【完結・番外編更新中】断罪劇をぶち壊したのは、すみっこのメモ魔です 〜気付けばとんでもないことになっていた〜

桜野なつみ

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第19話 わたしのモノガタリ


シリウス王国を取り巻く六国。
北のネロ帝国は鉄と戦車の国、そして西のグリザール共和国は王を否定した軍政国家。
もとはノアール王国からの独立国で、クーデターののち将軍が“議長”として実権を握った。
海に面さぬ二国――ネロとグリザールは、外への通路を常に渇望していた。

彼らは、王太子の婚約騒動で揺れたシリウスの“王家内部の不和”に目をつけた。
王太子シスタンの失脚と継承混乱を口実に“正義の介入”を装い、
外交と財政を握るフォレスト家とショウイン家を巻き込み、
王国そのものを手中に収めようと動き出したのだ。

――その火種に、ひとりの少女が利用される。



フォレスト公爵邸での会合を終え、部屋を出ようとしたアトラスの背に、静かな声がかかった。

「――アトラス」

振り返ると、扉の向こうにエヴァリーンが立っていた。
灯りに照らされた彼女の影は細く、けれどその瞳は強く澄んでいる。

「……あなたに、渡したいものがあります」

差し出された小箱を開くと、銀のイヤーカフがひとつ。
金糸で王家の紋章が刻まれ、中央に紫水晶が埋め込まれていた。

「これは……?」

「護符です。私が王家の神殿で祈りを込めました。
 あなたの“耳”が真実を捉え、そして正しく導かれますように。」

アトラスはしばらく言葉を失い、彼女の手を見つめた。
いつも凛として弱さを見せない人。その指先が、ほんのわずかに震えている。

「……ありがとう。大切にします。」

彼はそれを受け取り、右の耳に嵌めた。
金属の冷たさが触れた瞬間、不思議と胸の奥が静かに落ち着いた。

「あなたの耳は、誰よりも真実に近い。……私は、それを信じています。」

言葉はそれだけ。けれど、互いにそれ以上を語る必要はなかった。

廊下の灯が遠のく。
アトラスは扉を出る前、もう一度だけ振り返った。
エヴァリーンは窓辺に立ち、彼の姿が見えなくなるまで見送っていた。
その手のひらには、もうひとつのイヤーカフ――対になる片方が、静かに光っていた。



時は進み――秘密の会合から三日後。

王宮南棟の裏手、石畳の中庭。
焼却炉の前に立つのは、灰色の麻袋を抱きしめたルーリー・フィバット。
赤い光に照らされたその顔は、幸福の絶頂のように見えた。

「ほら、私たちの愛の火も、もう一度燃え上がるのよ。これで殿下の立場も戻るわ。だって、私は“彼のヒロイン”なんだから。」

その声とともに、袋ごと中身を火へ投げ入れた。
ぱちり、と火の粉が跳ねた瞬間、背後から声がした。

「……それで、これからどうするつもり?」

穏やかな声。
ルーリーが振り返ると、そこには黒いマントを羽織ったエヴァリーンがいた。
手には灯りをともしたランタン。淡い光が、二人の間をやわらかく照らす。

「……エヴァリーン様。やっぱり、悪役令嬢は最後に邪魔しに来るんですね。」

ルーリーが嗤う。炎の照り返しで、その瞳が熱に濡れている。

「悪役? そうね。“あなたの思う通りの物語”なら、そうなるのかもしれない。」
エヴァリーンはゆっくりと歩み寄った。

「あなたがすり替えた、その――今は燃えてしまった帳簿。あれは、私たちが用意した“偽物”よ。本物はすでに、王家によって保全されている。
そして、あなたが“本物”だと信じて棚に置いてきたもの――あれこそが、悪意の証拠になるわ。」

「嘘よ! 殿下が仰ったのよ、“私だけが真実を知っている”って!“あの帳簿は捏造されたものだ、悪行の証拠となる本物と入れ替えろ”って!!」

「“殿下がそう仰った”のね?」
エヴァリーンの声は淡々としていた。
「でも、あなたが聞いたその言葉――本当に“殿下の声”でしたの?」

ルーリーの表情が、一瞬だけ揺らぐ。

「……何を、言って……」

「あなたに“通路を使え”と教えた者。“鍵のこと”を知っていた者。帳簿を入れ替えろと囁いた者。それは――殿下だったの?」

「そうよ! 殿下のご命令よ!フォレストもショウインも、国を裏切った悪だと仰ったの!“彼らを討てば王太子に戻れる”って……私はそのためにここに来たの!」

エヴァリーンの声が低く落ちた。

「でもそれは、彼らが仕組んだ“囁き”よ。あなたに『真実をすり替えよ』と吹き込み、“本物の帳簿”を燃やさせたの。フォレスト家もショウイン家も、敵ではなかった。――あなたを使って、国を混乱させようとしたの。」

「嘘よ!! 私の鍵で、ここまでの道は全部開いたのよ!殿下の鍵と同じ形だもの、間違いないわ!」
震える手で金色の鍵をエヴァリーンに見せつける。

「確かめたかったのよ、ルーリー。誰が帳簿をすり替えにやってくるのか。誰が真実を隠滅しようとするのか……あなたを、私たちがここへ導いたの。」

エヴァリーンは胸元から小さな銀の鍵を取り出す。
「見て。これが本物の王家の鍵。王太子の婚約者である私が渡されたものよ。」

彼女は背後の扉に歩み寄り、その鍵で施錠した。
カチリ――音が響く。

「あなたの鍵で、開けてみなさい。」

ルーリーは自分の持つ鍵を差し込み、回す。
だが、全く手応えがない。
何度も、何度も。どちらに回しても音がしない。

「……嘘……嘘よ……だって、開いたのに……!」

「あなたの“真実”は、なんだったの?」
エヴァリーンの声がわずかに震えた。
「あなたは一体、誰に何を言われたの?」

火の粉が跳ね、ルーリーの唇がわなないた。

「……グリザールと…ネロの……使者よ。黒い外套の男たち。学園で、私と殿下の秘密の場所にやってきて、言ったの。“殿下の言葉を預かっている”って……」

「……危うくなった立場を回復するために、グリザールとネロに“協調”を求めた――そう聞かされたのね。」
エヴァリーンはそっと目を閉じた。
「ありがとう。ようやく――聴けたわ。あなたの“本当の言葉”を。」

その瞬間、背後の闇から第二騎士団が姿を現す。
ルーリーの腕が掴まれ、静かに捕縛された。

それでも彼女は、炎を見上げて微笑んだ。
「……でも、私の物語は、ここで終わらないのよ……だって、殿下は、きっと見ていてくださるもの……きっと、また、私を、幸せにしてくれるわ――」

「――幸せにしてくれる?」
エヴァリーンの声がかすかに響いた。
「あなたの言う“幸せ”って、自分ではなれないの?人はね、自分で幸せになろうとするものよ。与えてもらう幸せは、あなたの本当の幸せにはならないわ。」

炎が再び立ち上がり、灰を夜空に散らした。
それは、彼女の“モノガタリ”が終わる音だった。
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