【完結・番外編更新中】異世界令嬢生活は、思ったよりもしんどいです。

桜野なつみ

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第19話 ドン・キホーテ

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「……何を言っているのか、わからんな」

低く、冷えた声が大広間に落ちた。
国王の眼差しは、氷のように澄んでいる。

「父上っ!」

「公の場では、“父”ではないと申しておったはずだ」

「し、しかし――!」

ふう、と国王は大きく嘆息し、天を仰いだ。
その横顔には、深い悔恨の影があった。

「……学園長。この学園の本来の意味を、卒業生らに説明せよ」

「はい、かしこまりました」



学園長の声が、朗々と響く。

「王立貴族学園とは――“貴族たりえる資質”を見極める場である。
ゆえに、諸君の生活は常に“監視”によって記録されていた」

ざわ……と波が立つ。

「生死がかかる場合を除き、介入はしない。自治こそが試練であるからだ。
とりわけ王位継承権を持つ者が在学する折には、監視の数を増やし、徹底して観察する。
十六歳の一年は助走。十七からの三年――それが最終試験だ。
王位継承権を持つ者の生活全ての記録が王家に渡り、王位継承権が決定される」

「そして――この学園の本当の意義は、子が卒業するまでは決して明かしてはならぬ。
親であろうと、教師であろうと、口外すれば重罪。
“子供自身の三年間を純粋に試すため”、それがこの国における絶対の掟なのだ。」

空気が重くなっていく。
タイレルとフローラの頬から、血の気が引いた。

「今年の卒業生には“大きな事件”があった。……身に覚えのある者もいよう。
――クラリス嬢に対する、組織的な加害である」

視線が一斉に私に集まる。
私は背を伸ばす。肩をレオンハルトが静かに支えてくれる。

「見て見ぬふりをした者にも罪はある。だが――最も重いのは実行者だ」

学園長が合図をして、従者が運んだのは、分厚い冊子と、封印付きの木箱。

「ここに、影が記した逐語記録と、押収品がある。……いくつか朗読する」

頁がめくられる。

「第二学年・夏。提出日朝、フローラ嬢がクラリス嬢の鞄から課題を抜き取り、破損し裏庭焼却炉へ廃棄。
断片は清掃係より回収、学園封印を施して保管」

従者が封印袋を掲げる。

「第二学年・秋。ダンス授業日前夜、クラリス嬢のダンス靴のヒール付着部分を緩める行為を認める。
それにより、クラリス嬢は転倒。医務室記録、右足関節の捻挫。」

「同じく第二学年・冬。“模造剣”による打撲痕――クラス内部で発生。
タイレル殿下、取り巻き二名が武術訓練で使用する模造剣でクラリス嬢の大腿部を連続打撃。医務室で広範な皮下出血を所見」

医務室長が前に進み、一礼。
「医務室記録、ここにございます」

「その他、授業中、耳元での威嚇。小型笛による突発の高音。
クラリス嬢の受診記録と相違はないな?」

「はい、相違ございません」

従者が木箱を開く。
学園長が取り出したのは一本の扇。外見は華やかだが、要の部分に仕込まれた極細針が、光を弾いた。

「これは、元はクラリス嬢の持ち物である。紛失されたものと思われたが、ある日机の中に入っていた。
扇の中に45本の針が発見される。そして一緒に入っていた紙片。
『気をつけてね』――この筆跡はフローラ嬢のもの。文書鑑識済み」

フローラが蒼白になり、ついに扇を取り落とした。
床で軽い音が弾ける。

「……どうだ。覚えは、あるか?」



沈黙。
だが、やがて――別の列から、小さな声が上がった。

「……わ、私……指示に従いました。すみません……」
「ぼ、僕も……脅されて……」

さきほどまで取り巻きの輪にいた数人が、震える声で前へ出る。
学園長は淡々と頷いた。

「出て来たことは、重く受け止める。……席に戻りなさい。処分はあとで伝える」

そして、視線をタイレルへ戻す。

フローラは、声を荒らげた。
「何よ、あんた! さっさと根を上げなかったから悪いのよ!
舞台から降りればよかったのに、いつまでも居座るから!
そうよ、あんたが“強がり”なんかするから、私までこんな目に――!」
わめき立て、涙混じりに責任を押し付ける。

哀れな責任転嫁。
タイレルはわなわなと唇を震わせ――そして口走る。

「わ、私は……婚約者はフローラが良かった! ただそれだけで……つい」

「――“つい”で、お前は他人の心身を傷つけるのか?」

国王の声。
大広間の空気が、さらに一段冷えた。

「父上……!」

「どこで教育を誤ったか。……いや、誤りは“ここ”にあるのだな」

国王は衛士へ顎をしゃくる。
「衛士。学年章の剥奪を」

「はっ」

衛士が近づく。
タイレルとフローラ、そして主だった取り巻きの胸元にある学年章が、一つずつ剥がされていく。
金属が外れる乾いた音。
それは、彼らが誇ってきた虚飾が、現実に剥がれ落ちる音だった。

「お前たちの“卒業”は取り消す。学籍は抹消。
王立機関への就職は十年間禁止。王都への出入りは一年間停止。
関係家には監督責任を問う。賠償金については各家に通達する」

学園長が続ける。
「学内規定により、この15名は退学処分。……試験の最中の不正行為も、すべて確認してある」

膝から崩れる者。
泣き叫ぶ声が、あちこちで弾ける。

国王は、なおも続ける。
「タイレル。おまえは王族としての継承権は剥奪される。辺境でフェルゼンヴァルト辺境伯の元、国境警備の雑務に従事せよ。
――“守る”とは何かを身をもって知れ」

「そ、そんな――!」

「やったことへの責任、そして重みを理解するまでは帰ってくるな」

国王は言い放ち、全ての証拠を木箱へ戻すよう、指示をする。
木箱の蓋が閉じる重い音…会場中に響いた。



私は、深く息を吸った。
震える指先を、温かいレオンハルトの手が包んでくれる。
言いたいことは山ほどあった――でも、もう言う必要はない。
この場に立つだけで、すべてが証明されている。
だから私は、ただ静かにまぶたを閉じた。

レオンハルトの体温が、胸の真ん中まで沁みていく。

フローラとタイレル王子らは呆然と立ち尽くす。
――もう、何も返す言葉は持っていない。

彼らの「大いなる虚構」は、この瞬間――完全に崩れ落ちたのだ。



📚 クラリス文庫
『ドン・キホーテ』/ミゲル・デ・セルバンテス(スペイン)

老いた男が自らを騎士と思い込み、従者サンチョと風車へ突撃する。
あの風車、無事やったんやろか…持ち主からしたらえらい迷惑やんな。

自己評価は“俯瞰”して見ることをお勧めする。
じゃないと、絶対にどこかに歪みが出てまうから。
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