孤独な王子と美貌の護衛と、近衛連隊の暗殺

あーす。

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ファントレイユと過ごす時間を惜しむソルジェニー

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 ダサンテが、そっと窓を叩く。
真っ直ぐの栗毛を肩に流し、静かな茶の瞳をした誠実そうな青年騎士は。
無言のまま開けられた窓から入り、耳を寄せてファントレイユの言葉を聞き取り、頷くと直ぐ来た道を、そっと出て行った。

窓を閉めるファントレイユが、自分を見つめ続けるソルジェニーに気づき、振り向く。

そのファントレイユの、ブルー・グレーの瞳は優しく輝く。
「…お食事を頂きましょうか…。
もうとっくに、昼を過ぎてる」

ソルジェニーは何も、言えなかった。
宮廷で、ファントレイユはあれほど光輝いていた。
それはきっと…誰に聞いても、答えは同じだろう…。

近衛の美人…。
ギデオンのためなら…。
そんな優雅で夢のような楽しみすら、捨て去る覚悟だなんて………。

ソルジェニーは静かで。
時おり食器にフォークが当たる音しかしない、食事中。
幾度も顔を上げ、向かいに座り食事を取る美貌の騎士を見つめ、そして……。
口を、開きかけた。

がそのつど、ファントレイユはとても柔らかな微笑みを浮かべ、見つめ返す。
首を傾げ、そして……。

問われた言葉に、誠実な返答を返す準備がある。
と、その微笑で告げる。

けれどそんなファントレイユを見つめるたび…。
ソルジェニーは言葉が、心から消え去って行くのを感じた。

食器は、青の小花模様が、散りばめられていた。
フォークは銀で、素晴らしい飾りが彫られていた。
ナプキンには優しい黄色の花と、緑のつたが絡んでた。

誰が、刺した刺繍だろう?専門の、職人だろうか………。

ソファの色は、光沢あるピンク。
その周囲の木枠は、白木。
部屋の枠も白木…。
壁は地色が白。
そしてピンクの小花模様が、そこいら中に散りばめられて……。

でもカーテンは、そんな明るい軽やかさに不似合いな、重々しい暗い赤……。

もう止めようと思いながら、ソルジェニーは。
部屋の、今まで気にも止めなかった調度の数々を視線で追う。

扉は重々しい茶色の…かし…。
柱に壁に、窓枠に…。
随所ずいしょに金の飾りが、部屋を更に豪華にしようと飾り付けられてる。
金の大きなリングで囲まれた…素晴らしいカットガラスが幾つも吊り下げられてる、豪華なシャンデリア…。

そう…。
…そう、そして………。

「…私の元を離れ、ギデオンの所へ行くの?」

視線を、食事を終えたファントレイユが、ナプキンで口元を拭う姿に戻した時。
ソルジェニーはやっと、喉の奥に詰まった言葉を、口にする事が出来た。

ファントレイユが、問う王子を見つめる。
ブルー・グレーの瞳はいつも通り、生気に満ち、輝いていた。
淡くグレーに近い、たっぷりした栗色の長髪がふんわり肩を覆ってる。
隙無く整いきった美しい顔立ちは、昼の陽光を浴び、彼の周囲を白くぼかしていて…。

…神秘的で…でもとても、優しく見えた。

彼は誰をも魅了する微笑みを浮かべ、首をほんの少しかしげ、ささやく。
「…必ず、ギデオンを守ると。
貴方に、お約束しますから」

まるで悪戯っ子のように、微笑んで言葉を付け足す。
「貴方のお側を少し、離れる事を、許して下さいますね?」

ソルジェニーは彼を、見た。
喉が、詰まった。

もちろん彼に、可能な限り側から、離れて欲しくなんか無い。

でもそれより、もっと危険なのは………。

ギデオンの事を思い浮かべた途端、喉がひりつく。
命を…狙われてるだなんて…!
たった一人微笑みかけてくれる、ギデオンまで。
父母や祖母のように、ってしまったら……!

