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第5話 高慢と偏見
しおりを挟む茶会の庭園は、華やかな笑顔で満ちていた。
十五歳、王立貴族院入学を控えた子女たちが集う場。
「お友達作り」の名目ながら、実態は──今まで積み上げてきた“蟹缶教育”の成果発表会だ。
淑女の挨拶、お辞儀の角度、声の張り方。
一つ披露するたびに、互いを褒め合う。
「まあ、角度が完璧ですわ!」
「ごきげんよう、その発音が澄み切っていて素晴らしい!」
……角度やぞ?
ただお辞儀しただけやぞ?
胃がぎりぎり痛み、背中は痒くてたまらない。
砂糖菓子みたいに甘ったるい褒め合いが、庭園いっぱいに響き渡る。
ああああ、どうしよう。もう無理かもしれん。
なんでこんなに痒いのか。
孫の手誰かください。
わかってる、私がこの世界では異分子だ。
私の思いは高慢であり、偏見に満ちているのもわかっている。
けれど…けれどやな!
「クラリス様のお立ち居振る舞いこそ芸術ですわ」
「ごきげんようの響きが清流のせせらぎのよう!」
……もうあかん。
本音が喉までせり上がってきた。
そのとき、不意に脳裏に甦ったのは「京都中心部出身の祖母」が「奈良出身の母」に放っていた“アレ”の数々。
子供の頃は、なんじゃそらと思いながら、祖母の家にいつもある御池煎餅やら阿闍梨餅やら食べてた。
あんまり良い思い出ではないが、今は、それが救いの綱に思える。
私はにっこり笑って、先ほど私のドレスを褒めてくれた隣の令嬢に声をかけた。
「まあ、ステラ様の縦ロール。見事でございますわ。
どのように巻かれているのか、ぜひご伝授いただきたいほどです」
……出た。出してもうた。祖母のアレ。
言った瞬間、胃がすっと軽くなり、背中の痒みも和らぐ。
「まあ! ありがとう、クラリス様。今度ぜひお教えいたしますわ!」
……あれ。
刺さらへんのか。
母はあれでいつもシュンとしてたのに。
ステラ嬢、普通に受け取っとる。
しかも褒めてもらった!って縦ロールをぷるぷるさせて喜んでる。
けれど、確かに胃は少し楽になっていた。
──これ、自分に効くやん。
視線をすぐ横にやると、鮮やかな玉虫色の上着をまとった少年が目に入った。
リクロー子息。
昼の陽光を反射して、ぎらぎら眩しい。
──おい、それ、夜会用やろ。
昼間に着るなや。誰か指摘せーや。
私はさらに微笑みを深める。
「あら、そのお召し物……素晴らしく輝いていらっしゃって。
お昼間でも目に眩しゅうございますわ」
リクローは胸を張り、声を弾ませる。
「お褒めいただき光栄です、クラリス様!」
──マジか。
全然刺さらへん。
むしろ余計に眩しなった気ぃするわ。
アレ、放ったはずやのに。
2人とも笑顔でニコニコキラキラと私を見つめてくる。
それでも不思議と、胃はさらに落ち着いていた。
言うた方が、まだマシ。
これこそ祖母が残した生存スキルや。
◇
帰宅して、私からの報告をきいた両親は。
「さすがクラリス」
「やはり我が家の誇りね」
いつも通り、惜しみない愛情を注いでくれる。
私は完璧な令嬢の笑顔で応じながら、心の中で手を合わせた。
──おばあちゃん、お母さん、ありがとう。
このスキルを与えてくださったお二人のおかげで、私はもう少し生き延びられそうです。
あの時は鬱陶しいなと思ってたけど、これは素晴らしい攻略方法です。
まだまだ未熟な私ですが、精進いたします。
◇
クラリス文庫
『高慢と偏見』(ジェイン・オースティン/イギリス)
誤解と偏見から始まる恋の物語。英国恋愛小説の金字塔。
……恋愛は最初から正直になった方が楽やで、と教えてくれる。
偏見の応酬で胃もたれする一冊。
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