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大国の王子エルデリオンのいらだち
エルデリオンの決断
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敵領地の城の一室で、デルデロッテは俯くエルデリオンの横顔を見た。
捕虜の扱いを尋ねに来る兵に、デルデロッテは叫ぶ。
「食事と飲み物は十分渡せ!
毛布も掻き集めろ!
不自由の無いよう、過ごしていただけ!」
エルデリオンは自分に代わり、命を下すデルデロッテを見る。
デルデロッテは振り向き
『異存はありますまいな?!』
ときつい濃紺の瞳を向けるので…エルデリオンは頷く。
ロットバルトが手を血まみれにし、やって来るとエルデリオンは駆け寄る。
「王の…具合は…?!」
「眠っていらっしゃる。
出血の具合を見るため、ラステルが付きっきりで…」
エルデリオンはがっかりしたように、顔を下げる。
「それでは…お話しする事は、叶わぬな…」
ロットバルトもデルデロッテですら。
エルデリオンが申し出を諦め、自軍を退去させる期待をする。
が、エルデリオンは囁く。
「もう…森と花の王国〔シュテフザイン〕王城には…使者を出したのか?」
ロットバルトはたった今、国王の命が安泰だと見てきた後なので、半ば呆れて呟く。
「まだです。
…王のお命が我が軍に奪われましたと。
報告しなければならないのを、回避したばかりでしたので」
デルデロッテはロットバルトの、その王子に向けた嫌味に眉も上げない。
が、エルデリオンは真っ青な顔色のまま…それでも、言った。
「…それでも…勝利だ。
王城に使者を。
王子…レジィリアンスを我が国に迎えると…直ぐ、通達してくれ」
ロットバルトはもう少しで、怒鳴りつけようとした。
が、もう小さな子供ではなく、立派な青年。
ぐっ…と堪え、忠臣へと戻ると、俯き、低い声でぼそりと告げる。
「…そのように、致します」
ロットバルトはチラリ…と、エルデリオンの背後に居るデルデロッテに視線を向ける。
ため息を吐いてるのかと思った。
が、デルデロッテは厳しい表情で下を、向いていた。
ロットバルトがラステルにそれを伝えに行った時。
ラステルは眠る王の横で、血まみれの両手を水をたたえた洗面器に浸し、血を落とした後、布で拭きながら呆れた顔を向ける。
「…まだ、諦められていないのか?」
ロットバルトはその返答に、項垂れる。
「…どの女性にも、愛想良く親切に接しておられた。
が、一旦恋に狂うと、これ程愚かになるお方だと、見抜けなかった…」
ラステルは顔を俯け、短いため息を吐くと、エルデリオンに命じられた年上のロットバルトの為に、告げる。
「手配しよう…」
ロットバルトはその返答に、ラステルに顔を寄せると、小声で囁く。
「…つまり我々は。
略奪者として王城に乗り込み…まだ年若い森と花の王国〔シュテフザイン〕の王子を、無理矢理馬車に乗せるのか?」
ラステルは顔を俯け、髪で表情を隠したまま、頷く。
「…うんと気乗りしないが。
致し方ないだろう…。
エルデリオンは普段はほぼ、我が儘は言わないお方。
が、デルデロッテの時を、覚えているだろう?
暗殺の危機がひっきりなしにある、大国の王子の護衛となるには、デルデロッテは若すぎるし、経験も無いと。
どれ程国王が反対しようが、がんと首を縦に振らなかった。
…結果、デルデロッテが年上の剣豪、三人と戦い実力を示し、彼は我々同様、王子の護衛で従者となった。
…君は最初若造と、デルデロッテを疑問視してたな。
が、今はどうだ?
その昔、最初エルデリオンが我が儘を言った時は、覚えてるか?」
ロットバルトは頷く。
「その時は俺が、従者の中で一番の若造だった頃だな…。
愛馬の処分は絶対嫌だと。
厩に泊まり込んで、馬の側から離れなかった。
我々は一晩中、厩の前で見張りだ」
「…そこじゃない」
ラステルの空色の瞳に睨まれ、ロットバルトは両手広げる。
「…どこだ?」
ラステルは短いため息を吐くと、囁く。
「…結局、エルデリオンの必死の看病に、馬は人を乗せるまでは出来なくとも、軽くびっこを引く程度で、現在も元気に暮らしてる」
ロットバルトは、一見軟弱そうに見えるラステルの、顔を覗う。
「…それで?」
ラステルはロットバルトに振り向くと、説明した。
「…つまり王子の見立ては、結構的を射てる。
それで国王も、今回の事も…とんでもない縁談だが、もしかして…嫁に迎える事が良い結果となるのかも。
と、想定して許可だ」
が、説明されたロットバルトは、顔を思い切り下げた。
「…俺は今回ばかりは。
遺恨を残しこそすれ、決して良くは成らないとしか、思えない」
ラステルはそこでとうとう、同意した。
「実は、私もだ」
ロットバルトが顔を下げたまま頷くのを目に、ラステルは横を通り過ぎて告げた。
「直ぐ、使者を手配する」
ロットバルトはその後、門近くにある広大な石牢に足を運ぶ。
森と花の王国〔シュテフザイン〕兵らは皆、領民から次々運ばれる食事や毛布を仲間に手渡し、中にはふてきって床に寝転んでいる者まで居た。
鉄格子越しに、敵将軍を見つけると
「失礼致した。
貴方は別の部屋へ…」
と声かける。
が、将軍はむすっとした顔を向け
「王の容態さえ分かれば。
兵らのいる、ここで良い」
と答える。
ロットバルトはやはり長らく同盟を結んでいたこの国の、民らを統べる男達の素晴らしさに内心感嘆し、頷く。
「…貴方方の王は眠っていらっしゃる。
数日は起き上がれないでしょうが…命の別状はない。
明日我々は貴方方の王城に凱旋する。
こちらの申し出が通れば…この領地と隣領地から、我が軍は撤退する」
途端、若き騎士らが鉄格子にに詰め寄り、叫び始めた。
「王子を略奪する気か?!」
「我らの大事なお方だぞ!!!」
「卑怯者め!!!」
パンを投げられ、ロットバルトは目を閉じ顔を背け…。
が、直ぐ黒髪のゴツい将軍は、兵を一喝する。
「止めろ!!!
