赤い獅子と淑女

あーす。

文字の大きさ
14 / 44
園遊会

園遊会 5

しおりを挟む


 マディアンが、馴染みの貴婦人とポプリの花をどんな風に使うか。
を、お菓子の乗ったテーブルの前で、話していた時。
庭園の外れの緑溢れる細道を、ヨーンが苦い顔で歩き去って行く姿を見た。

けれどヨーンは見つめているマディアンに振り向き、嫌な目付で見つめ、にやっ。と笑う。

“まだ…懲りてないなんて!”

マディアンは咄嗟、ヨーンのかなり離れた背後から、その道をやって来るオーガスタスの長身を見つける。

駆け寄っていた。
どうしてだか、オーガスタスにはそうさせる、安心感があった。

オーガスタスはヨーンが庭園を出るのを見守るつもりだった。
が、駆け寄るマディアンに視線を送る。

優しい…柔らかな家庭的な雰囲気を纏った…たおやかな美しい淑女。
が、その表情が不安げに見え、彼女が横に付くのを待って、顔傾ける。

マディアンはまるで、受け止めてくれるようなそのオーガスタスの仕草に、胸が高鳴った。

どういう訳だかその時、衣服を着てる筈の彼の、裸体が頭に浮かんだ。
逞しく広い、肩や胸。

そんなに大きな強そうな男なのに…抱き止める腕は、とても優しい…。

淑女としては恥ずかしい想像をしてる筈なのに、どういう訳か、涙が、こぼれた。

それは自分にとっても、訳の分からない感情だった。
“なぜ…?”

怪訝(けげん)そうに伺うオーガスタスに気づくと、マディアンはそっと彼の胸の衣服に指先を、触れて囁(ささや)く。

「ヨーンはまだ、嫌な目付きをしています。
こういう場では、私は長女で一番目立つので、あの男は私を追い回していますが…。
どちらかと言えば身持ちの軽い、次女や四女をいつも、それは嫌らしい目付で見ていますの」

「…つまり、お目付役の貴方を取り込んでしまえば、次女や四女にも手が出せる。
と、ヨーン思ってる…?
貴方のお考えでは」

マディアンは、はっ。として、胸元に触れた指先を引っ込める。

「あの…殿方のお考えは正確には、女の私には解りませんが」

けれどオーガスタスは屈む背を伸ばすと、溜息吐いて喋(しゃべ)り出す。
「いいえ。
多分貴方のお考え道理だ。
あの男は実は近衛の頭痛のタネで。
女にモテたいが為に、近衛の使命の戦いもせず、制服を着て園遊会や舞踏会を回り、女性につきまとってる。
一通り回り終えたのか。
どこからも苦情が来て、結果今日私は、友人がそういう男を、例え年上で身分が高かろうが平気で殴り倒すから。
彼を除隊処分にさせない為、見張りに付いて来たんです」