それを、考える事すら、ソルジェニーは怖かった。
のに……。

その時、ふんわりと柔らかい空気が、周囲を包む。
ソルジェニーは気づいて、顔を上げた。

ファントレイユはいつもと変わらぬ微笑を浮かべ、自分を包むように暖かく、見守ってくれていた。

ソルジェニーはようやく、喉のひりつきが収まり…話しかける事が出来た。

「…約束して下さい。
貴方も…ギデオンも、無事この遠征を終えると」

ソルジェニーの声は…。
しっかりしようとし…しかし最後は震えていた。

ファントレイユは全開で微笑む。
「もちろん、お約束します。だから…」
ファントレイユの言葉を遮り、王子は急いで告げる。

「許します。そして一切、他言もしません!」

ファントレイユはだが、小首を傾げる。
そのくだりについては、約束出来ないかもしれない。
自分は責任を取らされ、免職になるかも。
と、わずかに眉を寄せ、微笑でその思いを語る。

ギデオンの命が救われる代わりに。
護衛の彼を失うかもしれない危惧きぐに。

ソルジェニーはやっぱり、涙が零れそうになった。
唇が、震えた。
が、ソルジェニーは言葉を絞り出す。

「…どんな事になっても、私は貴方を庇います…!
若輩の私は王子とは名ばかりで…何のお力にも、なれないかもしれない…!
けれど……。
私の、出来うる限りどんな事をしても…貴方のお力になりますから…!」

王子が唇を噛みしめ、少女のような可愛らしい顔で、今にも泣き出しそうなのを必死でこらえ、そう訴える。

ファントレイユはそんな健気けなげ幼気いたいけな王子を、微笑んで見つめた。

本当に、優しい微笑みで。
ソルジェニーは瞳が潤んで、霞むのを呪った。

この美しい、素晴らしい微笑を瞳に、焼き付けておきたいのに…!
涙が、滴りそうで…。

とうとう、ソルジェニーは顔を下げた。

ファントレイユは労るように、年若い王子が国一番の身分でありながら、どれだけ…。
気にかけ、気遣ってくれる相手が少ないかを思んばかって、ささやく。

「…貴方にそれほどまでに気にかけて頂くなんて、一生涯で忘れられない感激です…!
貴方のお心に、私は最善の努力で応えさせて頂きますから。
きっと。
必ず…!」

その声は静かで、とても愛情溢れて暖かく。
例え護衛を辞しても、側にいられなくても。

ファントレイユはきっと、自分を心に止めて置いてくれると知り、ソルジェニーは顔を上げた。

が、やっぱりその美貌の、騎士の微笑は。
潤んだ瞳に、ぼやけて映った。

ソルジェニーは唇の震えをしずめ、そして静かに、頷いた。 



 その後、ファントレイユは時々、召使いを呼んでは戦況を訊ねる。
召使いは彼の疑問を聞くと、近衛騎兵のつどう場所へと出向き。
帰って来ては、ファントレイユに報告した。

ソルジェニーはいかに自分が隔離された場所にいるのかが解って、じりじりした。
ファントレイユが召使いと話すたび、聞き耳を立てる。

どうやらギデオンは、盗賊らの根城へと猛攻をかけ、戦況は有利。
今日、明日中に。
賊らが立てこもった城へ、攻め込む予定を立てている。
との事だった。

だが、直ぐだった。
移動の知らせが入ったのは。

伝令に
「直ぐ行く」
とファントレイユは告げた後、王子へと振り向く。
ソルジェニーは静かに頷き、上着を羽織った。

…ともかくこの隔離された、豪華な牢獄のような場所から、出る事が出来る。

ソルジェニーは、ほっ…と、安堵した。 



 ファントレイユと並んで、白く幅広な大理石の階段を降りる。
その先の、手入れの行き届いた広々とした庭園に出ると、ほとんどの兵はそこには居ず。
50名程の騎士達が、王家の豪奢な馬車の周囲に整列していた。

