【完結・番外編更新中】異世界令嬢生活は、思ったよりもしんどいです。

桜野なつみ

文字の大きさ
19 / 24

第19話 ドン・キホーテ

しおりを挟む

「……何を言っているのか、わからんな」

低く、冷えた声が大広間に落ちた。
国王の眼差しは、氷のように澄んでいる。

「父上っ!」

「公の場では、“父”ではないと申しておったはずだ」

「し、しかし――!」

ふう、と国王は大きく嘆息し、天を仰いだ。
その横顔には、深い悔恨の影があった。

「……学園長。この学園の本来の意味を、卒業生らに説明せよ」

「はい、かしこまりました」



学園長の声が、朗々と響く。

「王立貴族学園とは――“貴族たりえる資質”を見極める場である。
ゆえに、諸君の生活は常に“監視”によって記録されていた」

ざわ……と波が立つ。

「生死がかかる場合を除き、介入はしない。自治こそが試練であるからだ。
とりわけ王位継承権を持つ者が在学する折には、監視の数を増やし、徹底して観察する。
十六歳の一年は助走。十七からの三年――それが最終試験だ。
王位継承権を持つ者の生活全ての記録が王家に渡り、王位継承権が決定される」

「そして――この学園の本当の意義は、子が卒業するまでは決して明かしてはならぬ。
親であろうと、教師であろうと、口外すれば重罪。
“子供自身の三年間を純粋に試すため”、それがこの国における絶対の掟なのだ。」

空気が重くなっていく。
タイレルとフローラの頬から、血の気が引いた。

「今年の卒業生には“大きな事件”があった。……身に覚えのある者もいよう。
――クラリス嬢に対する、組織的な加害である」

視線が一斉に私に集まる。
私は背を伸ばす。肩をレオンハルトが静かに支えてくれる。

「見て見ぬふりをした者にも罪はある。だが――最も重いのは実行者だ」

学園長が合図をして、従者が運んだのは、分厚い冊子と、封印付きの木箱。

「ここに、影が記した逐語記録と、押収品がある。……いくつか朗読する」

頁がめくられる。

「第二学年・夏。提出日朝、フローラ嬢がクラリス嬢の鞄から課題を抜き取り、破損し裏庭焼却炉へ廃棄。
断片は清掃係より回収、学園封印を施して保管」

従者が封印袋を掲げる。

「第二学年・秋。ダンス授業日前夜、クラリス嬢のダンス靴のヒール付着部分を緩める行為を認める。
それにより、クラリス嬢は転倒。医務室記録、右足関節の捻挫。」

「同じく第二学年・冬。“模造剣”による打撲痕――クラス内部で発生。
タイレル殿下、取り巻き二名が武術訓練で使用する模造剣でクラリス嬢の大腿部を連続打撃。医務室で広範な皮下出血を所見」

医務室長が前に進み、一礼。
「医務室記録、ここにございます」

「その他、授業中、耳元での威嚇。小型笛による突発の高音。
クラリス嬢の受診記録と相違はないな?」

「はい、相違ございません」

従者が木箱を開く。
学園長が取り出したのは一本の扇。外見は華やかだが、要の部分に仕込まれた極細針が、光を弾いた。

「これは、元はクラリス嬢の持ち物である。紛失されたものと思われたが、ある日机の中に入っていた。
扇の中に45本の針が発見される。そして一緒に入っていた紙片。
『気をつけてね』――この筆跡はフローラ嬢のもの。文書鑑識済み」

フローラが蒼白になり、ついに扇を取り落とした。
床で軽い音が弾ける。

「……どうだ。覚えは、あるか?」



沈黙。
だが、やがて――別の列から、小さな声が上がった。

「……わ、私……指示に従いました。すみません……」
「ぼ、僕も……脅されて……」

さきほどまで取り巻きの輪にいた数人が、震える声で前へ出る。
学園長は淡々と頷いた。

「出て来たことは、重く受け止める。……席に戻りなさい。処分はあとで伝える」

そして、視線をタイレルへ戻す。

フローラは、声を荒らげた。
「何よ、あんた! さっさと根を上げなかったから悪いのよ!
舞台から降りればよかったのに、いつまでも居座るから!
そうよ、あんたが“強がり”なんかするから、私までこんな目に――!」
わめき立て、涙混じりに責任を押し付ける。