マディアンはちょっとびっくりした。
「あの、金髪の美貌の騎士は…そんなに勇敢な方なんですか?」

オーガスタスは苦く笑うと
「間違いなく近衛の、出世頭ですよ」
と告げる。

マディアンはオーガスタスの、その後の言葉の想像がつき、微笑った。
「除隊に、成らなければ?」

オーガスタスは、苦笑する。
「…そういう勇敢な戦力になる男を、戦いもしない男の為に失うのは、近衛の損失。
と、左将軍は考えてる」

マディアンは俯いた。
「でも…勇敢な方は命を亡くしやすいと…。
あの…貴方は戦いには、出られないんでしょう?」

オーガスタスが何か言い出そうと振り向いて口を動かしかけ、けどその前に、マディアンは言い切った。
「だって…左将軍補佐なんですもの!」

オーガスタスは暫く…会って間もない貴婦人が、自分の命の心配をしている。
と感じ、少し悲しげな表情で屈み、彼女の顔を、覗き込んで言った。

「こういう場に本来、私は来ない。
だから、私が戦うべきでは無い戦闘の場でも、必要があれば私は出向きます」

「でも…でも!
戦いはされないんでしょう?
だって補佐を失えば…左将軍にとってはあの金髪の美青年よりもっと大きな、損失になるんじゃありません?!」

オーガスタスは自分の為に、必死に尋ねる貴婦人に、そっ…と呟(つぶや)く。
「私の体格をご存知でしょう?
そして近衛にいる。
例え左将軍補佐だろうが、戦いになれば私は仲間を助けます。
戦場に赴(おもむ)いて、左将軍の伝言を伝えるだけで。
戦う仲間に背を向ける事は…私は決して致(いた)しません」

マディアンはその時、目頭が熱くなって沸き上がる涙が、堪(こら)えきれなかった。
戦場の草原で…陽を浴びた赤い髪を靡(なび)かせ…。
この大きな人が剣を振り、仲間と共に戦う姿が、うっすら…と浮かんで来たから。

マディアンは頬に涙が、伝うのが解った。
オーガスタスが、目を、見開いて凝視していたから。

「わ…私…困りましたわ。
だって貴方の戦死報告をもし、耳にしたら………」

言った途端、涙がどんどん溢れ出て、どうしようもなくて、顔を、下げた。

オーガスタスが決死でポケットを探り、ようやくハンケチを目前に、慌てて差し出す。
マディアンはそれを暫く見つめ、受け取って…先を細く立たせ、そっ…と瞳の縁を拭う。
左右を拭い終わると、ハンケチを、そっ…と。
大きなオーガスタスの手に戻し、顔を上げてにっこり、笑う。
弾かれたようにオーガスタスが、問うた。
「最近、どなたかお亡くしになったのですか?」

マディアンはびっくりし、目を見開く。
咄嗟…怒鳴ってた。
「いいえ!」

オーガスタスが死ぬ事が悲しかった。
けれどその理由が、自分ですら解らなかった。

オーガスタスは怒鳴られて、少し俯くと囁く。
「私の…命の心配をされて?」

マディアンはその言葉に、背けかけた顔を戻し、見つめる。
長身の、誰よりも威風堂々とした方が少し、感傷的な表情を浮かべ、俯いてる姿から。
マディアンは目が離せなかった。

でもその風情は人を寄せ付けない印象がして、マディアンは切なくなる。

「…私の他にも…心配をされてる…お方が…いらっしゃるのね?」

オーガスタスは気づいて顔を上げると、屈託無く笑った。
「ああ確かにいますが…教練時代の級友です」

言った後、目を見開くマディアンに気づき、慌てて屈むと囁く。
「…彼とも、恋人じゃない!」

マディアンはその語気の強さに途端、笑顔になる。
「そんなにいつも、誤解されていらっしゃるの?」

オーガスタスは困ったように背筋伸ばすと、髪に手をやり決まり悪げに呟く。
「ギュンターとは…金髪の男ですが。
あの美貌だ。
連んでいると、昔はかなり、誤解されてましたね」

マディアンは気づいて囁く。
「先程貴方のご心配をされてるご友人とは…。
もしかして、左将軍の事ですか?」

オーガスタスは、ぎょっ!としてマディアンに振り向く。
そして彼女の顔を、暫くマジマジと見て、吐息吐く。

「…まさか私が、左将軍とデキてるから入隊1年目で左将軍補佐になった。
とか…ヨーンが言ったりしましたか?」

マディアンはまだ、くすくすと笑い続けた。
「言ってませんでしたけど…そうなんですか?」

オーガスタスは暫く、考え込むように沈黙し、その後言った。
「無論、違いますが…。
私と彼が誤解された。
と左将軍が知ったら…きっと暫くの間、彼の笑いが止まる事は無いでしょうね」

そう言った途端、マディアンはもっと笑った。
オーガスタスは困ったように吐息を吐き出し、目前のマディアンと、想像上の左将軍が笑い続ける様を、見守った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...