15 / 24
第15話 ジェーン・エア
しおりを挟む
いつの間にか、私の心にはレオンハルト様が住み着いていました。
なぜ気づいたかというと――彼がいないと、目の前の食事が三割減、おいしくないのです。
同じ朝食なのに、レオン様がいない朝は味が薄い。
おかしいな?と思っていたら、その日の昼食はふつうに美味しい。
翌朝はレオン様が隣にいて、やっぱり美味しい。
でも昼は、また三割減。
……これは、あれだ。
私、多分、レオン様に恋をしてしまっている。
私を見るレオン様。
頭をわしゃわしゃ撫でてくれるレオン様。
大きな口で肉にかぶりつく、飾りのないレオン様。
その全部が、私の心を温かくしてくれる――それに気がついてしまった。
気づいてしまったら……どないしよ。顔が見れへん。
えー、まじどないしょー。
恥ずかしさに負けて、朝食をキャンセルしてしまった私。
悶々とベッドに潜っていると、その当人がやって来てしまった。
ノックに返事はしたものの、結局うつ伏せのまま上掛けを頭まで引き上げる。
「クラリス?」
「……」
ふわり、上掛け越しに背へ手の温もり。
「どうした? もしかして、また辛いのか?」
「……」
「クラリス、本当に大丈夫か?」
その声に、なぜか涙が溢れてくる。
ああ、私、いつの間にこんなに、好きになってしまったのだろう。
「……泣いているのか? まだ苦しいのか、クラリス。大丈夫だ。俺がそばにいるから」
その言葉に、余計に涙がこぼれた。
背中をそっと往復する手。落ち着けるはずの温もりが、胸を突いてくる。
「……ちがう、違うんです、レオンハルト様……」
「クラリス?」
「私、こんなに――泣いてしまうほど、レオンハルト様のことが好きになってしまったんです。……好きなんです」
沈黙。
背に置かれた手はそのまま、空気だけが少し震えた。
あれ、私、何か間違えたかな……。恐る恐る上掛けから顔を出す。
レオン様の顔は、真っ赤。しかも、目が少し潤んでいる。
「レオンハルト様?」
「……クラリス……」
今まで見たことのない、甘い笑みと涙目。
次の瞬間、上掛けごと、強く――でも優しく、抱きしめられた。
「俺も、好きだよ、クラリス。よかった、間に合った。……クラリス、好きだ」
「私も……私もです」
言葉が触れ合ったところで、距離は自然にゼロになった。
初めての口づけ。指先がふるえて、呼吸が重なって、甘さはちゃんと“満点”だった。
◇
二人が気持ちを確かめ合ってから、数週間が過ぎたある日の午後。小客間。
向かい合うのは――ロマイシン公爵ノルベルトお父様と、お母様アナベル。
そしてフェルゼンヴァルト辺境伯(レオン様の父上)と、レオンハルト様。
緊張した空気の中、最初に立ったのはレオン様だった。まっすぐ膝をつき、私の両親へ頭を垂れる。
「ロマイシン公爵、アナベル様。――お嬢さん、クラリスを私にお与えください。
彼女を守り、支え、共に生きることをここに誓います」
空気が澄んだ。父様が私に視線を移す。
「……クラリス。お前の意志は?」
「……わたくしの心は、レオンハルト様にあります。ただ――その前に、申し訳ございません。わたくし、王太子の“婚約者候補”でございましたのに……」
お父様が首を傾げる。
「何を謝っている?」
「いえ、その……王太子妃から“逃げた”形になってしまって……レオンハルト様と――」
「問題ない」
さらりと一言。…え、ちょっと胸騒ぎがする(いや、すごく)。
「……と申しますと?」
「王太子殿下は、レオンハルト様だ」
「はあ?」
綺麗に裏返った私の声。お母様が上品に口元を隠し、フェルゼンヴァルト辺境伯は愉快そうに肩を震わせる。
当の本人は、耳まで真っ赤。
お父様は淡々と続けた。
「この国の“王太子選定”は学園修了後だ。王家に連なる若者を公平に見極め、最終的に国王が任ずる。
この度、正式に“王太子殿下・レオンハルト”が選定された。ゆえに――何の問題もない」
「ま、まさか……いつの間に……」
「昨夜、書状が着いたばかりでな」と辺境伯。
レオン様は肩をすくめる。
「……というわけで、“王太子妃から逃げた”どころか、“王太子妃に直行”だな」
「くっ……せっかく王太子妃から逃れたと思ったのにぃ……!」
思わず膝の上で握り拳。母様がくすくす笑う。
レオン様が身を寄せ、小声で。
「逃がす気は、最初からなかったけど」
「……」
「――ずっと好きだったから」
「……そんな真顔で言わないでくださいませ。顔が熱くなります」
「俺も熱い。……公平だな」
「なにその公平……」
フェルゼンヴァルト辺境伯が親指をぐっと立てる。
「王家の務めは骨が折れるが――お前たちならやれる。クラリスを泣かせたらどこまででも迎えに行くからな、レオン」
「父上、それは脅しです」
「事実だ」
お父様は姿勢を正し、レオン様を正面から見据えた。
「レオンハルト殿」
