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(番外編①)光の記憶ーあなたへー
フィアナは、幻を見ていた。
……いや、幻なのだろうか。
目の前のことが、だんだんとわからなくなっている。
頭がはっきりしない。
ふわり。ふわり。
現実と記憶が、少しずつ溶けていく。
春の光。
その中に浮かぶ湖。
「初めて、あなたに出会ったの……リュシアン」
風に舞う、眩しい金色の記憶。
あなたの髪――ああ、まるで光魔法のようだった。
そう、思ったのよ。
きらめく湖面に映る、あなたの髪。
そして、あの瞳。
全てが、ただただ美しくて。
私は、それを見た瞬間から――
あなたに、恋をしたの。
とてもきれいね。
そう言ったら、あなたは私を見て、拗ねたように。
「僕が、先に言いたかったのに」
それだけで、胸がいっぱいになった。
……なんて、素晴らしい記憶。
でも──
あれはもう、遠い、遠い記憶。
それが本当だったのか、
それとも、私の希望が作り出した幻だったのか。
……もう、わからない。
けれど、どちらでもいいの。
今の私にとっては、ただ、それが──
縋りたい、美しい記憶だから。
もう今は、
思い出したい記憶だけが、
目の前に来てくれるの。
そうじゃないと……希望が保てないのよ。
ふわり。
次に浮かんできたのは。
あの子たちが、生まれてきてくれた日のこと。
先に生まれたのは、あなたに似た金の髪の子――リュミエール。
そして、少し遅れて、私と同じ栗色の髪を持つアレクシス。
胸に抱いたあの瞬間、
「この子たちを、どこまでも守ろう」って、
私たち、ふたりで誓ったのよ。
何をしても、愛おしかった。
泣いても、怒っても、拗ねても――
どんなあなたたちでも、
私にとっては、かけがえのない、かわいい我が子。
ああ……
思い出したいことだけ、見ていたいのに。
少しずつ……
嫌なことも、
痛みも、滲むように思い出してしまう。
苦いことも……思い出してしまう。
でも。
けれど。
……やっぱり、ダメ。
良いことを、思い出そう。
あったかいことを。
大事だったことを。
私が、ちゃんと愛してた時間を。
ふわん。
お兄様とレティシアがお祝いに来てくださったの、出産のとき。
あの日のことは、今でもよく覚えているわ。
ふふ……今思い出しても、笑っちゃう。
お兄様とリュシアンがね、アレクシスの取り合いをするのよ?
「フィアナに似ているから」って。
そのときリュシアンが言ったの。
「義兄上は、フィアナの赤ん坊の頃をご存知でしょう?」って。
そしたらお兄様が、眉をひそめてこう返したのよ。
「いや、フィアナは女の子だったのだから、男の子の“フィアナ”など知らぬ」って。
……もう、ふたりして本気で言い争ってるんだもの。
レティシアは、そんなふたりを呆れたように見ながら、
ずーっとリュミエールを抱っこしてたっけ。
ああ……なんて、幸せだったのかしら。
──だった?
……いいえ。
今も、幸せなのよ。
きっと、そう。
きっと、私は――幸せ。
ずうっとね。
変わらずに、あのときから。
そう思わないと、
……もう、希望が保てないの。
だから、幸せなのよ。
きっと、今も。
覚えてるわ。
私の誕生日――
子供たちとリュシアンが、こっそり準備して、驚かせてくれたこと。
そして、リュシアンの誕生日には、今度は私たちが驚かせたの。
ふふ……その日だったら気づかれてしまうから、
誕生日の“前日”にケーキを焼いたのよ。
彼の大好きな葡萄を、たくさん、たくさん乗せて。
リュミエールったら、飾る前に葡萄をつまんで食べちゃうの。
もう、大変だったんだから――本当に。
さわわ……
レースのカーテンが、静かに揺れる音。
……あら?
このカーテン、少し汚れているわね。
え? レースじゃない?
これは……破れた、シーツ……?
……ああ、そうだった。
エマとリゼがいなくなってから、
カーテンも無くなってしまったのよね。
私、ひとりで頑張ってつけたのよ。
余っていた古いシーツを縫って。
だって、外から見られたら、恥ずかしいでしょう?
