【完結・番外編更新中】断罪劇をぶち壊したのは、すみっこのメモ魔です 〜気付けばとんでもないことになっていた〜

桜野なつみ

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第18話 フォレスト公爵家

秋の風が冷たく頬を撫でた。
学園祭を控えた校内はざわめきに包まれ、色とりどりの布が窓辺を揺らしている。
アトラスは屋上の手すりにもたれ、眼鏡を外した。ぼやけた視界の代わりに、耳が世界の形を描き始める。

――そして彼は、数日前の記憶を思い出した。
フォレスト公爵邸で交わされた、あの静かな会談を。



三日前。
曇り空の下、ショウイン家の馬車がフォレスト公爵邸の門をくぐった。
秋の空気はひんやりとして、王都の木々は紅を落としはじめている。
アトラスは膝の上のノートを閉じ、隣の父リカルドと兄ハイノスを見やった。
向かいの席では、マクシム第二王子が無言で外を眺めている。

(……緊張しているのは、僕だけじゃない)

そんな思いを胸に、アトラスは馬車の揺れを感じていた。
昨日までただの“耳”でしかなかった自分が、いま王国の命運を分ける場に向かっている。



応接間に通されると、重厚な絨毯と金糸のカーテンが目に入った。
暖炉の火が静かに燃え、フォレスト公爵オズワルドが椅子から立ち上がって出迎える。

「ようこそ。リカルド卿、ハイノス君、アトラス君、そしてマクシム殿下」

公爵の隣には、白いブラウスに黒のロングスカートをまとったエヴァリーンが控えている。
凛とした姿勢のまま、しかし指先にかすかな緊張が宿っていた。

全員が席につくと、テーブルの上に地図が広げられた。
王都、王宮、学園、外務省、財務省――そのすべてを赤い線が結んでいる。

フォレスト公爵が問う。
「では、例の“耳の報告”というのを聞かせてもらおう。」

アトラスは頷き、ノートを差し出した。
「ここに書いたのが、学園で拾った会話です。
ネロ語とグリザール語で、フォレスト公爵について話していました。
そして、特殊な会計用語だけが我が国の言葉――シリウス語で。」

リカルドが言葉を継ぐ。
「最初は偶然の聞き違いかと思いました。だが財務省でも限られた者しか使わぬ専門用語です。
しかも通常の会計では使われない、“特別監査”や“不正処理”に関わる語彙。
この言葉の並びだけでも異様だ――そう思いました。」

マクシムが立ち上がり、地図の一点を指した。
「そこに私の情報を加えましょう。
国外の寄付金と金の流れを追った結果、グリザールとネロ帝国の商会が双方の裏に絡んでいると判明しました。
彼らは“王国の内紛”を装って介入を始めています。」

オズワルドが眉を寄せる。
「……内紛を、装う?」

「はい。」リカルドが応じた。
「やつらは“王家と貴族の対立”という舞台を仕立てているのです。
まず、外務大臣であるあなた――フォレスト公爵が“寄付金を着服していた”という筋書きをでっち上げる。
それを“王太子シスタン殿下が暴こうとした”ように見せかける。」

マクシムが息を詰め、低く言った。
「一方で、王宮ではフォレスト家の紋章をつけた偽装部隊が王と王太子を襲う。
真偽を確かめる前に混乱が起き、内乱の形が完成する。」

「つまり……外は我が家を、内は王家を利用して、互いに潰し合わせるつもりか。」
オズワルドの声が低く沈んだ。

リカルドが頷く。
「しかも、財務を担う我がショウイン家も“フォレスト家の共犯”として狙われる。
“王太子の名を借りた粛清”を装って第一騎士団の偽装が差し向けられるでしょう。」

マクシムが短く息を吐いた。
「悪事の証拠として“帳簿”を運ぶ役には、王宮を熟知し王太子の寵愛を受けている――ルーリー・フィバットが選ばれている。」

リカルドがゆっくりと言った。
「――全ての発端は、あの創立記念祭での婚約騒動だ。
王太子の信用を失墜させ、国内の不和を生んだ。
グリザールとネロは、その“綻び”に目をつけたのだろう。」

マクシムが頷く。
「彼らは“王太子失脚”“王位継承の混乱”を利用して、この国への干渉の口実を作った。
その渦中で“金と外交”を握る二家――フォレストとショウインを巻き込み、
国家の基盤そのものを揺るがせようとしている。
フォレスト家の失脚とシスタン排除を同時に狙うことで、“内乱を装う外部侵入”が完成する。」

オズワルドは重く息を吐いた。
「……だが、我々がそう確信していても、証拠がない。」

マクシムが静かにうなずく。
「その通りです。いま掴んでいるのは断片的な情報にすぎない。
帳簿の出所も、命令の伝達経路も掴めていない。
――だからこそ、“命令を受けた本人”を喋らせる必要がある。」

「……ルーリー・フィバット。」
エヴァリーンの声が静かに響く。

マクシムがうなずいた。
「彼女の証言があれば、“王家の名を騙った者”を特定できる。
それが、これを外から仕組まれた陰謀と証明する唯一の道だ。」

エヴァリーンの瞳に決意の光が宿る。
「……であれば、私が行きます。
彼女を追い詰め、真実を語らせるには――私が適任です。」

「危険です、エヴァリーン嬢。」マクシムが制した。
「あなたも狙われる。敵は王家の婚約者を標的にしている。」

しかし、彼女は静かに首を振った。
「今はまだ、私は殿下の婚約者です。
その立場が、彼女の口を開かせる鍵になる。
だから――王宮へ行きます。」

フォレスト公爵が娘を見やり、ゆっくりとうなずいた。
「娘は、危険を承知のうえでしょう。」

マクシムが短く息を整えた。
「わかりました。王宮では、常に私の第二騎士団が同行します。
王宮での警備はすべて私の指揮下に置く。
……必ず、あなたを守ります。」

リカルドが深く息をついた。
「ならば、我らも備えよう。財務省から帳簿の照合を行い、襲撃に備える。」

マクシムが地図を指で叩いた。
「三家が、それぞれの立場で構える。
王宮では私とアトラスが動く。
フォレスト公爵は外務の立場から人の流れを、ショウイン家は財務から金の流れを押さえる。
……襲撃当日、敵は同時に三か所を狙うはずです。全員がその日を耐え抜けば、この国は守れる。」

静寂の中、火の音だけがぱちりと弾けた。
マクシムはゆっくりと立ち上がり、視線を三人に向けた。

「――ここに“静かな同盟”を結びましょう。
外には誰一人、知らせてはならない。いいですね。」

フォレスト公爵が頷き、リカルドも深く頭を垂れた。
アトラスはその言葉をノートに記しながら、胸の鼓動を聞いた。
――この瞬間、三家の誓いが結ばれた。
王国の運命を変える静かな夜が、そこで始まった。



屋上の風が戻り、アトラスははっと我に返る。
ノートの紙が風にめくれ、遠くの笑い声が秋空に響く。

だがその雑踏の向こう――
異国の訛りを含んだ小さな囁きが、壁を伝って這い上がってくる。

アトラスは息を止め、耳を澄ませた。
その音のひとつひとつを、静かにノートへと書き留めていく。

(この記録が、国を守ることにつながるのだ――)
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