「はい」
「娘を頼む。――クラリスの笑顔を、絶やすな」
「必ず」
その短い答礼が、胸の奥まで響く。
私は深く息を吸い、真正面を見た。
「勝手ばかりでごめんなさい。けれど、わたくし――彼となら、この世界を生きていけると思います」
お母様がそっと頷き、お父様の目尻がやわらぐ。
「許す。……ただし、公の発表は“卒業披露夜会”だ。王太子選定と、婚約、そして側近任命は同夜にまとめて告げられる」
「承知しました」とレオン様。私も深く一礼する。
出ていく間際、袖口をそっと引かれた。
「クラリス」
「はい」
「朝ごはん、明日から“うまさ三割増し”で」
「……責任、取ってくださいませ」
「全部、取る」
笑いがふわりと広がる。カーテンが一枚、風に揺れた。
――夜会は、もうすぐだ。
◇
クラリス文庫
『ジェーン・エア』(シャーロット・ブロンテ/イギリス)
財産や身分では量れない、対等な心と誠実な誓い。
誇りを持つヒロインは、甘いだけの愛より“支えあう意志”を選ぶ。
――婚約は約束、愛は実行。私たちは、その両方で結ぶ。
なぜ気づいたかというと――彼がいないと、目の前の食事が三割減、おいしくないのです。
同じ朝食なのに、レオン様がいない朝は味が薄い。
おかしいな?と思っていたら、その日の昼食はふつうに美味しい。
翌朝はレオン様が隣にいて、やっぱり美味しい。
でも昼は、また三割減。
……これは、あれだ。
私、多分、レオン様に恋をしてしまっている。
私を見るレオン様。
頭をわしゃわしゃ撫でてくれるレオン様。
大きな口で肉にかぶりつく、飾りのないレオン様。
その全部が、私の心を温かくしてくれる――それに気がついてしまった。
気づいてしまったら……どないしよ。顔が見れへん。
えー、まじどないしょー。
恥ずかしさに負けて、朝食をキャンセルしてしまった私。
悶々とベッドに潜っていると、その当人がやって来てしまった。
ノックに返事はしたものの、結局うつ伏せのまま上掛けを頭まで引き上げる。
「クラリス?」
「……」
ふわり、上掛け越しに背へ手の温もり。
「どうした? もしかして、また辛いのか?」
「……」
「クラリス、本当に大丈夫か?」
その声に、なぜか涙が溢れてくる。
ああ、私、いつの間にこんなに、好きになってしまったのだろう。
「……泣いているのか? まだ苦しいのか、クラリス。大丈夫だ。俺がそばにいるから」
その言葉に、余計に涙がこぼれた。
背中をそっと往復する手。落ち着けるはずの温もりが、胸を突いてくる。
「……ちがう、違うんです、レオンハルト様……」
「クラリス?」
「私、こんなに――泣いてしまうほど、レオンハルト様のことが好きになってしまったんです。……好きなんです」
沈黙。
背に置かれた手はそのまま、空気だけが少し震えた。
あれ、私、何か間違えたかな……。恐る恐る上掛けから顔を出す。
レオン様の顔は、真っ赤。しかも、目が少し潤んでいる。
「レオンハルト様?」
「……クラリス……」
今まで見たことのない、甘い笑みと涙目。
次の瞬間、上掛けごと、強く――でも優しく、抱きしめられた。
「俺も、好きだよ、クラリス。よかった、間に合った。……クラリス、好きだ」
「私も……私もです」
言葉が触れ合ったところで、距離は自然にゼロになった。
初めての口づけ。指先がふるえて、呼吸が重なって、甘さはちゃんと“満点”だった。
◇
二人が気持ちを確かめ合ってから、数週間が過ぎたある日の午後。小客間。
向かい合うのは――ロマイシン公爵ノルベルトお父様と、お母様アナベル。
そしてフェルゼンヴァルト辺境伯(レオン様の父上)と、レオンハルト様。
緊張した空気の中、最初に立ったのはレオン様だった。まっすぐ膝をつき、私の両親へ頭を垂れる。
「ロマイシン公爵、アナベル様。――お嬢さん、クラリスを私にお与えください。
彼女を守り、支え、共に生きることをここに誓います」
空気が澄んだ。父様が私に視線を移す。
「……クラリス。お前の意志は?」
「……わたくしの心は、レオンハルト様にあります。ただ――その前に、申し訳ございません。わたくし、王太子の“婚約者候補”でございましたのに……」
お父様が首を傾げる。
「何を謝っている?」
「いえ、その……王太子妃から“逃げた”形になってしまって……レオンハルト様と――」
「問題ない」
さらりと一言。…え、ちょっと胸騒ぎがする(いや、すごく)。
「……と申しますと?」
「王太子殿下は、レオンハルト様だ」
「はあ?」
綺麗に裏返った私の声。お母様が上品に口元を隠し、フェルゼンヴァルト辺境伯は愉快そうに肩を震わせる。
当の本人は、耳まで真っ赤。
お父様は淡々と続けた。
「この国の“王太子選定”は学園修了後だ。王家に連なる若者を公平に見極め、最終的に国王が任ずる。
この度、正式に“王太子殿下・レオンハルト”が選定された。ゆえに――何の問題もない」
