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第4話 蟹工船
しおりを挟むこの世界には、二つの教育機関がある。
平民は六歳から十五歳まで「初等院」に通う。
読み書きそろばんに、基礎的な歴史。
しかも授業は午前中だけ。半ドンやで半ドン!
午後は家業を手伝うことになっているらしい。
勉強して、働いて、遊んで。
──なんや、青春の黄金律か。うらやましいにもほどがある。
しかも、初等院で成績が抜きん出ている生徒は、王立貴族院に「特別生」として推薦されることもある。
努力すれば貴族と同じ学び舎に立てる。
システムとしては実に健全だ。
一方、貴族は十五歳までは家庭教師にしごかれる。
そして十六歳から二十歳までの四年間、王立貴族院に入学する。
全貴族の子女が王都に集い、1年生の頃は自宅から通うか、あるいは寮に入る。
2年生からは「全寮制」となる。
──そう、「全寮制」。そして「特別生」。
もう完全に王道の乙女ゲーム仕様。
ヒロインを入れるための舞台装置が、がっつり用意されてるやん。
◇
さて、問題は学園に入るまでの十五年間。
この間の貴族教育は……はい、蟹工船でした。
朝は太陽より早く、メイドに叩き起こされる。
午前は算術、歴史、二か国語会話。
昼をかきこめば舞踏、音楽。
午後は刺繍、剣術、礼儀作法。
家庭教師が交代でやってきて、次々と課題を積んでいく。
「クラリス様、あなたほど優秀なお子様は滅多におりません」
──お世辞の一言で宿題二倍。
「クラリス様なら、きっと明日までに覚えておいででしょう」
──笑顔で三倍。
あのな、積むだけ積んで帰っていくなや。
せめて一缶でも持って帰れ。
課題はまるでカニ缶。
積んでは崩れ、また積み上げる。
そう、賽の河原の石積みや。
この場合の崩す鬼、もとい──親方は。
目の前で素晴らしい笑顔を浮かべる家庭教師その人である。
「クラリス様ならきっとできますわ」
にっこり言われるたび、背中にじっとり汗が流れる。
◇
しかも学習の一環には「視察」まである。
きっちりした格好をして、馬車に乗り、ポクポク揺られて向かうのは、貴族が経営する商会や王立の研究所。
全く気の抜けない場所ばかりだ。
だが、その道すがら見かける平民の皆様は──。
春。
畑で摘んだイチゴを、その場でパクパク。
夏。
ギャハギャハ笑いながら川に飛び込む。
秋。
あああああ、ヤキイモ食べてはるう。
冬。
雪合戦。楽しそうすぎて泣ける。
……何これ、四季折々の青春パラダイス。
こっちは視察の感想を三枚レポートで書かされるってのに。
あっちの方がよっぽど人生の勉強やろ!
◇
父と母は愛情深い。
「クラリス、あなたはこの家の誇りよ」
「クラリス、希望の星とは君のことだ」
そう言ってくれるのは嬉しい。
でもな……その言葉が全部、ノルマ増量の形で降りかかってくるんや。
庶民は半ドン青春。
貴族はフルドン蟹工船。
この違いは一体なんやねん。
◇
ああ、この世界は乙女ゲームのはずやのに。
何でやろなあ、美しいこの世界で過ごしているのに、思い出すのはプロレタリア文学ばかりなり。
多分、甘い甘いこの世界に、私はどうしてもしょっぱいものを求めてしまうからなんやろな。
ああ。せんべい食べたい。
◇
クラリス文庫
『蟹工船』(小林多喜二/日本)
極寒の海で搾取される労働者たちを描いた、プロレタリア文学の代表。過酷な現実と連帯の可能性を告発する作品。
……けどな。蟹缶積んでは崩れて、また積む。完全に賽の河原やん。読んでるこっちの胃まで痛なるわ。
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