すると、パトに向かって次々と飛ばしていく。
パトは剣を振り、ツララを払っていく。だが、ツララを切ったり砕いているのとは違う。ツララは県にぶつかると同時に溶けて消えている。
クリスタは自身の攻撃が全く効いていないことに気づき、焦りを見せ始める。
それをチャンスとばかりに一気に距離を詰め、ついに倉庫の反対側のクリスタの元へと辿り着いた。
「なんなんじゃ……何が起こっておるんじゃァァァ!」
クリスタは焦り叫ぶが、パトにもこの剣の力について理解できていない。説明をすることはできない。
ついに間合いに入ったパトは力一杯に剣を振る。
横薙ぎに振られた剣の刃はクリスタを目の前にとらえる。しかし、もう少しでクリスタの身体に当たるというところで剣の動きが止まった。
いや、正確には止められた。
「氷の巨壁(ファレーズ・グラース)」
クリスタは寸前で氷の壁を生成に剣を防いだ。急いでいたと言うこともあり、分厚い壁ではない。しかし、クリスタの全身全霊の魔力を込めたことで、熱を帯びた剣であっても簡単に溶けることはなかった。
剣は氷の壁に突き刺さり、ピクリとも動かなくなる。パトは剣を振った体制のまま、その場に固まる。
氷の壁に剣が挟まり動けなくなったパトを見て、クリスタがニヤリと笑った。
「こ、小ネズミが……。妾を驚かせおって……」
そしてクリスタはパトを囲むようにツララを生成する。四方八方を氷の槍に覆われたパトにはもう逃げ場がない。
「じゃが、ここまでの功績は認めよう。お主は特別に妾直属の奴隷にしてやろうぞ。感謝するが良い」
十本以上のツララがパトに向かって発射される。ほぼゼロ距離からの攻撃。どこに逃げようが避けることはできない。そう、逃げようとするのなら……。
──逃げるな。前に進め! ──
今度は頭の中に直接、男の人の声が聞こえてくる。
その声の持ち主は優しい声をしている。しかし、その声のイメージとは裏腹に怒っているような、そんなイメージを持つ言い方をした。
パトは声に後押しされるように剣を強く握る。そして氷の壁にさらに剣を捻じ曲げるように力を入れた。
分厚い氷の壁は今まで通りならびくともしなかっただろう。
だが、剣に変化が起きる。
熱を帯びていた剣の温度がさらに高まり、剣の先に火花が散り始める。そして辺りの氷を溶かしながら、剣は真っ赤な炎を帯びた。
剣は分厚かった氷の壁すらも溶かす。氷の壁が溶けたことで切断され、クリスタとパトは対面する。
「小ネズミがァァァ!」
焦ったクリスタはパトの周囲に生成したツララを発射させるが、パトは燃える剣を手に身体を回転させて、向かってくるツララを溶かした。
そしてその勢いのまま、クリスタへと切りかかる。しかし、刃がクリスタへと接触しようとした時、剣先が爆発し、二人はお互いに反対方向へと吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされた二人は壁に激突し、背中を強打。パトがどうにか意識を失うことはなかったが、壁に激闘したときの衝撃で、景色がくらくらする。
同じように吹っ飛ばされたクリスタは反対側の壁で意識を失いぐったりしている。
爆発した剣の先は、何事もなかったかのように無事である。何が起きたのか理解はできないが、とりあえずは危機を脱することができたようだ。
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聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
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突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
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