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第3話 異邦人
しおりを挟む太陽がまぶしく、私は汗でくらくらした。
そんな一節を、なぜか思い出す。カミュの『異邦人』だったか。
私はまだ五歳の幼子にすぎないのだが、この茶会に放り込まれた瞬間から、自分が「異邦人」だと悟ってしまった。
子供だけのガーデンパーティ。
おおよそ五歳ばかりの子供たちが揃っている。
けれど子供らしさなんて、どこにもない。
誰も彼もがすでに「乙女ゲーム」の住人よろしく、完璧な笑顔でキャッキャウフフとふるまっている。
前世であれば幼稚園児の頃合い。寄ると触ると大騒ぎの年代である。
にもかかわらず、手練手管で社交を繰り広げる姿には、正直、畏怖すら覚える。
「子供たちは未来の夢を追いかけて──」
どこかで聞いた歌のフレーズが脳裏をよぎる。
「異邦人」と聞くと、そっちも頭をよぎってしまう年代を日本で過ごした私…。
でも、ここにいる子供たちは、未来の夢じゃなくて親の夢を背負ってここにいる。
ある意味ピッタリのフレーズを思い出したものだ。
まあ、この場の笑顔の九割は親の期待でできています、と言ってもいい。
そんな夢を背負った子供達にとって、社交界の頂点付近に位置する公爵家に生まれた私は挨拶するべき人間らしい。
「ごきげんよう、クラリス様」
「またお美しくなられて」
私の周りに行列をなした五歳児から、挨拶を受ける。怖い。
でもにこやかに、母から叩き込まれた定型句を返す。
「ごきげんよう」
「まあそんな、ステラ様こそ」
笑顔で返す私の心の中では…
──ほんまにこんなこと思てんのか?
もし自分で考えてやってるんやったら、逆にすごいわ!精神年齢どうなっとんねん!怖いわ!
笑顔をひとつ向けるたび、言葉をひとつかけるたび、私の背中をじっとり伝う汗。
暑いだけではない。そう、ウフフ言葉を話すたびに背中が痒くなっているのだ。
なのになぜ、彼らはあんなに涼しげなのか。
私だけ暑い?痒い?私だけ蚊帳の外?
ああ、そうか。
私は異邦人だから。
◇
やっと挨拶ラッシュから解放されたと思ったら、今度は「子供たちによるダンス」。
いやいや五歳児やで?普通は「お遊戯」やろ。なのにここのダンスはミニ社交界の縮図や。
前世のことを思い出した。
幼稚園のお遊戯会、担任がトラキチで「六甲おろしを歌わせよう!」と言い出したのだ。
すると副担のカープ女子と大げんか。
「なんで六甲おろしやのん、それやったらついでにそれ行けカープも歌わせよう」
「関西人ならタイガースやろ!そもそもカープの歌なんか関西人知らんわ!」
「関西くくりやったらオリックスはどうやねん」
などという不毛な喧嘩をおっぱじめ、子供そっちのけで火花を散らしていた。
結局「無難に“みかんの花咲く丘”にしましょう」となり、私たちは一列に並んで歌った。
……あれ、なんで急に“みかんの花”やったんやろな。
そんなことを思い出しているうちに、目の前のダンスは終わっていた。
さすが叩き込まれた動きは体が覚えている。
……てか、考えごとしながら踊れてる時点で私、すでにこの世界の洗礼受けすぎやろ。
◇
そんな心の中は非常事態な私を見て、
「さすがクラリス」
「やはり我が家の誇りね」
公爵である父と母が、惜しみない愛情を私に注ぐ。
表情は笑顔で応じる。完璧な令嬢として。
──だが、心の声は違う。
世界の優しい無関心に、私は心を開……けるかああー!
ごめん、カミュ。
あなたのことは嫌いじゃないんだよ。
でも今日はいじり倒したい気分なんや…
◇クラリス文庫
『異邦人』(アルベール・カミュ/フランス)
「今日、ママンが死んだ」で幕を開ける不条理文学。太陽がまぶしくて殺人するという、あまりに突拍子もない展開で、人間存在の不条理を突きつけてくる。
……しかし、いくらなんでもさ、太陽が眩しいからって人殺すなよ。サングラスかけろやサングラス!
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