【改稿版】光を忘れたあなたに、永遠の後悔を

桜野なつみ

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(番外編②)旅立ちの前に

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旅立ちの前。
リュシアンはアレクシスとリュミエールを連れて、離宮を訪れていた。

フィアナに「行ってきます」と伝えるために。
そして双子は、セラフィムへ向かう決意を、母に告げるために。

かつて彼女が眠っていた、あの部屋。
時間が止まったように静まり返った空間の中央で、三人は、ぽつんと残されたベッドを見つめていた。

言葉は、何もなかった。
ただ、涙だけが――音もなく、ひとつ、またひとつと落ちていく。

自分が情けなかった。
なぜ、あのとき……
なぜ、あの手を……
後悔ばかりが、心を占めている。

「この部屋……残しておくの?」
リュミエールが、ぽつりと呟いた。

「僕、もう……見たくないよ」
アレクシスの声が、かすれた。

「……そうだな」
リュシアンはそっと目を閉じる。

「きっとフィアナも、母上も……このままでは、もう見たくないと思っているだろう」

少しの沈黙のあと、彼は静かに言った。

「旅立つ前に、私たちで整えよう。この部屋を――
“フィアナの部屋”として。もう一度」

三人は動き出した。

窓を開け、陽を入れ、埃を払い、積もった塵を掃く。
ガタついた椅子や机は部屋の外へと運び出した。

そして。
かつて彼女が静かに横たわっていた、あのベッドの前で――手が止まる。

「これは……そのままにしておこう」
リュシアンが、ぽつりと呟いた。

「でも……父上……」
アレクシスが小さく問いかける。

「フィアナが、ここで……最後に眠っていたんだ。
それを……なくしてしまいたくない」

「じゃあせめて……母上が気持ちよく眠れるように、乾かしてあげない?」
リュミエールが、そっと微笑んだ。

双子は力を合わせて、マットをゆっくりと立てかける。

そのとき――

「……あれ?」

リュミエールが、足元のベッドの底板に目を留めた。
小さな穴が、ぽつんと開いていた。
まるで、誰かが何かをそっと隠したかのように。

リュシアンがしゃがみ込み、その穴を覗き込む。
そして、声にならない声を漏らした。

「あ……あ……」
喉が震え、目から、大粒の涙が一気にこぼれ落ちる。

震える手が取り出したのは――焦げた革と、紫の布。
それは、かつて自ら燃やしてしまった、あの剣帯の、残されたもの。

「……そんな、」

リュシアンはその場に崩れ落ち、両手で抱きしめるようにして、それを胸に押し当てた。
肩が震え、声にならない嗚咽が、絞り出される。

双子は、慌てて彼の傍に駆け寄った。

「……父上……」

リュミエールがそっと、彼の背中に手を添える。
アレクシスは、何も言えず、所在なさげにベッドを見つめた。

「……ん? あれ……」
アレクシスが、ぽつりと声をあげる。

「リュミ!ここ、穴の奥に……!」

「なに?アレク……あ……!」

アレクシスがそっと引き出したそれは、小さな犬のぬいぐるみだった。
見覚えのある縫い目。優しい手の跡。
――フィアナの香りが、ふわりと鼻先をくすぐる。

「母上の……あのウサギと同じ」
アレクシスが、ぽそりと呟く。

「うん。……母上の光が、宿ってる」
リュミエールが、それをそっと撫でた。

「これ……わんちゃん、だよね」

ふたりはそのぬいぐるみを、壊さないように優しく抱きしめる。

そのとき、リュミエールの目に、何かが映った。

「……もうひとつ、ある」

彼女が手を伸ばすと、そこには――もう一体のぬいぐるみ。
リュミエールは嬉しそうに、だけど涙をにじませてそれを抱き上げる。

「ふたつあるってことは……やっぱり、私たちに、ってことだよね」

「うん……母上、ふたり分、作ってくれてたんだ」

アレクシスがもう一度、穴の奥を覗き込む。

「……あれ? なんか、紙がいっぱいある……」

彼は一枚をそっと取り出し、目を凝らす。

「これ……」

その紙の端には――見覚えのある、やわらかな筆跡があった。

「……“リュシアン”って、書いてある」

「父上!」
アレクシスが泣き崩れたままのリュシアンのもとへ駆け寄る。

「母上からの……手紙です!」
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