こちらはこれでも、我らに礼を尽くしてる!
貴方方の王子、エルデリオンの思惑で動いておられるのだろう?!
それ程…エルデリオンは我が王子に、焦がれていらっしゃるのか?!」
ロットバルトは項垂れた。
そして絞り出すような声で、告げる。
「我らとて、気は進まぬ。
が、これだけは約束しよう。
決して…無体な扱いはせぬと」
「花嫁だからな!」
「我が国の男にとっては、ただの陵辱だ!」
兵らが怒鳴り始めると、また、将軍は手で兵らを制し、諫める。
「仮にも次期国王、王子の命だ。
部下は従うしかない。
怒りは王子に向けるべき」
「しかし!」
けれど俯くロットバルトの、苦渋に満ちた表情に気づき始めた騎士から、顔を背け、項垂れ始めた。
「…再度、お約束する。
我ら、全力を持って貴方方の大切な王子をお守りする」
ロットバルトの、低く決意籠もる言葉を聞き、将軍は無言で頷き、後、背を向けた。
ロットバルトは『もう行け』の合図を見、兵らに呟く。
「不満があらば、世話をする者に申し出てくれ。
直ぐ、手配するよう命じておく」
背を向けた将軍は無言。
騎士らの幾人が頷くのを目にし、ロットバルトはその場から離れた。
捕虜の扱いを尋ねに来る兵に、デルデロッテは叫ぶ。
「食事と飲み物は十分渡せ!
毛布も掻き集めろ!
不自由の無いよう、過ごしていただけ!」
エルデリオンは自分に代わり、命を下すデルデロッテを見る。
デルデロッテは振り向き
『異存はありますまいな?!』
ときつい濃紺の瞳を向けるので…エルデリオンは頷く。
ロットバルトが手を血まみれにし、やって来るとエルデリオンは駆け寄る。
「王の…具合は…?!」
「眠っていらっしゃる。
出血の具合を見るため、ラステルが付きっきりで…」
エルデリオンはがっかりしたように、顔を下げる。
「それでは…お話しする事は、叶わぬな…」
ロットバルトもデルデロッテですら。
エルデリオンが申し出を諦め、自軍を退去させる期待をする。
が、エルデリオンは囁く。
「もう…森と花の王国〔シュテフザイン〕王城には…使者を出したのか?」
ロットバルトはたった今、国王の命が安泰だと見てきた後なので、半ば呆れて呟く。
「まだです。
…王のお命が我が軍に奪われましたと。
報告しなければならないのを、回避したばかりでしたので」
デルデロッテはロットバルトの、その王子に向けた嫌味に眉も上げない。
が、エルデリオンは真っ青な顔色のまま…それでも、言った。
「…それでも…勝利だ。
王城に使者を。
王子…レジィリアンスを我が国に迎えると…直ぐ、通達してくれ」
ロットバルトはもう少しで、怒鳴りつけようとした。
が、もう小さな子供ではなく、立派な青年。
ぐっ…と堪え、忠臣へと戻ると、俯き、低い声でぼそりと告げる。
「…そのように、致します」
ロットバルトはチラリ…と、エルデリオンの背後に居るデルデロッテに視線を向ける。
ため息を吐いてるのかと思った。
が、デルデロッテは厳しい表情で下を、向いていた。
ロットバルトがラステルにそれを伝えに行った時。
ラステルは眠る王の横で、血まみれの両手を水をたたえた洗面器に浸し、血を落とした後、布で拭きながら呆れた顔を向ける。
「…まだ、諦められていないのか?」
ロットバルトはその返答に、項垂れる。
「…どの女性にも、愛想良く親切に接しておられた。
が、一旦恋に狂うと、これ程愚かになるお方だと、見抜けなかった…」
ラステルは顔を俯け、短いため息を吐くと、エルデリオンに命じられた年上のロットバルトの為に、告げる。
「手配しよう…」
ロットバルトはその返答に、ラステルに顔を寄せると、小声で囁く。
「…つまり我々は。
略奪者として王城に乗り込み…まだ年若い森と花の王国〔シュテフザイン〕の王子を、無理矢理馬車に乗せるのか?」
ラステルは顔を俯け、髪で表情を隠したまま、頷く。
「…うんと気乗りしないが。
致し方ないだろう…。
エルデリオンは普段はほぼ、我が儘は言わないお方。
が、デルデロッテの時を、覚えているだろう?