哀れな責任転嫁。
タイレルはわなわなと唇を震わせ――そして口走る。

「わ、私は……婚約者はフローラが良かった! ただそれだけで……つい」

「――“つい”で、お前は他人の心身を傷つけるのか?」

国王の声。
大広間の空気が、さらに一段冷えた。

「父上……!」

「どこで教育を誤ったか。……いや、誤りは“ここ”にあるのだな」

国王は衛士へ顎をしゃくる。
「衛士。学年章の剥奪を」

「はっ」

衛士が近づく。
タイレルとフローラ、そして主だった取り巻きの胸元にある学年章が、一つずつ剥がされていく。
金属が外れる乾いた音。
それは、彼らが誇ってきた虚飾が、現実に剥がれ落ちる音だった。

「お前たちの“卒業”は取り消す。学籍は抹消。
王立機関への就職は十年間禁止。王都への出入りは一年間停止。
関係家には監督責任を問う。賠償金については各家に通達する」

学園長が続ける。
「学内規定により、この15名は退学処分。……試験の最中の不正行為も、すべて確認してある」

膝から崩れる者。
泣き叫ぶ声が、あちこちで弾ける。

国王は、なおも続ける。
「タイレル。おまえは王族としての継承権は剥奪される。辺境でフェルゼンヴァルト辺境伯の元、国境警備の雑務に従事せよ。
――“守る”とは何かを身をもって知れ」

「そ、そんな――!」

「やったことへの責任、そして重みを理解するまでは帰ってくるな」

国王は言い放ち、全ての証拠を木箱へ戻すよう、指示をする。
木箱の蓋が閉じる重い音…会場中に響いた。



私は、深く息を吸った。
震える指先を、温かいレオンハルトの手が包んでくれる。
言いたいことは山ほどあった――でも、もう言う必要はない。
この場に立つだけで、すべてが証明されている。
だから私は、ただ静かにまぶたを閉じた。

レオンハルトの体温が、胸の真ん中まで沁みていく。

フローラとタイレル王子らは呆然と立ち尽くす。
――もう、何も返す言葉は持っていない。

彼らの「大いなる虚構」は、この瞬間――完全に崩れ落ちたのだ。



📚 クラリス文庫
『ドン・キホーテ』/ミゲル・デ・セルバンテス(スペイン)

老いた男が自らを騎士と思い込み、従者サンチョと風車へ突撃する。
あの風車、無事やったんやろか…持ち主からしたらえらい迷惑やんな。

自己評価は“俯瞰”して見ることをお勧めする。
じゃないと、絶対にどこかに歪みが出てまうから。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?

あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。 理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。 レイアは妹への処罰を伝える。 「あなたも婚約解消しなさい」

本当に現実を生きていないのは?

朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。 だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。 だって、ここは現実だ。 ※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。

これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。

iBuKi
恋愛
サフィリーン・ル・オルペウスである私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた既定路線。 クロード・レイ・インフェリア、大国インフェリア皇国の第一皇子といずれ婚約が結ばれること。 皇妃で将来の皇后でなんて、めっちゃくちゃ荷が重い。 こういう幼い頃に結ばれた物語にありがちなトラブル……ありそう。 私のこと気に入らないとか……ありそう? ところが、完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど―― 絆されていたのに。 ミイラ取りはミイラなの? 気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。 ――魅了魔法ですか…。 国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね? いろいろ探ってましたけど、どうなったのでしょう。 ――考えることに、何だか疲れちゃったサフィリーン。 第一皇子とその方が相思相愛なら、魅了でも何でもいいんじゃないんですか? サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。 ✂---------------------------- 不定期更新です。 他サイトさまでも投稿しています。 10/09 あらすじを書き直し、付け足し?しました。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

一体何のことですか?【意外なオチシリーズ第1弾】

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【あの……身に覚えが無いのですけど】 私は由緒正しい伯爵家の娘で、学園内ではクールビューティーと呼ばれている。基本的に群れるのは嫌いで、1人の時間をこよなく愛している。ある日、私は見慣れない女子生徒に「彼に手を出さないで!」と言いがかりをつけられる。その話、全く身に覚えが無いのですけど……? *短編です。あっさり終わります *他サイトでも投稿中

処理中です...