【完結】妹に存在を奪われた令嬢は知らない 〜彼女が刺繍に託した「たすけて」に、彼が気付いてくれていたことを〜

桜野なつみ

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陰の祝宴

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 朝靄が白く煙るソーントン家の邸は、夜明けとともに騒めきで満たされていた。

 ──今日は、テンタス皇国の使者が刺繍を受け取りに来る日。

 王宮では「贈呈の式典」が催される予定で、邸内はまるで祝祭前夜のような空気に包まれている。使用人たちは早朝から廊下を行き交い、貴族一家はそれぞれの部屋で身支度に余念がなかった。

 「今日のアリシアは……まるで女神そのものね」

 鏡越しに囁くドリスに、ロドリックは上機嫌で応じる。

 「見違えるようだ……我が娘ながら、誇らしい」

 「東棟から、刺繍は回収してきたか?」

 「ええ、昨日のうちにメイドに取りに行かせたわ。ほら、そこの箱に納めてあるの」

 ロドリックは促されるまま、蓋を開けて覗き込む。

 「ふむ……よくできておるな。さすが“アリシア”だ」

 「まあ、お父様ったら。当たり前でしょう?」

 箱は使用人によって丁寧に閉じられ、大きな布で包まれて様々な花とリボンで華やかに飾られていく。

 「そうそう、今日は“使用人慰労の謝礼会”もあるそうよ」

 「使用人に、か?」

 「ええ、皇国からの贈り物ですって。準備も片付けも、皇国の者が全部やってくれるそうよ」

 「ほう……気が利くではないか。我らに取り入ろうというのだろう。屋敷は好きに使わせてやれ。大食堂も空いているはずだ」

 「太っ腹ね、旦那様」

 「祝いの日だ。これくらい当然だ!」

 意気揚々と馬車へ乗り込むソーントン一家。その晴れやかな笑顔は、今宵も変わらず続くと信じて疑っていなかった。



 邸を発った一行を見送る頃、裏では別の準備が進んでいた。

 皇国の紋章を掲げた馬車が何台も乗りつけ、大量の料理と装飾品が次々と運び込まれる。

 目を奪われるのは、それらを運ぶ皇国の給仕たちだ。容姿端麗な男女が整然と動き、ソーントン家の使用人たちは思わず足を止める。

 大食堂は、皇国から持ち込まれた布とリボン、花々で見事に飾り立てられ、やがて色鮮やかな料理が卓を埋め尽くした。

 「皆さま、ご用意が整いました」

 艶やかな微笑みを浮かべた皇国の美女が、柔らかく通る声で誘う。

 「どうぞ、こちらへ。本日は皇国からの謝礼の饗宴にございます」

 肉料理に果物、宝石のような菓子の数々──見たこともないご馳走に、使用人たちは目を見張った。

 「まずは皇国のワインで乾杯を」

 金色に輝く杯が配られ、誰もが一斉に手にする。

 「乾杯!」

 杯が触れ合い、会場が湧いた。

 夢のような時間──そう思った者も多かった。

 だが程なくして、ひとり、またひとりと目を閉じていく。

 「……え? いま寝るの? もったいな──」

 揺り起こそうとした者も、同じように脱力し、眠りへと沈んだ。

 大食堂は静まり返り、残ったのは皇国の給仕たちだけ。



 沈黙が支配した中、ひとりの給仕が邸の奥へ向かう。

 「終わりました。……さあ、行きましょう。本邸へ」

 「ありがとう。では、行きましょう」

 エイミーはビオラに向き直り、柔らかく微笑む。

 「──美しくなりましょうね」

 ビオラは小さく頷くと、静かに立ち上がった。

 「うんと綺麗になりましょう!」

 サナが手を差し出すと、ビオラはその手を握った。

 ダンと数人の侍女は手分けして邸の奥へと散り、鍵の束を手に確認しながら、調度品や宝石、書類などを次々と箱へ詰めていく。その動きは一糸乱れず、まるで皇宮の舞台裏のようだった。



 一方、王宮では──

 ロドリックとドリス、そしてアリシアは、金糸を贅沢に用いた装束に身を包み、黄金の広間へと通されていた。

 「ここが……王宮……!」

 「緊張してる?」

 「ううん、お母様。わたくし……夢みたい。でも夢じゃないのね!」

 「ふふ、これからはあなたの時代よ」

 「皇国から縁談が来たらどうしましょう?」

 「それもあり得るわね」  

 「……そうなったら、刺繍のことは……バレたりせんだろうな」

 「もう、心配性なんだから。バレそうになったら“怪我をした”って言えばいいのよ」

 「そうそう、”工場”だってあるんだし!」

 「ふふ、ここのところ、あんな刺繍でどれだけ儲かったかしらねぇ?」

 「それに高貴な方に嫁げば、もう刺繍なんて必要ないわよ~」

 朗らかな母娘の笑い声が、天井高く響く。

 ──そのとき。

 「コン、コン」

 扉が控えめに叩かれた。

 「失礼いたします。お時間でございます。どうぞ、こちらへ」

 王宮の侍従が一礼して告げる。

 「さあ、行きましょう。我らがアリシア」

 「はい!」

 ソーントン家の三人は誇らしげに歩き出す。

 ──この先に、自らの“終焉”が待っているとも知らずに。
 ──この先に、自らの“陰”が色を持つと知らずに。
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