クソカスゴミ男とメイド服

週刊 なかのや

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2話 負洛 等という男

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ザイラに私の名前を教えている間に、医者が車椅子を持って病室に戻って来た。
私はその車椅子に乗るとザイラが後ろで押してくれて、そのまま病室を後にする。
この場所はザイラ曰く魔術協会Aegis日本支部内で、主に魔術師の家族が暮らす地区の大きい病院らしい。
窓から見える景色が近未来的なSFチックな物であっても心が動かされることは特に無く、感動はもう少し後にしようと思ったりした。
どうせ又見ることになりそうだったし。

長い廊下を進んで何度かエレベーターに乗って液晶に映った文字には【B7】、地下7階だ。
ここまで来るのに他愛の無い話を延々と繰り返していたが、エレベーターの扉が開くとザイラも真剣な顔付きで私に「此処から先、君が目にするのは世間一般的に常識じゃ考えることの出来ない化け物の類いだ。」と言う。
連れて来られた部屋はテレビでよく見る、取調室の様子が一方的に観察出来るモニタリングルームのような所で、マジックミラー越しに居るのは鰐顔…というか鰐が直立して、昨日私を助けた「等」と呼ばれていた男と対峙している。

聴こえる話の内容は以下の通りだ。

『貴様らの所為で私の肉体はこんなんになっちまったラス!!』
『貴様を今すぐブチ殺して皮を剥いだら昨日のもう1匹に被せ、マトリョーシカにしてやるラスッ!!』

人の言葉を話す鰐は両手の鋭利な鉤爪のある中指を立て『ファッキュー!!!』と言い放つ。

「あーーーーだりぃーーー」

『人間の分際で私を無視するラス!?いい度胸だ!死ねェェエエ!!』と無気力な男に飛び掛る鰐、しかし胴体に巻かれた鉄金具が鰐を固定して飛び上がる直前で地面に叩き付けられる。

「どうしたん?地面に金でも落ちてたか?(笑)」
「お前が出現した所為で俺の財布はすっからかんだ、金が落ちてたら俺によこせ」

煙草を吸ってリラックスしたように椅子で目を擦り始めた男は鰐を見て、つまらなさそうに欠伸をする。それを見た鰐は金属製の鎖をガチャガチャ鳴らし吠えまくるが相手にもされていない。

『ブッ殺ラス!!』
『泣かせてやるラス!!』

「はいはい。俺は寝るからお前も黙ってろよな」

眠りにつこうとする男をマジックミラー越しに見て「等くんは面倒臭がり屋さんだからね」と頬をかくザイラ。
ザイラは深呼吸をしてから喉の調子を整えると、壁にぶら下がった無線のマイクを持って取調室内で眠る男に言い放つ。

「ごめんごめん、契約者側を連れて来るのに時間が掛かっちゃった」
「眠ってるとこ悪いけど、こっちに来て君の嫌いな"子供"に状況の説明しに来て貰えない?」

取調室で眠っていた男は「えー」と言いつつも座っていた椅子を鰐に蹴り飛ばし、扉を開いて此方側へやって来た。

「で、このやる気0の無気力パチンカス男が
負洛 等(ふらく ひとし)君だ。」

紹介された男は猫背で灰色のコートを着た顔の怖い40代位の人、髪はボサボサで寝癖がついたまま。

「よろしく~お願いしません」
「えー?ザイラさんの呼び掛けだったから金になりそうな任務捨てて、こっち来たのに」
「ワニワニパニックの次は餓鬼の世話すんの?ダルいってマジ。」

不貞腐れる負洛は子供である私が居るのにも拘わらず、ポケットから取り出したヨレヨレの煙草に火を点けるとザイラに「吸います?」と新しい方の煙草を仕方無く渡そうとする。

「いや遠慮するよ」
「さっそく本題だけど、世話をして欲しい訳じゃない。」

「と言うと?」

「私の専門はそこでキレてる鰐じゃない。」
「今日本に来ているAegisの魔術師で悪魔系専門は君だけだからさ(ワニワニパニックは好きなんだけど)」

「なるほど?そこの悪魔について話を聞きたいってことね」
「別に話すのは良いけど、"金"貰えますよね。」
「まさか無償で化け物に対する知識と生き延びる方法、聞けるなんて思ってる訳無いよね(笑)」