指揮官が、二人。
どうやら二隊のみが、王子の馬車を護る為、そこに残っていたようだった。
が、それは…アデン准将と、ローゼの隊だった。

彼らは馬車に乗り込む王子に、うやうやしく頭を下げ、名乗る。
「…アデン准将。この戦の、指揮を務めます」
「配下で隊長の、ローゼと申します。
…御身と馬車の、警護を務めます」

ソルジェニーは思わず、その二人を見た。
アデンは真っ直ぐな栗毛で顎髭の、いかつい顔をした男で。
ほとんど黒に近い茶色の目が、ぞっとするような輝きを放って見えた。

ソルジェニーはその男の企みに。
思わず口を突いて、激しい言葉を投げそうになって…。
ファントレイユにそっ。と。
腕を触られ、たしなめられた。

ソルジェニーはファントレイユの手の温もりに、ようやく自制を取り戻す。
アデンの背後、ローゼの方は。
真っ直ぐな薄い金色の髪の、すらりと背の高い美丈夫で。
が、その色味の薄いグレーの瞳は。
冷たく、油断無く。
整ったその顔は、無表情。

ソルジェニーは震える心を必死で押し隠し、軽く彼らに頷く。
自制しながら…彼らの横を通り過ぎ、開けられた扉の、馬車の前に立つ。

屈んで、馬車に乗ろうとした時。
開けられた馬車の扉を、手で押さえてるローゼが。
後ろに続くファントレイユに、ぞっとするような冷たい流し目をくべ、ニヤリと笑う様子が。
瞬間、ソルジェニーの、視界の隅に飛び込んだ。

ソルジェニーは馬車の座席に座るなり、慌ててファントレイユに振り返る。
彼が乗り込もうと身を屈めながらも、ローゼの笑みを受け。
一瞬動揺を隠すように顔を揺らした後。
ゆっくり、下げた顔を少し上げ。
見上げるように真横に立つ、長身で金髪の。
わらう、隊長という名のころもに刺客の顔を隠し持った、男の顔を見つめる。

ソルジェニーはその様子を見、はっ!とする。

…ファントレイユの。
射るような、ブルー・グレーの瞳。

そのブルー・グレーは。
いつもの軽やかで優雅な輝きを底に押しやり、きつい光を放ってその男を見据えてる。

「(これが本当の、武人のファントレイユ…)」

ソルジェニーはそう感じた途端、身が震った。


馬車が、動き出す。
ソルジェニーは隣に座るファントレイユを見た。
が、彼はいつものように、優雅な微笑を向ける。

その瞳が、心配無い。と告げているようで。
ソルジェニーの心が、どくん…!と鳴った。

敵に対してはあんな瞳をして見せるのに。
ギデオンが
『信頼に足る人物だ』
とそう保障したこの美貌の騎士は。
護るべき相手には、こんなにも優しい瞳を向ける。

ソルジェニーは俯いた。
そして、その騎士の肩にそっ、親しみと労りを込め、頭を預けた。

…そんな風に人にするのは、『風の民』を除けば、初めての事だった。

ファントレイユはそんなソルジェニーの様子を見つめ、肩に置かれた王子の頭に、その顔をほんの少し、寄せた。

頭上にファントレイユの、唇と顎の気配を感じ。
再びソルジェニーの、瞳が潤む。

…その騎士は、底に隠した緊迫感と強い意志を、それを表に出す時までは心の隅に押しやって。
今は自分に対する優しい気遣いだけを、その全身から。
香りのように醸し出していたから。

…だからソルジェニーも、その人に泣いてすがりつきたいような感情を押し殺し。

ただその人のとても優しい気遣いに、心の中でそっと。
溢れんばかりの感謝を告げた。

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