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第7話 学園天国
しおりを挟む一年生のあいだ、私はなんとか無事に過ごした。
……いや、無事と言うても、毎日が甘すぎる世界との格闘やったんやけど。
「まあクラリス様のお辞儀の角度! 完璧ですわ!」
「クラリス様の発音は澄みきっていて清流のせせらぎのよう!」
……角度やぞ? ただ頭下げただけやぞ?
あと清流のせせらぎの発音てどんなや。
たまらんわもう。
胃は痛いし頭は重いし、けれどこれが“この世界”。
生きていく以上、向かい合わんとしゃあない。
幸い、私には癒やしがいた。
縦ロール芸人のステラ嬢と、玉虫服芸人のリクロー子息。
二人は相変わらず元気で派手で、私のそばに来ては眩しく笑ってくれた。
婚約に浮かれてか、はたまた私の世話を焼く時間で勉強が減ったせいか、二人とも成績が落ちてしまったらしい。
──結果、成績順でクラスが分けられた二年目、私は一人だけクラスが離れてしまった。
私? 一年の学期末試験で首位やったらしい。
家庭教師の蟹缶教育の賜物や。胃を犠牲にした成果や。
……褒めてくれてもええんやで?
学年の皆から、一目置かれる私……公爵令嬢という立場も相まって、ある意味「人気者」になってしまった。
◇
この一年で、もう一人の「人気者」も台頭していた。
平民からただひとり特別生として入学した少女──フローラ。
彼女の“特別さ”は、たしかに目を引いた。
なにせ「第三の目がある」と自称している。
は? 三つ目がとおる? と心の中で突っ込んだのは言うまでもない。
ある日の休み時間。
「リボンがないの!」と泣きそうな子に向かって、フローラは指を組み、目を細めた。
「……見えました。教室の隅、地図帳の下です」
ほんまかいな、と思ったら──出てきた。リボン。
「フローラ様すごい!」の大合唱。
(第三の目て。眼科なんか皮膚科なんか。まあ当たったけど)
別の日の食堂では恋バナ相談に「運命は“急がず、目線から”です」と微笑んで、翌週には二人が並んで歩いていた。
「当たった!」と拍手喝采。
(どちらとも取れる言葉って、便利やな……)
極めつけは遠足前日。空が怪しいときに、
「午前は降ります。でもお昼には上がります」
と宣言。見事的中で「第三の目!」とまた信者が増えた。
(天気予報アプリもびっくりやで。ここ電波ないけど)
こうしてフローラは、じわじわと人気を積み上げていった。
私は特に気にしていなかった。
むしろ──彼女の方が“この甘い世界”には似合ってるんちゃうか、くらいに思っていた。
◇
そして二年生からは寮生活となる。
全寮制──青春やん!
掃除も洗濯も料理も、寮の使用人がやってくれる。
しかし、今まで全てをやって来てもらった貴族たちにとっては結構辛い環境かもしれない。
「一人の貴族として独立する第一歩です」などと校長は言った。
……ああ、寮生活! 自分の部屋! 青春や!
ちょっと浮かれた。浮かれてしまった。
前世を思い出し、「勉強する気もしない気も~♪」と鼻歌まで出る始末。
だが案内された部屋は、高位貴族ゆえ最上階の奥。
警備がしやすいからとかで、外に出にくく、誰も訪れにくい。
要するに、めっちゃ孤独。
あれ? 青春って、こんな寂しいんやったっけ?
◇
寮に入る直前の週末、王家からの通達が届いた。
「婚約者候補に選ばれた」
印の押された文書を何度も読み直す。やっぱり私の名前がある。
「お父様お母様、わたくしには無理です!」
思わず声を上げた。
しかし両親は穏やかに、けれどはっきりと言った。
「これは我が国の貴族の務めなんだよ」
「候補に上がった以上、皆からそういう目で見られることを覚悟しなさい」
……驚いた。甘いだけの人たちやと思ってたのに。
けれど両親の目は真剣だった。
きっぱりとぶれずに、この世界に生きる貴族としての務めを果たそうとしている。
ああ。ここで私は、本当に生きていかんとあかんのや。
胸がぎゅっと締めつけられた。
暗い気持ちで部屋に戻ると、モリーが泣いていた。
「もうお嬢様を起こせないなんて……! 私の技、どんどん上がってたのに!」
「ありがとう、モリー。長期休みには帰ってくるから、その時は起こしてね?」
「うわぁん! 遅刻しそうなときのスリルと達成感がいいんですよぉ!」
モリー…遅刻しそうになる前に、もうちょーっと早く起こしてくれんか。あのギリギリショックは、モリーのスリルのためだったのかと。
泣きじゃくる彼女を見て、しみじみ思った。
──家を離れるのは、本当に寂しい。
◇
そんなこんなで始まった二年生。
寮生活は寂しいが、食堂でステラに会えるのが救いだった。
そして新しい教室。
……何かが違う。
何が違うと聞かれたら明確には言えない。
けれど、空気が違う。取り巻く視線が一年目と違っている。
休み時間、ノートを閉じるとじっとりとした視線を感じる。
誰も声をかけてこない。
離れたところからこちらを見て──すぐ目を逸らす。
え、なんで? 気のせい?
いや、私は公爵家の娘。距離を置かれるのも仕方ない。
しゃあない。しゃあないんや。
けど……ステラとリクローがいた一年生の時、楽しかったなぁ。
そんなことをぼんやり考えていたときだった。
◇
「クラリス様」
声をかけてきたのは、にっこり笑うフローラ。
あの“奇跡の特別生”、テンプレの「ヒロイン」。
ぱっと見は変わらぬ笑顔。
その笑顔を崩さぬまま、私の耳にだけ届く低い声で。
──あんた、うざい。
にこにこ顔で、声だけ低く。
誰にも聞こえないように、私だけに。
「え……?」
心臓がぎゅっと握りつぶされるような痛み。
何が起きたのかわからないまま、
私の生活が、一瞬で音を立てて崩れ始めた。
◇
クラリス文庫
『学園天国』(フィンガー5/日本)
「Hey Hey Hey Hey!」で始まるノリノリ青春ソング。
学校って楽しい!青春だ!って全力で歌い上げるやつ。
……けど実際はどうやろなあ~
青春やん!言うて浮かれてた矢先に「うざい」って言われるんやから。
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