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第11話 三銃士
しおりを挟むあれから二ヶ月。クラリスは辺境伯領に身を寄せていた。
公爵ノルベルトは娘の心を守るため、思い切って環境そのものを変える決断を下した。
すでに最終学年までの課程を修めていたクラリスにとって、学業の遅れは問題ではなかった。
「クラリス様を一人にしない」と誓ったステラとリクローも、両家を通じて許可を得て同行を許された。
ロマイシン公爵とフェルゼンヴァルト辺境伯は、かつて学園で机を並べた旧友だった。
その縁もあり、クラリスの様子を案じた辺境伯が「環境を変えてはどうか」と進言したのだ。
今でこそ、ようやく外に目を向けるようになった。
だが到着当初のクラリスは、まるで抜け殻のようだった。
食欲もなく、夜は眠れず、昼はただ涙をこぼすばかり。
生きている証だけがそこにあり、心は遠くへと閉ざされていた。
◇
その日の午後。
クラリスは小客間の窓辺に腰を下ろし、ステラとリクローが寄り添っていた。
柔らかな陽が差し込む静かな室内。慣れない人の出入りは禁じられ、メイドの姿もなかった。
そこへ、控えめなノックの音が響いた。
リクローが扉を開けると、背の高い青年が勢いよく踏み込んできた。
「……クラリス?」
一瞬、時間が止まった。
彼の知る公爵令嬢は、気丈で軽やかに笑う少女だった。
その面影を失い、痩せ細った肩を震わせる姿に、言葉より先に声が迸る。
「おいおいおい! ……クラリス、大丈夫かよ!!」
その大声に、クラリスの身体が小さく跳ねた。
怯えた小鳥のように目を見開き、震える唇からかすれた声が漏れる。
「……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」
ステラは即座にクラリスを抱き寄せた。
怒りが喉まで込み上げたが、声を荒げれば逆効果だとわかっている。
唇を噛み、震える声を絞り出した。
「……どうしてそんな大きな声を……あなたは一体、誰なんですか」
クラリスを庇い、そのまま肩を支えて部屋を後にする。
「もう大丈夫です、クラリス様」と囁きながら。
扉が閉まり、残されたのはレオンとリクローだけだった。
◇
沈黙が落ちる。
やがてレオンは深く息を吐き、低く言った。
「……すまない。元気なクラリスしか知らなかった。
あんな姿を見たのは初めてで……思わず声が出た。本当にすまない」
リクローはしばし目を伏せ、言葉を選びながら答えた。
「クラリス様は……学園で孤立させられていました。ひそひそ笑いに、心ない言葉。
それでも私たちを巻き込まぬよう、わざと突き放して……だから壊れてしまったのです」
レオンは拳を握りしめ、深く頷いた。
「……そうだったのか」
一拍置いてから、彼は姿勢を正し、自己紹介をした。
「俺はレオンハルト・フェルゼンヴァルト。辺境伯の長男だ。
クラリスとは……幼い頃から顔を合わせてきた。王都に住んでいた一年間も、公爵家に世話になっていたからな。
……クラリスは、良い友人を見つけたのだな。俺が言うのもなんだが……ありがとう」
リクローは驚きに目を見開いたが、すぐに深く頭を下げた。
「……こちらこそ。クラリス様の傍にいられることを、誇りに思います」
◇
その時、扉が荒々しく開いた。ステラが戻ってきたのだ。
「クラリス様は――!」
声は涙に濡れ、これまで抑えていた感情が決壊していた。
「クラリス様は、大きな声が一番だめなんです! 学園で脅かされ、嘲られて……!
だから少しでも大きな声が聞こえると、もう、だめなんです……っ!」
言い終えた途端、ステラは嗚咽に崩れ落ちた。
リクローが慌てて抱きとめる。
その背後で、レオンは直角に頭を下げていた。
「……本当に申し訳なかった。驚きすぎて、声が抑えられなかった」
「やめてください! レオンハルト様!」リクローが慌てて制した。
「ステラ、この方は辺境伯のご長男だ。幼い頃からクラリス様をご存じで……その変わりように驚かれただけなんだ」
「……辺境伯の、ご長男……?」
ステラは涙に濡れた瞳を大きく見開いた。
「……ごめんなさい。私、神経質になっていて……」
震える声で謝り、深く頭を下げる。
リクローが静かに補った。
「彼女はずっとクラリス様と一緒にいたんです。だから、誰よりも敏感なんです」
レオンは頷き、真っ直ぐに言葉を紡いだ。
「……そうか。ありがとう。クラリスをあんなふうにした連中が許せない。
クラリスを追い詰めた奴らは、まだ学園で笑っているんだろう?
あいつらが何事もなかったように暮らしていると思うと、腹の底が煮えくり返る。
……追い詰めてやりたい。クラリス以上の苦しみを味わわせてやりたい。
だがそのためには、まずクラリスに幸せになってもらわなきゃならない。
元気を取り戻して、前を向けるようになってもらわないと……俺も、君たちと一緒にクラリスを支えたい」
ステラは涙を拭い、小さく笑った。
「……こちらこそ。一緒にお願いします」
リクローも深く頷いた。
三人は互いに手を伸ばし、がっちりと握手を交わす。
その手の温もりに誓いが結ばれ、熱い想いが胸に宿る。
――その時。レオンがふと首をかしげ、ぽつり。
「……ところで、君たち、誰?」
「「はぁっ!?!?」」
リクローとステラの声が揃い、空気が一瞬止まった。
だが次の瞬間――
「ぷっ……」
「わははは!」
小客間に笑い声が弾けた。
彼女を守る誓いは、笑いと共に結ばれた。
そしてこの瞬間から、クラリスを支える輪は確かに広がっていった。
◇
リクロー文庫
『三銃士』(アレクサンドル・デュマ/フランス)
「一人はみんなのために、みんなは一人のために」――
友情と誓いを胸に戦う若者たちの冒険譚。
数ではなく、心が並んだ時にこそ仲間は真の力を持つ。
僕たちも、そうありたい。
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