「嗚呼勿論、君の昨日の働きに関して任務報酬の上乗せ及び追加報酬も出そう。」
「それに金より素晴らしい物を与えると約束しよう」

「金に勝る物が、この世にあると?」

「あぁ、君の目の前に」

「え?(笑)」と馬鹿にしたように笑う負洛に笑顔で対応するザイラは、私の座った車椅子を少し前に押し出して言い放つ。

「この子」
「この可愛い可愛い子供の夢川 陽麗ちゃんが金より素晴らしい物だよ、分かる?」

「冗談…ですよね」
「金は貰えるから良いけど」
顔を強ばらせる負洛を車椅子を片手にニコニコ笑顔を崩さないザイラ。
何を言っているのか理解出来ていない負洛にザイラは続ける。

「悪魔狩り専門の魔術師は日本人が数人に、海外から日本へ来ているのが5~6人いるね。」
「他の地球外から来る魔獣より"分類:悪魔"に属す魔獣の数は年間発生数が少なく、前の年でも日本に出現した名前付き悪魔の数は3体。」
「そのうち討伐成功が2体、悪魔狩りの年間平均死亡者数は6人が現状。」

「…」
「人手不足と書いて少数精鋭って読む日本なので」

「昨年君のバディになった人は何人亡くなったのかな?」
「私が聞いた話では2人と聞いているけど」

「3人です。2人は任務中に喰われましたよ、残りの1人は連れ去られました。」
「まぁ今年で俺も運が無ければ死ぬ予定なので…悪魔狩り専門職は自然消滅して、ザイラさんの仕事になりそうですよ(笑)」

「副流煙で子供の寿命を削っても近い将来、どうせ俺は死ぬからさ」と負洛は煙草で吸った煙を私に向けて吹き掛ける。

幼い私は思う。私を物のように交換したザイラも、私に煙草の煙を吹きかける負洛という男も魔術師というのは道徳心や倫理観が総じて乏しいのかもしれない。

「私はこの子を悪魔狩りにしようと思っている」
「君が金を何よりも大切だと考えているのは知っている…けど、人手不足の早期解消の為に人材育成が必要だと思わないかね」

「フン…例え俺がその餓鬼に色々教えたとして」
「マトモに戦えるようになる迄、一体何年かかるのか……時間をかけても何のメリットにもならない。」
「……が、教える教えないで追加報酬の額が変わるのなら教えたくも無い勉強会に付き合ってやらないこともない。」

「…と、言うように彼は滅茶苦茶金の事しか興味の無い無愛想なオジサンだから仲良くして上げてね」

私にそう言ったザイラは、負洛に小切手を書いて渡し「取り敢えずはワニワニパニックについて話をしよう。」と言って私の乗った車椅子を押して部屋を出て行った。
後ろを歩く負洛は先程話していた時より活気が溢れ、先程まで猫背だったのに今は背筋を伸ばして歩いている。
連れて来られたのは取調室から少し離れた部屋。扉開くと中は物置になっているがどうするのだろう。
人の入る隙間も殆ど無い、段ボールが積み上がった部屋を見て直ぐに負洛がザイラに質問する。

「この部屋の物って必要な物ですか?」

「いや?対話できる魔獣と対談した資料じゃないかな」
「必要な物は本部の資料室に送られてる筈だから要らないんじゃない?」
「今の時代、ペーパーレスだし」

肩をすくめるザイラを見て負洛が「じゃあ」と言って私の前に立つと、負洛は何処からか取り出した漫画やアニメでしか見たことの無い巨大な大剣を片手で持ち、部屋の中に向かって大剣を振り下ろす。

「【Carpe Diem】」ズガァンッ!!
負洛が発した言葉を正確に聴けたかは分からないが、大剣を地面に叩き付けた音は耳の鼓膜が壊れたかと思う程に耳鳴りを起こしている。

物置の部屋は振り下ろされた大剣が私達の視界を遮った瞬間に置かれていた段ボールは木屑の様に木っ端微塵になって床に散乱し、壁や床はズタズタに斬り付けられたような状態へと変化した。

「ふははっ!その剣ぶっ飛ッんでるね!!」
「等くん、仮に契約魔獣が此処に居たら威力は何倍?」

「大体12倍くらいになるんじゃないすか?」
「昨日のワニワニパニックを斬った時は、下に夢川ちゃんが居たので手加減しましたけど」

どうやら金を渡すと負洛は私を餓鬼とは呼ばないらしい。

「じゃあ等君、ワニワニパニックが死ななかった理由と悪魔について簡単に」
「子供でも分かりやすいように噛み砕いて話してくれるかな?」

ザイラが何処からか取り出したホワイトボードを負洛に渡して、負洛は話を始める。
昨日から変な事象に巻き込まれてきた私は普段なら全く頭に入りそうになかったが、母を助けると心に決めた事で嫌いな勉強でも俄然やる気が出来たところだ。
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