クソカスゴミ男とメイド服

週刊 なかのや

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1話 ターニングポイント

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目覚めたのは何処かの病室のベッドで、ずっと手を掴んでくれていたと思う兄が目を覚ました私の事を誰かへ伝えに病室から駆け出して行った。
壁に掛かった時計を見ると現在時刻は午前7時で、カーテンで仕切られた隣のベッドを見ると隙間から眠った母が幾本の管に繋がれて横たわっているのが確認出来る。

あの後、私達家族は助けに来た男2人に此処へ移送されたみたい。昨日の事を思い出すと鰐頭の悪魔から犯された記憶がトラウマになってフラッシュバックを繰り返し、下半身に受けた感覚が何度も言い様のない違和感を感じさせる。

兄が足早に戻ってくると白衣を着た医者だろうか、医者にしては普通の病院じゃみないピンク髪で顎にピアスを開けた若い女が泣いた形跡のある姉を介抱しながら連れて来た。
話している内容的には、父を喰い私を犯したのは地球外から来た生命体の1種で人間を好んで襲う生き物らしい。
そんな話、信じる訳が無く兄も姉も鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

「信じても信じなくてもいい」と言う女医は目覚めた私に微笑みかけ「両腕両足は治して置いたわ」と、言って母の様子を診に行った。
たった一日で骨折したであろう両手両足が治る訳が無いと、何を言っているんだエセ医者が…と思ったがそんな事は無く全然治っているし、痛みも感じない。
母を診察して女医は誰かに電話すると兄や姉に「絶対にお母さんに触れてはならない。」「君達のお母さんは今強い感染力を持つ感染症に罹っている。」と言い残し病室を後にする。
何も知らない私は「感染症」という言葉を聞いて愕然とする兄達を枕の上から見詰めることしか出来なかった。
数十分程時間が経って漸く戻って来た女医は別の女を連れて私達の元に近付いて来た。
女は私と目が合い自然に微笑むと簡単な自己紹介をする。

「私はザイラ・トリアイナ。魔術協会Aegis所属の魔術師だ」

ザイラと名乗る女は、髪は銀色で右側を耳が見えるくらい掻き上げて左側は目を隠すように長いショートヘア。
黒いスーツを身に纏い、腕捲りをした肘から両手中指にかけて紫色のトライバル柄タトゥーが入っていて、男性のような通る声質をしている長身の女性。
彼女は淡々と私達に話し掛けるが、その話し方は余りにも無礼でまるで友達には今日あった面白い出来事を話すように、少し必要の無い笑いを混ぜて話し始めた。

「君達のお母さんは 凍壊命尽症トウカイメイツショウに感染してしまったみたいでね、私達魔術師が管理してあげないと明日にはコロッとね。フフッ、死んじゃうんだ」
「こっちの医者からも聞いたと思うけど、信じるか信じないかはあなた次第って感じだから」
「信じないなら、お母さん連れて家に帰るといいさ…明日になれば君達のお母さんは天国に旅立ってるだろうから」

「なんで、なんでそんなこと言うんだ!!」
吼えたのは兄だった。勿論、私も姉も同じ事を言いたかった。
だって目の前に立つザイラと名乗る女性は私達の母をどうでも良さそうに、余りにも楽しそうに語るから。

「ははっ、ごめんね…でも信じたからって私達魔術師が君の母親を助けてやる義理は無いんだよ」
「君達の母親が明日死のうが生きようが私は別に、どうでもいい上に生きて価値のある事なのかも理解し難い」

「テメェ、いい加減にッ!!」拳を振り上げた兄をザイラは「君に用は無いんだ」と指を鳴らす。
すると突然、空中に現れた球体の水に兄は一瞬で顔面を覆われる。
「ッ!?」
驚いた表情で兄は陸である病室内で酸素を欲し、その場で胸を掻き毟り、もがき苦しむ様子は死の舞踏のよう。

「3…2…1。」パチンッ

「ゲホッ、ケホッ…かはッ」

ザイラが次に指を鳴らすと兄を苦しめた水は何もソコに無かったかのように姿を消し、解放された兄が床に崩れ落ち姉が駆け寄って兄の安否を確認している。
何が起きたか理解が追いつかない私達を滑稽だと言わんばかりに鼻で笑うとザイラは兄達の前で膝を突き、兄が生きていることを確認する。

「どう?陸上で溺れた気分は?」

「ホッ、ケホッケホッ」

「まぁ、こんな風に一般人じゃ魔術師と戦って相手にもならない」
「そんな相手に君達は『お母さんを無償で助けてください』と言うのかな」
「子供だからってのは理由は金にもならない」

