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第6話 破戒
しおりを挟む「世の中に対してすまないような気がしてならぬ。」
なるほど。彼はこういう気持ちやったんか。
島崎藤村の『破戒』の主人公。
出自を隠して生きるしかなかった男の言葉。
今、入学式前夜の私は──まさにその気持ちである。
ずっと、ずっと自分を偽って茶会に出てきた。
ほんまは砂糖菓子なんて苦手やのに、「甘いもの大好きですわ」と微笑む令嬢を演じ続けてきた。
辛かった。背中は痒いし、胃はきりきり痛いし。
けれど、これからも偽って生きなければならぬ。
ここはそういう世界なのだから。
◇
あの茶会以来、不思議と懐いてきた二人がいる。
縦ロール芸人のステラ嬢と、玉虫服芸人のリクロー子息。
なぜか毎回のように私のそばに寄ってきて、嬉々として話しかけてくる。
私が胃の痛みに耐えかねて“アレ”を繰り出すと──
必ずにっこり笑って、まるで最高の褒め言葉でも受けたかのように喜ぶのだ。
……ありがたい。ほんまにありがたい。
正直、手を合わせて拝みたいくらいありがたい。
けれど少しばかり良心が痛む。
こっちはいけずの練習をしてるだけなのに。
それでも二人は、本気で嬉しそうに受け止めてくれるのだ。
チクチク刺すつもりの言葉を投げても、笑顔。
その笑顔に救われる自分がいる。
もはや彼らは「安全なツッコミ練習台」であり、奇妙に安らぐオアシスになっていた。
彼らも明日からは学園の同級生。
婚活茶会はほんま地獄やったけど、この二人との出会いだけは感謝せなあかん。
さて、明日に備えて寝よう。
とにかくHPとMPは満タンにせな。
◇
入学式の朝。
王立貴族院の大扉をくぐった瞬間──
そこにニコニコ笑顔のステラとリクローが立っていた。
相変わらず仲が良くて、安定の派手オーラ。
ほんまこの二人、結婚したらええのに……と思った、その時。
「クラリス様!」
「私たち──」
「婚約したんです!」
おおおおおお。
なんと!
この二人が婚約?夫婦になるだと!?
「まあ、なんて素晴らしいお話ですこと! おめでとうございます」
久々に心から、本音の祝福を贈った。
ステラもリクローも、目を合わせてにっこり。
なんだか幸先の良い朝であった。
◇
盛大な入学式。
殿下の挨拶、校長の長話。
そして拍手ひとつでさえ「川のせせらぎのようですわ」と褒め合う。
……やっぱり甘い。甘すぎる。
砂糖菓子に蜂蜜かけて金粉ふりかけてるレベル。
背中は痒いし、胃はキリキリと今日もフル稼働。
そして最後に──彼女が現れた。
校長から紹介される「平民の特待生」である。
「えへっ、がんばります!」
そう言って壇上で笑ったのは、どう見ても“テンプレ乙女ゲームのヒロイン”。
桃色の髪に桃色の瞳。背は低く、胸はそないになく、全体的に細身。
そしてお決まりの一文。
「新入生の世話役は、王子殿下に任せる」
「心得ました」
王子はヒロインの隣に立ち、軽く頷いた。
◇
私は席からそれを眺めながら、心の中で肩をすくめた。
──はいはい、テンプレイベント発生っと。
私には関係ない。
ステラとリクロー婚約者コンビと一緒に、高みの見物でもしておけばいい。
……そう思っていた。
クラリスはとことん人ごとだった。
けれど、そういうわけにはいかない。
そうだ、テンプレは。テンプレは彼女を離さない。
彼女は「一番の高位貴族」なのだ。
なのに彼女は、どうやってこの世界の甘さを回避するかに専念し、自分が巻き込まれていくテンプレ展開をすっかり忘れていたのだ。
いよいよ──乙女ゲーム本編が幕を開ける。
◇
クラリス文庫
『破戒』(島崎藤村/日本)
出自を隠す苦悩と差別を描いた近代文学の代表作。
「世の中に対してすまないような気がしてならぬ」──その重さよ。
……でもな、偽らんとあかん時もあるんや涙。
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