ふふ……
あのふたりが見たら、なんて言うかしらね。
「フィアナ様! なんですかこの取り付け方は!」
きっと、呆れた顔で、そう言って怒るでしょうね。
でも、どこか嬉しそうに。
……わかってるのよ。
わかってる。
今はもう、この部屋が灰色だってことも。
カーテンも、同じように色あせてしまったことも。
私の手も、心も――もうガサガサに乾いてしまっていることも。
でも。
でもね。
幸せだった気持ちで、
愛する人たちへの想いで、
希望を、保たなければいけない。
そうね……この気持ちのまま、
愛する人たちに、手紙を書きましょう。
もう、ペンはないから……
小さな鉛筆しか残っていないけれど。
紙も、もう、きれいなものは残っていない。
でも、きっと。
それでも、きっと――
私の気持ちは、残ってくれるはずだから。
だから私は、
この想いを綴るの。
大切な人たちへ、
私の「愛している」を伝えるために。
どうか、どうか届きますように。
ーーーー
たくさんのお気に入り登録をありがとうございます。
読んでいただけることが、本当に嬉しくて。
少しだけ、フィアナの綴る物語を続けてみることにしました。
どうか、もう少しだけ
彼女の記憶に、耳を傾けていただけたら幸いです。
……いや、幻なのだろうか。
目の前のことが、だんだんとわからなくなっている。
頭がはっきりしない。
ふわり。ふわり。
現実と記憶が、少しずつ溶けていく。
春の光。
その中に浮かぶ湖。
「初めて、あなたに出会ったの……リュシアン」
風に舞う、眩しい金色の記憶。
あなたの髪――ああ、まるで光魔法のようだった。
そう、思ったのよ。
きらめく湖面に映る、あなたの髪。
そして、あの瞳。
全てが、ただただ美しくて。
私は、それを見た瞬間から――
あなたに、恋をしたの。
とてもきれいね。
そう言ったら、あなたは私を見て、拗ねたように。
「僕が、先に言いたかったのに」
それだけで、胸がいっぱいになった。
……なんて、素晴らしい記憶。
でも──
あれはもう、遠い、遠い記憶。
それが本当だったのか、
それとも、私の希望が作り出した幻だったのか。
……もう、わからない。
けれど、どちらでもいいの。
今の私にとっては、ただ、それが──
縋りたい、美しい記憶だから。
もう今は、
思い出したい記憶だけが、
目の前に来てくれるの。
そうじゃないと……希望が保てないのよ。
ふわり。
次に浮かんできたのは。
あの子たちが、生まれてきてくれた日のこと。
先に生まれたのは、あなたに似た金の髪の子――リュミエール。
そして、少し遅れて、私と同じ栗色の髪を持つアレクシス。
胸に抱いたあの瞬間、
「この子たちを、どこまでも守ろう」って、
私たち、ふたりで誓ったのよ。
何をしても、愛おしかった。
泣いても、怒っても、拗ねても――
どんなあなたたちでも、
私にとっては、かけがえのない、かわいい我が子。
ああ……
思い出したいことだけ、見ていたいのに。
少しずつ……
嫌なことも、
痛みも、滲むように思い出してしまう。
苦いことも……思い出してしまう。
でも。
けれど。
……やっぱり、ダメ。
良いことを、思い出そう。
あったかいことを。
大事だったことを。
私が、ちゃんと愛してた時間を。
ふわん。
お兄様とレティシアがお祝いに来てくださったの、出産のとき。
あの日のことは、今でもよく覚えているわ。
ふふ……今思い出しても、笑っちゃう。
お兄様とリュシアンがね、アレクシスの取り合いをするのよ?
「フィアナに似ているから」って。
そのときリュシアンが言ったの。
「義兄上は、フィアナの赤ん坊の頃をご存知でしょう?」って。
そしたらお兄様が、眉をひそめてこう返したのよ。
「いや、フィアナは女の子だったのだから、男の子の“フィアナ”など知らぬ」って。
……もう、ふたりして本気で言い争ってるんだもの。
レティシアは、そんなふたりを呆れたように見ながら、
ずーっとリュミエールを抱っこしてたっけ。
ああ……なんて、幸せだったのかしら。
──だった?
……いいえ。
今も、幸せなのよ。
きっと、そう。
きっと、私は――幸せ。
ずうっとね。
変わらずに、あのときから。
そう思わないと、
……もう、希望が保てないの。
だから、幸せなのよ。
きっと、今も。
覚えてるわ。
私の誕生日――
子供たちとリュシアンが、こっそり準備して、驚かせてくれたこと。
そして、リュシアンの誕生日には、今度は私たちが驚かせたの。
ふふ……その日だったら気づかれてしまうから、
誕生日の“前日”にケーキを焼いたのよ。
彼の大好きな葡萄を、たくさん、たくさん乗せて。
リュミエールったら、飾る前に葡萄をつまんで食べちゃうの。
もう、大変だったんだから――本当に。
さわわ……
レースのカーテンが、静かに揺れる音。
……あら?
このカーテン、少し汚れているわね。
え? レースじゃない?
これは……破れた、シーツ……?
……ああ、そうだった。
エマとリゼがいなくなってから、
カーテンも無くなってしまったのよね。
私、ひとりで頑張ってつけたのよ。
余っていた古いシーツを縫って。
だって、外から見られたら、恥ずかしいでしょう?
ふふ……
あのふたりが見たら、なんて言うかしらね。
「フィアナ様! なんですかこの取り付け方は!」
きっと、呆れた顔で、そう言って怒るでしょうね。
でも、どこか嬉しそうに。
……わかってるのよ。
わかってる。
今はもう、この部屋が灰色だってことも。
カーテンも、同じように色あせてしまったことも。
私の手も、心も――もうガサガサに乾いてしまっていることも。
でも。
でもね。
幸せだった気持ちで、
愛する人たちへの想いで、
希望を、保たなければいけない。
そうね……この気持ちのまま、
愛する人たちに、手紙を書きましょう。
もう、ペンはないから……
小さな鉛筆しか残っていないけれど。
紙も、もう、きれいなものは残っていない。
でも、きっと。
それでも、きっと――
私の気持ちは、残ってくれるはずだから。
だから私は、
この想いを綴るの。
大切な人たちへ、
私の「愛している」を伝えるために。
どうか、どうか届きますように。
ーーーー
たくさんのお気に入り登録をありがとうございます。
読んでいただけることが、本当に嬉しくて。
少しだけ、フィアナの綴る物語を続けてみることにしました。
どうか、もう少しだけ
彼女の記憶に、耳を傾けていただけたら幸いです。
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