「なら、どうしたら…」
姉が俯いて心の声を漏らす。

「君達の妹、そこで横になってる陽麗ちゃんを買おう」

「っ!…はぁ、は、何を言って」
呼吸を荒くした兄が姉の肩を貸りてザイラに掴み掛かろうとするがフラフラの兄では難しく、捕まえられずに壁に寄りかかってしまう。

私を指差すザイラ・トリアイナと名乗る女性は人間の皮を被った悪魔、或いは他の何かに思える。
"人の心を持ち合わせていない"
昨日私を助けた魔術師だってそうだ。
化け物に襲われた私達家族を放置したまま賭け事について話をしていた、それも笑いながら。

「もし金を払えるならそうだなぁ…生命維持するだけだとして、私も鬼じゃないから子供相手だから……」
「1週間生かすのに大体2万$で手を打とう」

「「2万$!?」」

驚くのも無理はない。両親が役に立たない今、金を作れるのは兄と姉そして私だけなのだから。

「んー、今の$は日本円で148円だから296万円だね」
「現金手渡し午前8時まで。それでお母さんを助けて上げよう…勿論嘘は吐かない、君達と話せる状態に回復させた状態で1週間だけ生かすさ」

「8時って……あと15分も無いじゃない」
時計を見上げた姉が絶望的状況に顔を歪める。

「そうだね、友人に臓器を買い取る奴が居るけど…今からじゃ間に合いそうも無いね」
「あ、因みに親の口座から金を下ろすのは無理だよ。何故かって君達が金を下ろすのに、私達を頼らなくてはならないからね」

「「……」」

「人は人を助ける時、他の者に頼ってはならない…覚えておくといい。」
「自分を助けられるのも自分だけ、他人を助けられるのも自分の裁量だ」
「1週間生かすのに食費含め約300万、1ヶ月3週だとして900万。私は現金払いしか受け付けないがどうだろう」

その場で放心状態の兄達にザイラは危機感を煽るように手を叩きながら、そしてニコニコしながら「ほら、もう10分も無い!どうするの?時間無くなってしまうよ?」と言う。
そこで女医がザイラに何か耳打ちすると、満面の笑みをして
「あと10分待ってくれたら、そっちに行くと伝えておくれ」と言った。
彼女が口に出したその「10分」には兄達が母の為に土下座をして縋り付く時間も入っているのだろう。そして笑顔を絶やさないザイラという女性はきっと、それを軽く一蹴して私達は明日母の死に顔を拝む羽目になる。


誰にも助けを求められない状況は昨日経験した…昨日は運が良かっただけ。
神様に祈りを捧げても不在着信が返って来るなら、私がすべき事は幼いだけの私でも理解している。


「はい残り3分!!いいの?お母さん死んじゃうよ?」
「金が用意出来ない場合はこの医者さんが応急処置を既にしてくれてるから、帰ってもらって構わないよ」
「フフッ、仕方が無いからタクシー代は出してあげよう」

どうにもならずに涙を流し肩を震わせる兄達が決断出来ずに床で動けずにいる中、ザイラは面白可笑しく手を叩いて「時間切れ1分前~」とか言ってる。


このザイラという女性が言ってることは全て正しい。
私が襲われて処女を失ったのも、父が自殺したのも、母が感染症になったのも……全て当人が無知で力が無かったから。
この世に産まれただけで必要最低限の知識だけで満足した私達が悪くて、選択肢が"運が無かったと諦める"しか無いと思うのなら、私は。


「私が助ける」
気付けば、ベッドで寝たきりの私は声を出していた。


そうだ、誰も助けてくれない。
助けてくれる可能性も運で決まるのなら、私は可能性の低い賭博はしない。


幼い私の言葉を何かの冗談や聞き間違いだと言って私に駆け寄る兄達も、私を見て拍手するザイラも呆れて歩き出した医者もスローモーションに感じる程、私は人生の何かがこの瞬間変わったと感じた。


自分は自分で助ける。家族は私が助ける。


私を差し出せずにいる兄達は私とザイラの間に割って入ると兄と姉はザイラの前で土下座を始める。

「妹はまだ8歳なんだ。何も分かっちゃいない…思ったことを言っただけなんだ」
「だから、連れて行かないでください。」

「お願いします、お金は私達で何とかします。」
「陽麗を連れて行かないで…私達に出来ることなら何でもします。だから、」

「口説い。」ザイラは縋り付く兄達を怒気のこもった一言で一蹴し、瞬きの間に気絶させた。
そして私をベッドから起こしすと優しく微笑んで手を差し出した。

「時間切れだったけど、君が助けるというのなら力を貸そう。」
「ようこそ魔術協会Aegisへ、」
「私達魔術師は君の決断に敬意を払おう」

「私が助けたい…だから私に全てを教えて。」

「あぁ、勿論。」
「君が知りたい事を教えてあげよう」
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