【完結・番外編更新中】異世界令嬢生活は、思ったよりもしんどいです。

桜野なつみ

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第18話 細雪

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学園の大広間は、今宵ばかりは宮廷そのものだった。
天井高く吊られた燭台は百もの炎を灯し、光は絹の波を撫で、弦楽の調べが空気を磨き上げる。
――卒業夜会。私たちの学園生活、その最終章である。

ステラはヨシナの桜の刺繍が散りばめられたドレスに身を包んでいた。
裾を揺らすたび、桜の花弁がひらひらと舞い落ちるように見える。
リクローはその桜の意匠を襟や袖に響かせた礼装を着こなし、並んで立つ二人はまるで双つの光を纏うようだ。
銀絹の生地は灰真珠のように淡く輝き、彼らの若々しい立ち姿を一層際立たせていた。

そして私。
王太子妃に相応しい白絹のドレス。
その肩から裾へと流れる紫の濃淡――藤の花の刺繍。
花の色は、美しくも深い紫紺。……あの人の瞳と同じ色。

三年生の初めから二年近く、この場には姿を見せていなかった私たち。
だからこそ、入場の瞬間から視線は集中し、さざ波のように会場を駆け巡った。
……気づけば、私たち三人の周りだけがぽっかりと空白になっていた。

「お前たち、いまさらのこのこ現れて……卒業するつもりか?」

タイレル王子の嘲る声が、その沈黙を破った。
大広間の中心で、大きく響いたその声は、取り巻きたちの笑いを引き連れる。

「どうやって卒業する? この二年、お前たちの顔など見ていないが?」

彼の腕に絡むフローラは、白々しく扇を揺らしながら小首を傾げた。
「おやめになって、タイレル様。この方々、きっと“記念”に来られただけでしょう? 追い出してはお可哀想ですわ」

小声でありながら、棘のある声音。
周囲の取り巻きはそれに頷き、同調するように嘲り笑う。
その笑いは、彼らの衣装と同じ――金糸を施しているはずなのに、妙に色が鈍く、下品にぎらつくだけに見えた。

その一団に向かい、私はただ静かに一礼を返した。

「お構いなく。ご歓談の邪魔は致しませんわ」

ステラも私に倣って優美に会釈し、リクローは姿勢を正して隣に立つ。
三人揃って並び立つと――光を纏うように、空気の色が変わる。
同じ絹の衣装でありながら、こちらは磨き上げた宝石のごとく輝き、あちらはどこか煤けて見える。
……どうやら人々もそれを感じ取ったようだった。
彼らの周囲もまた、不自然な空白を抱えているのだから。



楽隊の調べがすっと止み、視線が一斉に壇上へ。
学園長がゆっくりと姿を現した。

「卒業生諸君、ご来賓の皆々様」

朗々とした声が大広間を満たす。
「学ぶとは己を磨き、隣人を知り、国を支える術を得ること。――まずは、ここに至るまでの努力を称えたい。拍手を」

波のような拍手。静まる気配。

「本学は“席”ではなく“修めたもの”をもって卒業を定める。これは我が国の古き掟である。
王命により、辺境領にて教育課程を修了し、同じ試験を受けた者もいる。
よって、本日ここに集うすべての者が、卒業資格を満たした」

ざわめきが広がる。フローラの扇がきしりと軋んだ。

「では――卒業試験、成績優秀者を発表する」

紙が一枚めくられる。

「首位、クラリス・ロマイシン」

――一瞬の静寂。
続いてざわめきの奔流。
取り巻きの一人が乾いた笑みを飲み込むのが見えた。

「第二位、リクロー・プローバー」
「第三位、ステラ・ダンクル」

ざわめきはさらに深まり、列を崩す者まで出る。

「おかしいじゃないか!」タイレルが叫ぶ。
「こいつらは受けていなかった!」

フローラが扇先でこちらを指す。
「あなた方、また不正をなさったのでしょう!」

学園長は視線ひとつで場を鎮め、ゆっくりと紙を置いた。
「この結果に異議を唱えるのなら、学園の試験制度そのものに疑義を呈することになる。……それで、よろしいか?」

――沈黙。
彼らとその取り巻きの笑い声は、霧のように消え失せた。
天井の梁で、黒衣の人影がひとつ、静かに身じろいだ。誰も気づかない。

「四位以下は後方の掲示にて、各自で確認を。……よろしいな」



「ここで、国王陛下よりご祝辞と伝達がある」

国王陛下が登壇する。
重い声が響き、大広間の空気がさらに張りつめる。

「卒業、おめでとう。
本日、この良き日に、王太子の選定が終了したことを宣言する。
次期国王たる王太子は――」

扉が静かに開いた。
その瞬間、さっきまでのざわめきが嘘のように消えた。
燕尾の肩章に銀糸。私と揃いの刺繍、紫紺のサッシュ。
彼が歩み出すごとに、空気が澄み渡っていくような清廉な姿。

藤の瞳が、まっすぐに私を見つめる。

「レオンハルト・フェルゼンヴァルト」

――ざわり。
歓声と驚きと祝意が渦を巻く。
フローラの扇がぱきんと小さく鳴り折れた。

王の杖が一度、床を打つ。
「続いて、王太子の婚約者を告げる。
――クラリス・ロマイシン」

無数の視線が突き刺さる。
しかし、私たちとは離れた席で、誰かが小さく拍手を始め、それが波のように広がっていく。
その拍手は、嘲笑を跡形もなく消し去った。

そんな中、タイレルが顔を歪め、叫んだ。

「ちょっと待て! そんな話、受け入れられるか!!」

大広間の空気が震えた。



クラリス文庫

『細雪』/谷崎潤一郎(日本)
四姉妹が織りなす、上流社会の華やぎと没落の物語。
……なんというか、この内容にこのタイトルよう付けたな!と読んだ当初は思ったもんだ。

ま、美しさと見栄は紙一重。裏と表。
そこに“心ざし”があるかどうか――やな!

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