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第17話 恋の骨折り損
しおりを挟む「レオン様……」
「なんだ?」
「あの、その……ちょっと……」
「だから、なんだ?」
「いやその……恥ずかしいって言うてるんですよ!」
今日も今日とて、レオンハルトは私を膝の上。
周りはもう無反応だが、当人の私は真っ赤になってもぞもぞ抵抗中。
「いいじゃないか。今は休憩時間だし。昔はこうやってあやしてやったぞ?」
「昔っていつの話なん……ほんま、やめてください~」
どうにか降りようとするが、レオン様の腕はびくともしない。
使用人はこの茶番に慣れきって、お茶だけ置いて静かに退室した。
「んもう、人がいる時はやめてくださいよ」
「ん? 人がいなかったらいいのか?」
「その方が、まだ恥ずかしくないです!」
「そうか?」
そう言いながら、顔が近づき、口付けを二度、三度。顔の熱がさらに上がる。
「これ、人がいたらできないだろ。一応、我慢してる」
「ええ……もう、どこまで甘くなるんですか、もう……」
観念して、肩へコテンと額をのせる。髪を撫でる手はあいかわらず穏やか。時間がゆるむ。
「そろそろ……こういう時間も少なくなるからな」
「……そうですわね。もうすぐ、卒業夜会ですもの」
「クラリス、もう大丈夫か?」
「“大丈夫です”と胸を張るには、まだ。でも、レオン様がいてくださるなら、多分――大丈夫です」
「なら、よかった。クラリス、よろしくな」
「わたくしこそ……よろしくお願いいたします」
◇
そんなある日、私は一計を案じた。毎日の“恥ずかしさ”から逃れるために。
――相変わらず私は膝の上だが。
「レオン様。こちら、砂時計です」
「おお?」
「十分で落ちます。休憩と同じ長さ。これ“二回分”だけ、膝は我慢してくださいませ」
「……なんで」
(なんでって、恥ずかしいからや!)
「いえ、その……今からステラとリクローが参りますし。せめてその間だけでも」
「ふーん……そうか。よし、わかった。そうしよう」
「ほんまですか!」
ぱたん――砂時計を置く。
……と、レオン様がくるりと反転。
「ちょ、なんで今、ひっくり返すんですか!」
「手が滑った」
「大人気ない!」
ぷくーっと頬をふくらませていると、ちょうど――
コンコン。
「ほら見てください、来はりました! だから今は――」
「はいはい」
レオン様は素直に私を降ろし、砂時計を机の端へ置いた。
「失礼します、クラリス様、レオンハルト様」
ステラとリクローが入室。書類と教本で両腕がパンパンだ。
「お二人の夜会前スケジュール最終確認を……って、あ、今日は“休憩中”ではないのですね。よかった……」
「よかった、とはどういう意味だ、リクロー」
「い、いえ、その……」
ステラが小声でレオンハルトへ一言。
「クラリス様が恥ずかしいと仰ってるんですから、ほどほどにお願いします」
「努力してる。ほら、砂時計もあるぞ。いま絶賛、努力中だ」
苦笑いしつつ、全員で夜会の段取りの詰めに入る。
講義の〆、当日の導線、夜会の合図……ひと通り確認したところで――
「ところでクラリス様、ドレスの打ち合わせは本日でよろしいのですね?」
「ええ。ステラとリクローも採寸してもらって。夜会は、みんなへの“お披露目”よ」
「クラリス様のドレス、絶対きれい……」とステラ。
「ステラもきっときれいだよ」とリクロー。ああ、ここも甘い。
「さて、もういいか? 砂が全部落ちるぞ。休憩終わりだ」とレオン様。
「「はーい!」」
二人が出ていく。ちょうど砂時計の砂が落ち切った――レオン様が無言で“もう一回”天地をくるり。
「ちょ、ちょっと! 今の見ましたからね!」
「二回分って言っただろ。“今の”が一回目の終わり」
「ちょっと、ずるくないですか?」
いたずらっぽく笑う顔、そして私に伸びる腕。
結局、私はふたたび膝の上。作戦は見事に骨折り損だった。
◇
そろそろ二回目の砂がすべて落ちる――そんな時。
コンコン。
「失礼いたします……あら、まあ」
入ってきたのは、辺境の大手デザインハウスの女帝、
マダム・アーデルハイド・スピッツナー。
「マダム! すみません、お恥ずかしい……」
「うふふ。お幸せそうで何より。――さ、仕事に参りましょう」
首から下げたメジャーをピシッ。
「卒業夜会のためのドレスを仕立てます。お二人のお披露目――腕が鳴りますわ!」
「マダム、一つお願いが。ヨシナの“祝いの刺繍”を、どこかに必ず入れてくださいませ。東の果ての島国の意匠を、その日に連れてきたいのです」
「承りました。素晴らしい職人と契約がございますの。最上の糸で“祝い”を刺していただきましょう」
レオン様の燕尾、私のドレス、そしてステラとリクローの礼装――採寸と生地合わせはテンポよく進む。
きっと素晴らしい一日になる。
◇
婚約以後、私は忙しく――はない日々を過ごしていた。
というのも、王太子妃としての教育は全課程すでに修了していたからだ。
「え、あの“蟹缶”、あないに多かったん、それで完走したん……?」
思わず呆然。
※“蟹缶”は私の隠語。前世の小説『蟹工船』みたいに容赦なく詰め込まれる教育を、蟹缶て呼んでた。
卒業式までの主課題は、体調と心の回復、そして海の向こうの学び。
東の果ての島国ヨシナをはじめ、海路でつながる諸国の文化と交易を身につけた。
前世の感覚(国は海でもつながる)が背中を押し、学びは驚くほどスムーズ。
しかも、小さな“外交”もひとつ成功させている。
キーワードは――ぜんざい。
赤豆(前世でいう小豆)を使ったぜんざいがきっかけとなり、ヨシナの甘味や茶、意匠品の輸入が拡大。こちらからも毛織や金属細工の輸出が伸びた。
ヨシナは前世「日本」によく似ていて、刺繍と衣の美が私には懐かしい。商人たちもそれを喜び、要人への橋をかけてくれた。
その結果――
辺境は今、「海の交易の中心地」になりつつある。
砂時計の砂は、あと少し。
夜会は、もうすぐだ。
◇
クラリス文庫(洋)
『恋の骨折り損』(ウィリアム・シェイクスピア/イングランド)
知恵を絞って“我慢の契約”――でも恋は、だいたい約束どおりにはいかない。
それでもいい。骨折り損でも、心は少しずつ温かくなるから。
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