暗殺の危機がひっきりなしにある、大国の王子の護衛となるには、デルデロッテは若すぎるし、経験も無いと。
どれ程国王が反対しようが、がんと首を縦に振らなかった。
…結果、デルデロッテが年上の剣豪、三人と戦い実力を示し、彼は我々同様、王子の護衛で従者となった。
…君は最初若造と、デルデロッテを疑問視してたな。
が、今はどうだ?
その昔、最初エルデリオンが我が儘を言った時は、覚えてるか?」
ロットバルトは頷く。
「その時は俺が、従者の中で一番の若造だった頃だな…。
愛馬の処分は絶対嫌だと。
厩に泊まり込んで、馬の側から離れなかった。
我々は一晩中、厩の前で見張りだ」
「…そこじゃない」
ラステルの空色の瞳に睨まれ、ロットバルトは両手広げる。
「…どこだ?」
ラステルは短いため息を吐くと、囁く。
「…結局、エルデリオンの必死の看病に、馬は人を乗せるまでは出来なくとも、軽くびっこを引く程度で、現在も元気に暮らしてる」
ロットバルトは、一見軟弱そうに見えるラステルの、顔を覗う。
「…それで?」
ラステルはロットバルトに振り向くと、説明した。
「…つまり王子の見立ては、結構的を射てる。
それで国王も、今回の事も…とんでもない縁談だが、もしかして…嫁に迎える事が良い結果となるのかも。
と、想定して許可だ」
が、説明されたロットバルトは、顔を思い切り下げた。
「…俺は今回ばかりは。
遺恨を残しこそすれ、決して良くは成らないとしか、思えない」
ラステルはそこでとうとう、同意した。
「実は、私もだ」
ロットバルトが顔を下げたまま頷くのを目に、ラステルは横を通り過ぎて告げた。
「直ぐ、使者を手配する」
ロットバルトはその後、門近くにある広大な石牢に足を運ぶ。
森と花の王国〔シュテフザイン〕兵らは皆、領民から次々運ばれる食事や毛布を仲間に手渡し、中にはふてきって床に寝転んでいる者まで居た。
鉄格子越しに、敵将軍を見つけると
「失礼致した。
貴方は別の部屋へ…」
と声かける。
が、将軍はむすっとした顔を向け
「王の容態さえ分かれば。
兵らのいる、ここで良い」
と答える。
ロットバルトはやはり長らく同盟を結んでいたこの国の、民らを統べる男達の素晴らしさに内心感嘆し、頷く。
「…貴方方の王は眠っていらっしゃる。
数日は起き上がれないでしょうが…命の別状はない。
明日我々は貴方方の王城に凱旋する。
こちらの申し出が通れば…この領地と隣領地から、我が軍は撤退する」
途端、若き騎士らが鉄格子にに詰め寄り、叫び始めた。
「王子を略奪する気か?!」
「我らの大事なお方だぞ!!!」
「卑怯者め!!!」
パンを投げられ、ロットバルトは目を閉じ顔を背け…。
が、直ぐ黒髪のゴツい将軍は、兵を一喝する。
「止めろ!!!
こちらはこれでも、我らに礼を尽くしてる!
貴方方の王子、エルデリオンの思惑で動いておられるのだろう?!
それ程…エルデリオンは我が王子に、焦がれていらっしゃるのか?!」
ロットバルトは項垂れた。
そして絞り出すような声で、告げる。
「我らとて、気は進まぬ。
が、これだけは約束しよう。
決して…無体な扱いはせぬと」
「花嫁だからな!」
「我が国の男にとっては、ただの陵辱だ!」
兵らが怒鳴り始めると、また、将軍は手で兵らを制し、諫める。
「仮にも次期国王、王子の命だ。
部下は従うしかない。
怒りは王子に向けるべき」
「しかし!」
けれど俯くロットバルトの、苦渋に満ちた表情に気づき始めた騎士から、顔を背け、項垂れ始めた。
「…再度、お約束する。
我ら、全力を持って貴方方の大切な王子をお守りする」
ロットバルトの、低く決意籠もる言葉を聞き、将軍は無言で頷き、後、背を向けた。
ロットバルトは『もう行け』の合図を見、兵らに呟く。
「不満があらば、世話をする者に申し出てくれ。
直ぐ、手配するよう命じておく」
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