【完結・番外編更新中】異世界令嬢生活は、思ったよりもしんどいです。

桜野なつみ

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第15話 ジェーン・エア

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いつの間にか、私の心にはレオンハルト様が住み着いていました。
なぜ気づいたかというと――彼がいないと、目の前の食事が三割減、おいしくないのです。

同じ朝食なのに、レオン様がいない朝は味が薄い。
おかしいな?と思っていたら、その日の昼食はふつうに美味しい。
翌朝はレオン様が隣にいて、やっぱり美味しい。
でも昼は、また三割減。

……これは、あれだ。
私、多分、レオン様に恋をしてしまっている。

私を見るレオン様。
頭をわしゃわしゃ撫でてくれるレオン様。
大きな口で肉にかぶりつく、飾りのないレオン様。
その全部が、私の心を温かくしてくれる――それに気がついてしまった。

気づいてしまったら……どないしよ。顔が見れへん。
えー、まじどないしょー。

恥ずかしさに負けて、朝食をキャンセルしてしまった私。
悶々とベッドに潜っていると、その当人がやって来てしまった。
ノックに返事はしたものの、結局うつ伏せのまま上掛けを頭まで引き上げる。

「クラリス?」

「……」

ふわり、上掛け越しに背へ手の温もり。
「どうした? もしかして、また辛いのか?」
「……」
「クラリス、本当に大丈夫か?」

その声に、なぜか涙が溢れてくる。
ああ、私、いつの間にこんなに、好きになってしまったのだろう。

「……泣いているのか? まだ苦しいのか、クラリス。大丈夫だ。俺がそばにいるから」

その言葉に、余計に涙がこぼれた。
背中をそっと往復する手。落ち着けるはずの温もりが、胸を突いてくる。

「……ちがう、違うんです、レオンハルト様……」

「クラリス?」

「私、こんなに――泣いてしまうほど、レオンハルト様のことが好きになってしまったんです。……好きなんです」

沈黙。
背に置かれた手はそのまま、空気だけが少し震えた。
あれ、私、何か間違えたかな……。恐る恐る上掛けから顔を出す。

レオン様の顔は、真っ赤。しかも、目が少し潤んでいる。

「レオンハルト様?」

「……クラリス……」

今まで見たことのない、甘い笑みと涙目。
次の瞬間、上掛けごと、強く――でも優しく、抱きしめられた。

「俺も、好きだよ、クラリス。よかった、間に合った。……クラリス、好きだ」

「私も……私もです」

言葉が触れ合ったところで、距離は自然にゼロになった。
初めての口づけ。指先がふるえて、呼吸が重なって、甘さはちゃんと“満点”だった。



二人が気持ちを確かめ合ってから、数週間が過ぎたある日の午後。小客間。
向かい合うのは――ロマイシン公爵ノルベルトお父様と、お母様アナベル。
そしてフェルゼンヴァルト辺境伯(レオン様の父上)と、レオンハルト様。

緊張した空気の中、最初に立ったのはレオン様だった。まっすぐ膝をつき、私の両親へ頭を垂れる。

「ロマイシン公爵、アナベル様。――お嬢さん、クラリスを私にお与えください。
 彼女を守り、支え、共に生きることをここに誓います」

空気が澄んだ。父様が私に視線を移す。

「……クラリス。お前の意志は?」

「……わたくしの心は、レオンハルト様にあります。ただ――その前に、申し訳ございません。わたくし、王太子の“婚約者候補”でございましたのに……」

お父様が首を傾げる。

「何を謝っている?」

「いえ、その……王太子妃から“逃げた”形になってしまって……レオンハルト様と――」

「問題ない」

さらりと一言。…え、ちょっと胸騒ぎがする(いや、すごく)。

「……と申しますと?」

「王太子殿下は、レオンハルト様だ」

「はあ?」

綺麗に裏返った私の声。お母様が上品に口元を隠し、フェルゼンヴァルト辺境伯は愉快そうに肩を震わせる。
当の本人は、耳まで真っ赤。

お父様は淡々と続けた。

「この国の“王太子選定”は学園修了後だ。王家に連なる若者を公平に見極め、最終的に国王が任ずる。
 この度、正式に“王太子殿下・レオンハルト”が選定された。ゆえに――何の問題もない」

「ま、まさか……いつの間に……」

「昨夜、書状が着いたばかりでな」と辺境伯。
レオン様は肩をすくめる。

「……というわけで、“王太子妃から逃げた”どころか、“王太子妃に直行”だな」

「くっ……せっかく王太子妃から逃れたと思ったのにぃ……!」

思わず膝の上で握り拳。母様がくすくす笑う。
レオン様が身を寄せ、小声で。

「逃がす気は、最初からなかったけど」

「……」

「――ずっと好きだったから」

「……そんな真顔で言わないでくださいませ。顔が熱くなります」

「俺も熱い。……公平だな」

「なにその公平……」

フェルゼンヴァルト辺境伯が親指をぐっと立てる。
「王家の務めは骨が折れるが――お前たちならやれる。クラリスを泣かせたらどこまででも迎えに行くからな、レオン」

「父上、それは脅しです」

「事実だ」

お父様は姿勢を正し、レオン様を正面から見据えた。

「レオンハルト殿」

「はい」

「娘を頼む。――クラリスの笑顔を、絶やすな」

「必ず」

その短い答礼が、胸の奥まで響く。
私は深く息を吸い、真正面を見た。

「勝手ばかりでごめんなさい。けれど、わたくし――彼となら、この世界を生きていけると思います」

お母様がそっと頷き、お父様の目尻がやわらぐ。

「許す。……ただし、公の発表は“卒業披露夜会”だ。王太子選定と、婚約、そして側近任命は同夜にまとめて告げられる」

「承知しました」とレオン様。私も深く一礼する。

出ていく間際、袖口をそっと引かれた。

「クラリス」

「はい」

「朝ごはん、明日から“うまさ三割増し”で」

「……責任、取ってくださいませ」

「全部、取る」

笑いがふわりと広がる。カーテンが一枚、風に揺れた。
――夜会は、もうすぐだ。





 クラリス文庫
『ジェーン・エア』(シャーロット・ブロンテ/イギリス)
財産や身分では量れない、対等な心と誠実な誓い。
誇りを持つヒロインは、甘いだけの愛より“支えあう意志”を選ぶ。

――婚約は約束、愛は実行。私たちは、その両方で結ぶ。
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