「ま、まさか……いつの間に……」
「昨夜、書状が着いたばかりでな」と辺境伯。
レオン様は肩をすくめる。
「……というわけで、“王太子妃から逃げた”どころか、“王太子妃に直行”だな」
「くっ……せっかく王太子妃から逃れたと思ったのにぃ……!」
思わず膝の上で握り拳。母様がくすくす笑う。
レオン様が身を寄せ、小声で。
「逃がす気は、最初からなかったけど」
「……」
「――ずっと好きだったから」
「……そんな真顔で言わないでくださいませ。顔が熱くなります」
「俺も熱い。……公平だな」
「なにその公平……」
フェルゼンヴァルト辺境伯が親指をぐっと立てる。
「王家の務めは骨が折れるが――お前たちならやれる。クラリスを泣かせたらどこまででも迎えに行くからな、レオン」
「父上、それは脅しです」
「事実だ」
お父様は姿勢を正し、レオン様を正面から見据えた。
「レオンハルト殿」
「はい」
「娘を頼む。――クラリスの笑顔を、絶やすな」
「必ず」
その短い答礼が、胸の奥まで響く。
私は深く息を吸い、真正面を見た。
「勝手ばかりでごめんなさい。けれど、わたくし――彼となら、この世界を生きていけると思います」
お母様がそっと頷き、お父様の目尻がやわらぐ。
「許す。……ただし、公の発表は“卒業披露夜会”だ。王太子選定と、婚約、そして側近任命は同夜にまとめて告げられる」
「承知しました」とレオン様。私も深く一礼する。
出ていく間際、袖口をそっと引かれた。
「クラリス」
「はい」
「朝ごはん、明日から“うまさ三割増し”で」
「……責任、取ってくださいませ」
「全部、取る」
笑いがふわりと広がる。カーテンが一枚、風に揺れた。
――夜会は、もうすぐだ。
◇
クラリス文庫
『ジェーン・エア』(シャーロット・ブロンテ/イギリス)
財産や身分では量れない、対等な心と誠実な誓い。
誇りを持つヒロインは、甘いだけの愛より“支えあう意志”を選ぶ。
――婚約は約束、愛は実行。私たちは、その両方で結ぶ。
193
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
本当に現実を生きていないのは?
朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。
だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。
だって、ここは現実だ。
※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。
これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
悪役令嬢の取り巻き令嬢(モブ)だけど実は影で暗躍してたなんて意外でしょ?
無味無臭(不定期更新)
恋愛
無能な悪役令嬢に変わってシナリオ通り進めていたがある日悪役令嬢にハブられたルル。
「いいんですか?その態度」
魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。
iBuKi
恋愛
サフィリーン・ル・オルペウスである私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた既定路線。
クロード・レイ・インフェリア、大国インフェリア皇国の第一皇子といずれ婚約が結ばれること。
皇妃で将来の皇后でなんて、めっちゃくちゃ荷が重い。
こういう幼い頃に結ばれた物語にありがちなトラブル……ありそう。
私のこと気に入らないとか……ありそう?
ところが、完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど――
絆されていたのに。
ミイラ取りはミイラなの? 気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。
――魅了魔法ですか…。
国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね?
いろいろ探ってましたけど、どうなったのでしょう。
――考えることに、何だか疲れちゃったサフィリーン。
第一皇子とその方が相思相愛なら、魅了でも何でもいいんじゃないんですか?
サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。
✂----------------------------
不定期更新です。
他サイトさまでも投稿しています。
10/09 あらすじを書き直し、付け足し?しました。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる